特別事業部第一部

第11話 雑用係

 昨日はあんなにいい気分でお酒が飲めていたのに。私は目の前に座る男の慇懃無礼な態度に、すでに新しい部署での仕事を投げ出したくなっていた。


「部長秘書なんてご立派な肩書きではあるが、お前ら二人の仕事は雑用係だ。俺のスケジュール管理や経費精算だけでなく、部署の雑務もやってもらう。他の社員から直接指示がきた場合は、なんでも対応しろ」


 ゴツゴツした筋肉の鎧を身に纏った伊藤部長は、身長が高いのもあって、まるで大岩を目の前にしているような凄まじい威圧感がある。初日に簡単に挨拶はしたが、その時はほとんど言葉を交わさなかったので、ここまで人でなしだとは気が付かなかった。


 横目で様子を伺った葛木さんは、困惑の表情は見せていたものの、正面きっては反抗的な態度は見せないようだった。残念ながら血の気が多く、彼女のようにエレガントではいられない私は、一言言わずにはいられない。


「あの、部長、言い方ってもんがあるんじゃないでしょうか。私たちだって、これまで誇りを持って自分の仕事をしてきています。異動で新しい部署に意欲を持って取り組もうとしているところへ、そんな言い方されたら、誰だって凹みます。まるで私たちのキャリアパスなんかないみたいな言い方じゃないですか」


 部長の表情は崩れない。なんとかその場を取り繕おうと、何か言葉を発しようとした山崎さんを手で制し、伊藤部長は地を這うような低音で、睨み上げるようにこちらを見ながら答えた。


「雑用係は雑用係なんだよ」


 もう話すことはないというように、機嫌悪そうに私たちの元を離れていく背中に向かって、私は鋭い眼光で睨みつけた。


「なんですかっ、あれは!」


「まあまあ、山並さん、落ち着いて」


 宥めようとする山崎さんに私は反射的に言い返す。


「これが落ち着いていられますか! 不自然な異動で、それでも、会社の指示だから仕方なく、新しい場所で頑張ろうと思い直したところだったのに。こんな扱い酷すぎませんか?」


 つかみかからんばかりの私の勢いに、怯えて後ずさった山崎さんを見て、ちょっとだけ冷静さを取り戻す。


「……すみません。山崎さんは悪くないのに。失礼が過ぎました」


「さすが、若いわねえ山並さん。まあでも、気持ちはわかるわ。あんなふうに言われちゃあねえ」


 葛木さんもそう言いながら、深いため息をついている。


「お二人とも、すいません。誰に対してもああなんで、あまり気にしないでください。今展示会前の忙しい時期なんで、気が立ってるのもあると思います」


「展示会?」


 防衛産業と展示会が、頭の中で結びつかず、聞き返した。


「はい、毎年DSEJ––––Defense & Security Exhibition Japan という防衛産業に特化した展示会があるんですよ。うちは毎年出展してて。ちょうど今展示内容の打ち合わせとか、当日会場に持っていく資材とかの調整をしているところなんです。政府関係者とのアポも入ったりするので、大忙しで」


 経理畑にいたときはそうしたイベントごととはご縁がなかったので、なんとなく華やかな香りのする「展示会」という言葉に、ちょっとだけ興味が引かれた。あくまで、ちょっとだけ。


「おそらく、御二方のうちどちらか一名は、展示会の際部長に同行いただくことになると思います。でですね、ちょっと展示会関連で、お手伝いいただきたいことが……」


 面白そうな仕事がありそうなことによって、先ほどまでのイライラは、鳴りを潜めた。


 自分でもわがままだと思うが、やっぱり社会人として十年勤めてきているのだ。ある程度スキルを要求される仕事がしたかった。しかも仕事でヘマをしたとか、不正を働いたというわけでもなく、真っ当に働いていて、さっきの部長の話が本当なら、ほぼ左遷のような形でここに来させられている。


 だが、山崎さんに案内された先の扉を開けた瞬間、目の前に広がっていたのは––––今にも雪崩のように崩れてきそうな、パンフレットやら模型やらの、山積みの資材だった。


「今日の僕たちの仕事は、過去の展示会の資材の整理と廃棄作業です。男所帯なもので……こういう面倒臭い仕事は、溜まりがちなんですよね」


 私は再び、魂が抜けたようにがっくりとその場で項垂れた。

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