第12話 別の選択肢

「ぜんっぜん終わらない……! 全く、こういうのは定期的に整理しなさいっての」


 片付けても片付けても終わらない資料の整理に、嫌気が差していた。午前中は山崎さんも手伝ってくれていたが、午後は会議が詰まっているらしく、二人での作業となった。


 大体、数が多すぎる。十年くらい前のものから溜まっているようなのだが、直近の一年間は全ての製品ラインのパンフレットが大量にあった。


「この辺とかまだまだ新しいのに。どうして全部捨てるんでしょう」


 私の疑問に対して、部屋の反対側で作業していた葛木さんが答えてくれた。ずっと下を向いて作業をしているせいか、いつも美しい彼女の顔にも疲れが見える。


「一昨年、ブランド変更があったから。それで多分、パンフレット類も一新しなきゃいけなくなったのね」


「ブランド変更? ああ、ロゴとかなんか会社指定の色味みたいなのが変わったあれ……って、え? あれに合わせてカタログ全部一新したってことですか?! 紙がもったいない!」


 困った顔をして「そうよねえ」と同意の意を示しながら、葛木さんはカタログから一枚ずつより分けていく。山崎さんから、「広報部が周年事業とかで過去のパンフを欲しがるから、各種類一枚ずつは取っておいてくれ」と言われているのだ。


「まあ、ブランドロゴとかカラーとかって、会社のイメージを作る顔みたいなものだから。制作物のデザインは期限までには揃えないとダメなのよ。作る側は大変だし、整理する側も大変だけどね」


 葛木さんがより分けた束を見て、私はため息をつく。


「私も広報部とか、華やかな部署に異動してみたかった……」


「あそこはあそこで大変よ。防衛事業を扱ってることもあって、報道機関の目は厳しいし、華やかなことなんてほとんどなくて、意外と書類仕事が多いのよ、あの部署は。イベントとか、芸能人を使ったプロモーションとかが華やかな仕事っていうのであれば、そういう仕事はマーケティング部の方ができるわよ」


 黙々と作業をしながらそう言った彼女の横顔は、どこか寂しげだった。本当だったら、その華やかな仕事の側にいるはずの人だったのだ。


 私の場合は異動の理由が自分でははっきりとわからない。だけど彼女は「子育てと仕事の両立ができない」という見立てから左遷されたと考えてるようだった。その点で、きっと私とは別の葛藤とかやるせ無い思いがあるんだろう。


 戦闘機やヘリコプター、ミサイル、防弾チョッキ、あらゆる武器や防具のカタログに囲まれながら、自分達の処遇に対する憤りが募って、動かす手が止まってしまう。


 雑用って言ったって、これだって大事な仕事で。会社として誰かがやらなくてはいけない仕事ではあるということはわかっている。


 でも、私個人として、本当にこのままでいいんだろうか? 

 ここにいてこの先の未来はあるの?

 この先ずっと、定年までこのままだったら。


 暗い方へ暗い方へと、思考が落ちていく。なんだか泣きそうになってきた。


 私の様子を察してか、葛木さんも作業の手を止め、私の作業場所の近くまで来てくれた。真っ白で細身で、だけど暖かい手が私の肩をぽんぽん、と叩く。


「私も悔しいし、元の仕事への未練もある。だけど、どこかで、子どものためを思ったら、今の部署の方がいいのかもしれないっていう考えもあるの。でもあなたは違うわ。まだ若いし、やる気に満ち溢れている。転職っていう選択肢もあると思うの。いろいろ見て見て、自分がどうしたいかを考えてみたら」


「そう……ですよね」


 この異動があった時点で、頭の片隅にはあった考えではあった。だけどまずは新しい部署で頑張ってみて、それから考えるべき選択肢だと考えていた。


 だけど今の状況を考えたら、自分のキャリアパスを考えるなら、具体的に進めてみる方がいいのかもしれない。


「もし、転職サイトまで登録して、ガツガツ活動するっていう気にならないのなら、ビジネスSNSに経歴を登録するのもありだと思うわ。経歴を見て、適切なポジションの提案をヘッドハンターからしてもらえるケースもあるし」


 ビジネスSNS。最近はバイリンガルの新卒の学生の間でも就活で使われるビジネス上の交流に特化したソーシャルメディアだ。これまでの経歴を公開しておくことで、ヘッドハンターからオファーがもらえたり、仕事上でつながっている人との情報交換ができる便利なもの。


 流行り始めた時に登録はしておいたものの、ほとんど更新しておらず、活用もしていなかった。


「そうですね……まだ転職サイトに登録するまでのモチベーションが上がらないので、いいかもしれないです、ビジネスSNS」


 ちょっぴり涙が滲んだ目頭を、ハンカチで抑えて。再び目の前のパンフレットの海に、私は体を向き合わせた。



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