二刀流の貴公子
君弥
第1話
「刀はしっかりと両手で握れ」
師からそう教わったカインは、成人する年まで愚直にその教えを守っていた。
十八歳。それがこの国の成人年齢だ。
「訓練通りの太刀筋。お行儀がいいな」
「先生の言うことを聞くだけ。自分の頭で考えてない証拠だよ」
せせら笑う声。師匠を家に呼んで稽古をつけてもらったり、専門の師匠を持てる上級貴族の子弟たちと違って、下級貴族出身のカインは、他の子供たちと一緒に集団で稽古を受けるほかなかった。
「だって、この平和な時代に、そんなことにお金をかけたって仕方ないでしょう。礼節の訓練になるからやらせているけれど、格好をつけるより勉強を頑張って欲しいわ」
母はそんなことを言っていたし、父も刀なんて儀礼の際に腰にぶら下げる飾りだとしか思っていなかった。
「格好をつけるのだって、貴族としては大事なことじゃないか?」
鏡の中の自分に言ってみる。短く切り揃えた艶のある黒髪、意志の強そうな太い眉、精悍な顔付き。体型は、中肉中背。顔も体も、頭も、両親から受け継いだものだ。抜きん出たものはないが、作りは悪くないと自負している。とはいえ、凡百に埋もれず一角の人物として大成するには、大物に目を掛けられる程に目立つ必要があり。同年代の貴族の子弟たちに混じって目立てる程、カインの能力や容姿は結局、優れてもいなかった。
物語に登場するような英雄は、大抵若い頃からその活躍の兆しを見せている。両親はカインに人並み外れた活躍など求めてはいなかったが、カイン自身は、自分は大器晩成型の人間なのだと思っていた。
成人の年。十八歳になったカインは、伏して機会を待つという考えを捨てた。好機とは、自分から動き、掴みに行くものなのだ。
“二刀流の貴公子”
その噂を聞いた時、カインの胸に熱が湧いた。
「なんだその格好いい二つ名は……!」
街の女性がうっとりとした顔で語り合う。ハンサムで、上品で、優しくて、ついでに刀の腕もすごいとか――――。
刀の腕が“ついで”扱いなのが気になったが、それは平和な現代に住む、街娘の価値観。ともかくカインは、その男に会ってみたいと思った。
貴族というのは誰がどこに住んでいるか、その街の人間にでも聞けばすぐに分かるものだ。交流のない相手でも、そうやって会いに行けるし、そうやって尋ねてくる客人は珍しくない。
だからカインも、そうやって“二刀流の貴公子”に会いに行った。
「貴方の刀の腕が素晴らしいという噂を聞いて、是非お会いしたいと思って来ました」
追い返される可能性も考えていたが、彼は快くカインを迎え入れ、歓待してくれた。互いに儀礼的な名乗りを上げた後、素直に訪ねた理由を言えば、“二刀流の貴公子”――――サフィールは照れたように微笑む。
「僕の名前がそんなに広まっていたなんて、驚いたけれど……嬉しいね」
はにかむ顔は、中性的で美しい。肩口で緩く束ねた金色の髪に、穏やかに垂れた青い瞳。すらりとした肉体を仕立ての良い白い服に包んだ彼は、まるで物語に登場する王子様のようだった。
いかにも女好きのしそうな風体で、カインからしても街娘に人気が出るのは分かったが、この外見で刀を振る姿はまったく想像がつかない。
「突然訪ねてきて不躾かとは思いますが、貴方と一度手合わせをさせて頂けないでしょうか?」
「うん、いいよ」
あっさりと、二つ返事で。
使用人に持って来させた二本の刀を腰に下げながら、にこりと笑う。
「僕の二刀流はね、人によっては卑怯だと言われることもあるよ。見せてあげる」
庭に出ると、武道の稽古に使うのであろう開けた場所があった。
「これが終わったら、お茶をしようね」
呑気なことを言いながら、カインと距離を取って立つ。訓練通りの、決まった距離。公的なものでない、単なる手合わせとはいえ、自然体で立つ姿は気負いがなさすぎてかえって隙がなく見えた。
「それじゃあ、始めようか」
双方が刀を抜いて、構えて。サフィールの右手には細身の刀、左手には小太刀。
サフィールの気配は変わらず穏やかで、緊張しているカインとは対照的だった。
「いくよ」
その宣言と共に、サフィールが構える刀の切っ先が揺れる。
踏み込みは、速く、鋭く。
「はっ……!」
「ぐ、ぅ……ッ!」
刀を弾いた、と思った。その次の瞬間には、小太刀で刀を払われて、弾いたはずの刀に首を取られていた。
喉元に突き付けられた切っ先が、引いていく。
「勝負あったね」
一瞬で、距離を詰められて、勝負をつけられた。
気持ちのいいくらいの完敗ぶりに、カインは刀を納めながら自嘲ぎみの笑みを浮かべる。
「訓練通りの太刀筋、なんて言われるけど……やっぱり俺の刀じゃ、勝負にならないんだな。自信なくす……」
同じように納刀したサフィールは、カインの呟きを聞き、首をかしげた。
「どうして? 僕は好きだよ、君の太刀筋」
それから、絶句するカインに「あっ」とまた照れ笑いを浮かべながら、
「あの一瞬で、刀もろくに合わせずに、好きだなんて言い切るのはおこがましいかもしれないけど……なんというか、君の構えはとてもまっすぐで、誠実さが伝わってくるから。だから、好き」
サフィールは腰に下げた自身の刀を指先で撫でる。
「僕の切っ先は、“ぶれる”からね。最初に刀を合わせるふりをして、誘った後、隠していた小太刀を当ててるんだ。それから今度は、返す刀で弾いて……ふふ、ずるいでしょう?」
微笑む顔には、しかし言葉通りの自嘲の色は少しも見えず。
「貴方の太刀筋は、強くて格好いいと思います」
子供のように素直な称賛を贈れば、
「ふふ、ありがとう」
サフィールも素直にそれを受け取った。
「サフィール様、お客様がお見えです」
「ああ、もうそんな時間か」
ちらりと懐中時計を確認したサフィールに、カインは申し出る。
「お約束があったのですね。それなら、この辺りで……」
「僕、人を呼んで賑やかにお茶をするのが好きなんだよね。それで、今日も親しい女の子を何人か呼んでるんだ」
「はあ……」
「君は、女性とのお茶に抵抗がある?」
「え、いえ……あまり、そういった交流はしませんが」
あまり、というか、女性とお茶などしたことがない。
さすがにそうは言えずに、歯切れの悪い返事をしてしまえば、サフィールはにこりと笑った。
「そう。良ければ、君も一緒にお茶をしようよ」
断る口実も思い付かず、カインが承諾すれば、サフィールは実に嬉しそうに笑みを深める。
女三人寄れば姦しい。現れたご令嬢はちょうど三人。男二人に対して、発言量は数十倍。どうしてサフィールがにこにこと応対できるのか、カインには分からなかった。
「女性が苦手なのかい?」
別にそういうわけではない、とは言えず。
「そうかもしれません……」
こっそりと、疲労を吐露する。
美しい三人のご令嬢は、カインがいることなど気にも留めず。自分たちの話をサフィールに聞いてもらえて、ご満悦で帰っていった。
「今日は先客がいるから、お泊まりはなしね」
などと残念そうに、しかし楽しそうに笑いながら。
「なんだか疲れてる?」
「はあ、まぁ……ええ、そうですね、ちょっと疲れました」
「彼女たち、明るくて元気で、話していると力を貰えるんだけどね。時にはこちらの力を吸い取られる気になるのも分かるよ」
サフィールは気疲れを起こしているカインを気遣ってか、そんなことを言って、
「よければ夕飯も食べて、泊まっていって」
その申し出に、カインは少し迷ったが、頷いた。
「それじゃあ、この部屋を自由に使って」
「ありがとうございます」
部屋に案内するのに、使用人だけでなくわざわざサフィールも付いてくる。客人をもてなすのに余念がないなと思っていれば、カインが寝支度を始める間も部屋にいて、ベッドの脇に立って微笑んでいた。
「あの……?」
「さあ、そろそろ寝ようか」
カインがつい使用人の顔を見れば、彼は真顔で首を振る。
「サフィール様、同意を得ないのは良くありません。きちんとお話をされてからの方がよろしいかと」
サフィールは「そうか」と手を叩くと、カインに歩み寄り、また貴公子の笑みを浮かべた。
「“二刀流”って、実は刀の話だけじゃないんだよ?」
その意味が分かるのに、一体何秒の時間を要しただろうか。
理解した瞬間、カインはサフィールの鳩尾の辺りを殴り付けていた。
「ぐはっ!?」
「あっ、すまない。本能的に、身の危険を感じて……」
サフィールはその場に崩れ落ちたが、取り押さえられるかと思って視線を上げたカインの前で、使用人は棒立ち。主人の危機だと言うのに、むしろ「やられて当然だ」と言わんばかりの顔で、床に座り込むサフィールを見ている。
「いや、僕こそ会ったばかりの相手にふざけた言い方をしてしまった……やはり誠実さが足りないのが僕の欠点だね……」
何やら反省している様子で立ち上がる。殴られたのに驚いただけで、それ程ダメージは大きくなかったらしい。
サフィールはまっすぐにカインを見据えて、
「僕、添い寝の相手がいないと寝られないんだ」
真面目な顔でそんなことを告白してきた。
「だから、僕と共寝をして欲しい」
「……え?」
使用人を見る。こっちを見るなと言いたげな顔をしていた。
「え、嫌ですけど……」
仕方ないのでそう言えば、
「そうか……うん、それじゃあ仕方ないね」
あっさりと引いたので、拍子抜けしてしまう。
「……後で寝入ってからこっそりと忍び込もう……」
「あの、聞こえてます」
「僕は一回出るから、寝ていいよ」
「来ないでくださいね」
結局カインは、朝まで一睡もできなかった。
二刀流の貴公子 君弥 @kimiya_sosaku
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