二刀流の剣豪

ガブロサンド

二刀流の剣豪

山から抜けた道を、一人の男が歩いていた。


頭にはちょんまげを結い、腰には立派な剣を携えている。彼は若い侍であり、ちょうど2日前、故郷を出て旅を始めたところだった。


道中、侍は町役人に出会った。人のよさそうな容貌をしていて、片腕は義手だった。


「あんた、いったいどこから来たんだ? 服はあちこち破れてるし、葉っぱだらけじゃないか」


並んで歩きながら、町役人は侍に話しかけてきた。


「あの後ろに見える、白木山の向こうからさ。2日かけてやっと越えられたんだ」

「おお、白木山を?! ……子供でも半日で超えられる山じゃないか……?」


町役人は首をひねって、また聞いた。


「一体何しにこんな辺鄙なところに来たんだ? この辺りなんて、小さな町しかないぜ。まあ俺の職場だがな」

「拙者、天上天下唯我独尊流の使い手なのだ。師範から受け継いだこの流派にふさわしい強敵を求めて、2日前に旅を始めた。この先の町に、二刀流の剣豪がいると聞いてやって来たのだ。ああ、ぜひとも決闘を申し込み、勝って名を上げたいものだ」

「天上天下唯我独尊流……? 二刀流の剣豪……? 聞いたことないなぁ」


町役人はさらに首をひねった。だが首を元に戻して、笑顔になる。


「まあ、夢が叶うといいな。ここで会ったのも何かの縁。町まで案内しようじゃないか」

「これはこれは、かたじけない」


■■


たどり着いたのは、小さな城が真ん中に建てられた、川沿いの城下町だった。

町中を歩けば、商人たちの賑やかな声と子供の歓声が聞こえてくる。


町役人と別れて、侍はさっそく剣豪探しを始めた。道行く人を適当に選んで話を聞いてみるが、これと言った収穫はない。

次に、町に数か所ある武道場を訪ねた。しかし、ここも特に情報はなかった。


やがて日が傾き始めた。何も得られないままで、侍は不満だった。

茶屋にでも寄って仕切りなおそう、と彼は近くの店に入る。茶を待ちながらつぶやく。


「とんだ無駄足だった。ここにはいないのであろうか。しかし、ここで帰っては武士の名折れ。2日もかけてやって来たのだ。諦めるわけにはいかぬ」


やがて茶が運ばれてくる。3色の団子もついていて、いい香りだ。


「この町は軟弱者ばかりだ。道場の稽古なんて実戦で使えたものではない。特にこれだ!」


侍は団子を持って辺りを見回した。他の客の卓には、団子と酒がのっている。


「甘味に酒を合わせるなど許し難い! ああ、早く天上天下唯我独尊流を広めねばならぬ。いつかは拙者も道場を開いて……」


団子を食べながら、捜索への熱意を彼は燃やすのであった。


■■


それから何日たっても、剣豪に出会えることはなかった。

しかしそれは侍への燃料にしかならなかった。会えねば会えぬほど期待は高まる。彼は疲れも忘れて探し回った。


剣豪をおびき出すために、剣を見せびらかして強さを誇示するときもあった。時には弱々しい演技をして、敵の弱ったいい機会だぞとアピールもした。しかし一向に剣豪の尻尾すらつかめないままだ。


彼はもう町中すみずみまで見尽くして、それでも何度も探し回った。


だが彼の熱意とは裏腹に、毎日毎日血走った目で町中走り回る侍に対して、町人から不満が上がり始めた。

それは同然のように、町役人に押し付けられることとなる。侍はさっそく呼び出された。


侍と相対したのは、道中出会った町役人だった。同情をにじませながら、町役人は侍に言った。


「まだ剣豪を探しているようだ。そんなものはこの町にはいないんじゃないか?」

「そんなことはない。ここにきっといるはずだ」

「しかしなぁ、至るところで抜刀するのはやめてくれ。君の行く茶屋には客が寄り付かないし、近くの卵屋では鶏が卵を産まないし、道場破りを警戒して全部の道場が閉まってるし、子供は道を歩くことに怯えている」


侍は気色ばんで言い返した。


「しかし、拙者は剣豪と決闘しなければならぬ。会えぬまま帰郷すれば、志を折るのと同じ。この剣、この志は拙者の命だ! 町の軟弱者たちには理解できないだろう。命をかけると云う事がどういうことか! 勝利を得た暁には、皆が天上天下唯我独尊流を習いたがるだろう」


町役人はため息をついた。


「そうか、そんなに意思が強いのか」

「当然だ」

「なら仕方がない。実は、この町の外れに祠がある。実はその祠、二刀流の剣豪が作ったと言われている。そこに行けば、そなたの求めているものがあるかもしれない」

「なんと、本当か?」

「もちろんだ」


侍は外に駆け出した。風のような速さで祠へ急ぐ。ついに尻尾を掴んだ喜びで、頭がいっぱいだ。


町はずれの林の中に、祠はあった。木でできた小さな家の形をしていて、観音開きの扉にはお札が貼ってある。

そのお札を躊躇なく剥がして破り捨てると、侍はどきどきしながら扉を開いた。


――中は真っ暗だった。その闇の中に、4つの目玉が浮いていた。


祠の中の闇が、ぬっと外に出てきた。それはスライムのように形を変えて、膨張しながら形を作っていく。目玉はじっと侍を捕らえたまま。


侍は後ずさった。ひざが震えて、今にも座り込みそうだった。

闇はやがて不気味な形になった。大の大人三人分もありそうな背丈の、羽の生えたトカゲだ。

侍はその姿を見たことがあった。確か、西洋から持ち込まれた絵を見たときに、絵に描かれていたドラゴンとかいう西洋の竜である。


闇から現れたドラゴンには四つの目玉があった。一つの首の先に、2つの頭が生えていたのである。


「に、二頭竜だとぉぉぉ……?!」


侍の叫びを掻き消すように、ドラゴンが唸った。人の頭3つが楽に入りそうな大口を開けて、灼熱の炎を吐く。


侍はひゃあと叫んだ。服の端に燃え移る火を叩きながら、一目散に逃げ出す。火は消えることなく服をのぼってきた。

刀を投げ捨て、服を脱ぎ捨て、ふんどし一丁で彼は遠くに消えていった。


■■


侍が町に泣き帰ったころ――。


プスプスと火を吐きながら、ドラゴンは不機嫌そうにしていた。

そこに、あの町役人が現れた。酒と菓子を山ほど詰んだカゴを手に持っている。


ドラゴンはフンと鼻で笑った。それから尻尾を伸ばしてカゴを奪い取る。ドラゴンの形を崩しながら祠の中に戻っていき、やがてすっぽり入り込んだ。


町役人は扉を閉めて、お札を張りなおした。額の汗をぬぐい、無意識に義手をなでる。あの姿は、何度見ても恐怖を感じるのだ。


「町を守るのも命懸けさ……」


ぽつりとつぶやいて、にぎやかな町に向かって歩き出した。

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