黒竜の夢

ヰ島シマ

黒竜の夢

 ある夏の日、赤い鱗を持った竜が、友である西の高山に住む黒竜に会いに出掛けた。

 長き刻を生きるこの二頭は、元は七百年前に住処すみかを争い合った敵同士であった。


 赤竜は黒竜との雑談を、年に数回の楽しみとしていた。

 竜は空を駆けると、その身に宿る力が自身の意思に関係なく天候を荒らした。ゆえに、下界に住まう生物を気に掛ける穏やかな気質の竜は、自らの行動を制限していた。 とはいえ、互いに同じ山に根を張るほど群れることを望んではいなかった二頭には、このぐらいの付き合いがちょうど良かった。


「息災か、黒鱗こくりんの」

「おお、赤鱗せきりんよ。ぬしが来たということは、また季節が過ぎたのか」

「ああ、今は夏だ。少しは近場を飛んで嵐を起こしてやってはどうだ? 豊作を呼ぶのも我らの務めぞ」

「もうそんな時代ではないよ。いまや”きかい”の時代だ。ヒトの管理する世界では、よほどのことがない限り作物が枯れることはない。我らの役目は終わったのだ」


 身を伏せながらささやく黒竜の隣に、赤竜は静かに降り立った。

 彼の言う通り、現代では竜の渡りなど些末さまつなものだ。昔は雨乞いやらにえやらで忙しかったが、技術により栄えた社会ではお役御免というわけだ。


 赤竜はいつものように、黒竜にこのところの生き甲斐のなさを語った。

 ”昔は良かった”、”昔に戻りたい”と、神獣としての役に誇りを持っていた赤竜はどうにもならない話をグチグチと続けた。黒竜はそれを聞いてうんうんとうなずくだけ。

 そうして気の済んだ赤竜がねぐらへ帰る。それが二頭が過ごす再会のお決まりの流れとなっていた。


 だが、この日は珍しく黒竜が言葉を返した。


「ぬしはいまの時代が悪いというがな、我はわりと気に入っておるぞ。夢を見つけたのだ」

「夢だと? まさかあの頃のように、下界を滅ぼさんばかりにイカヅチを落として回るつもりではないだろうな?」

「くくっ……いやいや、もう昔ほど暴れる元気はないよ。我はな、二刀流の竜になりたいのだ」


 黒竜の言葉に、赤竜はポカンと口を開けて、前方の金のまなこを呆然と見つめた。

 しばしの無音の後、ひげをゆらりと揺らした黒竜が再度同じ台詞を唱える。


「二刀流の竜になりたいのだ」

「いや、今の沈黙は返答に困っただけであって、声はしっかりと聞こえている…………ンン、その……二刀流の竜、とは?」

「うむっ! その質問を待っておったぞ友よ!」


 黒竜は嬉々として普段の生活について語りだした。

 いわく、暇を持て余した彼は、自身の神通力じんつうりきを駆使して下界の人々の暮らしを覗き見していたそうだ。

 そのなかで、どの家庭にもとある小さな機械が置かれていることに気が付いた。人々はそれを”ゲーム”と呼んでいた。


 黒竜はテレビに映るゲームの内容に夢中になっていた。

 胸が熱くなる戦闘シーン、涙を誘うストーリー展開、まるで別世界を旅しているかのようなリアルな風景……黒竜は時代の進歩にいたく感動した。自分もあの遊びに触れてみたいと、下界に降り立つことのできぬ大いなる我が身を初めて憎んだという。


「でな、そのおさなごが”ぷれい”しておった、”げぇむ”というものに二足で歩く我ら竜の仲間がおってな。ヒトのように両脚でふた振りの剣を掴み、たくみに扱っては、向かい来る”ゆうしゃ”の乗り越えるべき壁となり立ちはだかるのよ。いや、なかなかに”くぅーる”であった」

「……げぇむ? ……ゆうしゃ? ……くぅーる?」


 目を爛々らんらんと輝かせて熱弁を振るう黒竜に、赤竜は小さく単語を復唱するしかなかった。

 黒竜がつたない発音で話すので、必然赤竜も拙い発音で続く。


「でなっ、でなっ、我的には絶対に”そろぷれい”が良いと思うのだがな、そやつは臆病にも”ちゅうぼす”程度に”びびり”おって、毒”ぶれす”は”そうび”の”こゆうすきる”で対処できるというのに、わざわざ”ていれべ”同士で”ぱーてぃ”を組んで”だんじょん”に潜りよるのだ! あれでは相手の”こうりゃくれべる”が人数分掛けられてより強敵に――」

「そろ……? てーれべ……? すきる……?」

「ハァ〜〜ッ……友よぉっ、なんとかあの”げぇむ”を”ぷれい”できんものかなぁ!? 我も”はいえんどげぇみんぐぱそこん”を手に入れて、”ふるだいぶあーるぴーじぃ”を楽しんでみたいぞぉ!!」

「げーみん……? ンン……もう付いて行けんわ……」


 赤竜はその後も、”げぇむ”に思いをせる黒竜の話を延々えんえんと聞かされた。

 そして次の再会時も、そのまた次の再会時も、今までの愚痴ぐちのお返しと言わんばかりに、黒竜の語らいに付き合う羽目となる。

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