かつての剣士は朗らかに

阿斗 胡粉

誉れと楔

「先生!なんで先生は刀を二本持ってるんですか?」



 ここはとある世界の、とある道場。太陽が日照り、心地の良い風がなびくこの場所では、刀が空を切る音がいくつも聞こえている。



「そりゃあ貴方、私が二刀流だからですよ」

「二刀流?」

「はい。刀を片手で一本ずつ持つんです」

「でも、先生がその白い鞘から刀を抜いてるとこ、私見たことありません」



 「先生」と呼ばれた男は、少女の追及に、困ったように苦笑いを浮かべた。少女の言う通り男の左腰には、白と黒の鞘に納められた二本の刀が差され、その対を為す二本が光に照らされ輝く姿は、一種の美術品を思わせる。



「…貴方にはそろそろ見せても良いかもしれませんね」



 他の生徒達が素振りに集中していることを確認した男は、着物をはだけさせ、左腰の刀を少女だけに見えるようにする。そしてゆっくりと白い鞘から刀を抜いていき…中ほどで抜くのをやめた。



「見えますね?」

「先生、その刀は…」

「ええ、



 白の鞘に納められた刀は、その刀身の半分を失っていた。中ほどで折れた刀は、太陽の光を虚しく反射させ、すぐに暗闇の中へと戻っていく。



「何故、と思っているでしょう?」

「…はい」



 何故、二刀流でありながら、役目を終えた刀を差しているのか。少女の頭には、そんな疑問が浮かび上がっていた。



「これは、誉れであり、楔です。私はこの刀を使い、愛する人の命を奪いました」

「え……?」

「まぁ、もう少し聞いていてください」



 男は刀を鞘に完全に戻し、着物を正したところで、視線を上げ、何かを思い出すかのように、青空を見つめる。



「そのこと自体に、後悔はありません。萎れていくだけの花をただ見ているだけというのは私も望みませんでしたし、花もそれを望んでいなかった。彼女が自らの最期に私を選んでくれたことを、本当に嬉しく思っています」

「………」

「ですが同時に、二度とごめんだとも思ってしまいました。そして私は、彼女を殺したその時に、私自身も殺すことにしたのです。二刀流の剣士としての、私をね」



 誉れであり、楔。最後を看取ることが出来た喜びと、二度と二本の刀を握らないようにするための戒め。一見すると相反するような二つの言葉が、役目を終えたその刀を形作っていた。



「だから私は刀を折り、それを今でも差しているのですよ」

「…じゃあ、二刀流ではないじゃないですか」

「…ふふっ、確かにそうですね。二刀流だったから、というのが正しいでしょうか」



「貴方が刀を握る限り、『生きる』という選択の辛さを痛感する時が必ず訪れます。私のように、選択を放棄するのも一つの答えですが…重要なのは、己で答えを導くこと。選択は突然にやってきます、心構えだけは忘れぬように」

「…分かりました!」



 少女はまだ、その選択の重みを完全に理解するには至っていない。男もそれには気付いていたが、それ以上言葉を重ねることはしなかった。



「では、話もこれくらいにして、少し打ち合いましょうか」

「はい!いつか、二刀流だった時の先生も超えてみせます!」

「そういうことは、まずは私に一本でも取れるようになってから言いましょうね?」

「うぐっ…」



 項垂れる少女を見た先生は、朗らかに笑った。

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