神、ともに堕ちる
初めて接吻の味を知ったのは中学校の頃、同級生の背の高いスラリとした男のものだった。彼の上唇を啄むとき、私はいささか挑発的な顔をしながら色素の薄い彼の瞳を覗き込んだ。口角さえピクリとも動かぬその表情で、彼の瞳だけが酷く濁っていく。彼の凍てついた吐息が私の口の中を循環して、感覚と思考回路が鈍麻させた。それがあまりに恐ろしくて、必死に離れようと彼の胴体を押した。しかし死体のように冷たく硬い彼の手は、私の肩を掴み解けない。
「お前は私より穢れていることを知りなさい、お前は私を穢したことを恥じなさい」
淡々と投げかけられる言葉に震えが止まらなかった。それを見ながら彼は私の唇に飴をあてがり、そして人差し指でゆっくり押し込む。
「そのだらしなくみっともない、どうしようもないようなお前の口は、お子様からやり直すべきだ」
冷たい視線を浴びせながら彼は私にひとつ口づけをした。男の唇はぶどうの味がした。
それ以降、彼は何度も私を呼びつけては冷たい唇の感触と、ぶどうの味を与え続けた。彼は決まって
「お前は私がいないといけないのだ、お前には自由などない、そこにあるのは私だけで、お前に必要なものはこの飴だけである」
と言う。冷たい目線で私の口に飴を押し込む。彼は人間ではなかった。四六時中、私は彼を反芻して、彼を熱心に学んだ。学校はぶどう園、彼の家は学舎だった。
ある日、私は別の男の味を知ってしまう。私は熱された鉄のような、その男の味が嫌いだった。しかしその一部始終を、彼は見ていたという。
「懺悔しなさい、自分の罪を、告白しなさい、お前の心を」
私は彼の前に跪き、冷たい声をいくつも浴びた。彼は一度私の顔を床にそっと押し付け、言葉を投げかける。
「お前はまた穢れてしまった、あの男の唇は、この床と同じだ、お前はこの床に這いつくばる、卑しい人間だ」
辱めに対して激しく嗚咽する私の顔を両手で包み、目線を無理に合わせられて、
「この飴をお食べ、君の罪は赦されぬかもしれない、だがそれは私以外のものの話だ、しかし私はお前を赦そう、お前は私がいなければ生きていけないんだ」
彼の口から別の飴が渡された。
「お前は私が言いたいこと、私が今伝えたいことが何かわかるかい」
涙のせいで酷い顔をしている私は首を横に振る。
「そうか、ならゆっくり理解させてあげよう」
彼は私の手を引いて、校舎のはずれにある教会に連れ込んだ。
彼は怒っているのか、はたまたあきれているのか、私にはまだ何も理解できなかった。そして淡々と私に問いを投げかける。
「お前は神に何を祈る」
私は声を震わせながら、
「赦してほしい」
と懇願した。
「お前に今日あげた飴の味は、何だったか思い出せるかい」
そう言いながら、彼の手は私の肌をあらわにさせる。最初に抱いていた恐ろしさはなかった。
「お前は私のそばで死ぬんだよ。そして私はお前のそばで死ぬんだよ」
私の手に飴をひとつ転がした。
「私の口に入れなさい、共に罪を背負いましょう」
私は彼の唇に飴をおき、彼と同じように人差し指で押し込む。指に触れた粘膜は、常人と同じ温もりがした。
「神のご加護があらんことを」
最後の接吻はりんごの味がした。
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