二刀流

郷野すみれ

二刀流

「俺、オタク卒業するわ」


 幼馴染に言われて、驚いて顔を上げて見上げる。冗談を言っているようでもなく、いたって真剣な顔だ。


「いや、そんなことできるの?」

「できるか、できないかじゃない。やるんだ」


 なんだか聞き覚えのあるセリフが出てきた。今ハマっている漫画の8巻の終盤あたりで主人公が言っていたセリフになぞらえたな。

 幼馴染は絵も文章もかける、いわゆる「二刀流」のオタクだ。私はちょっとだけ絵が描ける程度なので、ものすごく羨ましいのに。


「私をこの沼に引き摺り込んでおいて、見捨てるつもり⁈ というか、私をこの沼だけでなく、オタクというものに引きずり込んだのさえあなたじゃない!」


 だが、懇願する私を幼馴染は冷たい目で見下ろす。


「お前は俺がいなかったらこの作品を好きにならなかったということか? 所詮その程度の気持ちだったのか?」

「違うけど! あなたがいなくても私は描き続けるよ! 私の手であの子を幸せにして見せるんだから。……でも、文章も絵もかけるから、正直もったいないなとは思う」

「それこそが理由だ」


 俯いて言葉を重ねたらきっぱりと言い切られて首を傾げる。


「どういうこと?」

「二刀流ということはそれつまり、どっちつかずということだ。俺にはそれが我慢できなかった。修行が必要だ」


 私は、部屋から出ていく幼馴染を見送った。


 1週間後。


「おい、見てくれ! この作品が良くて、思わず描いてしまった! これを読んでから、こっちも目を通してくれないか」


 急にドアを開けて漫画と紙を携えて私の部屋に幼馴染が入ってきた。お母さんもすぐに家にあげて、甘いんだから。


「卒業したんじゃなかったの?」

「あの作品のはな。文章と絵を錬磨して、漫画という境地に至ったのだ」


 私は彼女を見て、ため息をついた。

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二刀流 郷野すみれ @satono_sumire

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