僕のヒーロー

紫栞

僕のヒーロー

近藤陽斗(こんどうはると)は、今年小学3年生になる活発な男の子だった。

父親はサラリーマン、母親は看護師をしている。

参観日に自分にとってのヒーローを書けとの課題を出されて頭を抱えていた。

いや、実際は抱えるほど悩んではいない。

単に宿題が面倒くさくて手をつけてないと言った方がいいかもしれない。


そんな様子を見兼ねた母は、休みの日に戦隊モノのイベントに連れ出してみた。

ヒーローのイメージに合うかなと想像して少しでも書けたらと思ったが、予想に反してただ楽しい思い出を作っただけでなにも筆は進まなかった。


そうしているうちに日が経ち、提出日まであとわずかになってしまった。

焦る様子の無い陽斗に、両親共に焦り出す始末だ。

と言っても、小学生を持つ親ならよくある光景であろう。


そんなある日、休みの予定だった母が急に職場に呼ばれることとなり、少しの間病院について行くことになった。

普段なら興味が無いしお留守番していたいところだが生憎父親も仕事があるし、何となくやりたいこともなかったのでついて行くことにした。

母親の職場には何回か行ったことがあるし、保育園の頃は職場の近くの保育園だったこともありよく帰りに寄ったりしていた。

しかし間近で仕事を見るのは久しぶりだった。

小学生になってからは学童に入っていたし、休みの日も友達の家に遊びに行ったりしてお留守番ができるようになった。


久しぶりに見る母親の忙しそうにしている姿をぼんやり眺めていた。

患者さんやほかの看護師さんからたくさん声をかけられていて、それでなくても忙しそうなのにより忙しそうに見えた。

それなのにずっと笑顔を絶やさず明るくみんなに接している姿はまるでヒーローだった。

その瞬間何かが舞い降りたように陽斗は筆を走らせた。


何とかギリギリ提出期限までに書き終えた作文は、授業参観で発表することになっているらしい。

母親が出席すると言ってから何やら陽斗は落ち着かない様子だった。

普段活発なだけに両親は不思議そうに見守っていた。


参観日当日、他の子は戦隊ヒーローや芸能人、YouTuberなど有名人を上げすらすらと読んでいく中、陽斗はいつものように元気よく、とは行かずもじもじと恥ずかしそうに手を挙げた。

先生に当てられても耳を赤くしてなかなか立ち上がらない。

いつもと違う様子にクラスの子も何事かと不思議そうに振り返る。

陽斗は後ろを振り返り、母親が来ていることを確認すると決意したように読み始めた。


『僕のヒーロー

近藤 陽斗

僕のヒーローはお母さんです。

お母さんはいつも家で明るく、僕に話してくれます。僕の話もニコニコと聞いてくれます。いつも僕が帰ってくると美味しいご飯も作ってくれます。

この間、お母さんの仕事場に行きました。お母さんは病院で、看護師をしています。そこでは、お母さんは色んな人に頼られて、かっこよかったです。それに、病気の人をたくさん助けていて、すごいです。どんなに忙しくても笑顔でいるお母さんはすごく輝いていて、どんなヒーローよりもかっこいいと思いました。

家では、宿題しなさいとか、お風呂行きなさいとか、勉強しなさいとか厳しい時もあるけど、運動会でかけっこ頑張った時とか、サッカーの試合で勝った時とかいつも褒めてくれるし、1番応援してくれて、大好きです。

将来、僕もお母さんみたいに色んな人に頼られるような、ヒーローになりたいです。』


読み終わると、恥ずかしそうに振り向いてニコッと笑顔を見せた。

それを見て母は泣きそうな顔を堪えて笑顔を返す。

自分の仕事がそういう風に見えていると思ったことはなく、素直に感動していた。


母はその日の夜、息子に自分の仕事について話してみることにした。

「陽斗、今日は作文すごく良かったよ。そういうふうに思ってくれてたんだね。ありがとう。

お母さん本当はね、誰かから病気もらっちゃうんじゃないかってすごく怖いし、まだまだ失敗も多くて周りの人に助けられてばっかりなんだ。

それにお家でもご飯炊くの忘れちゃったり、まだまだでしょ?

でも陽斗が今日、あの作文読んでくれてすごく嬉しかったよ。お母さんにとっては陽斗はヒーローだよ。」

頭をわしゃわしゃすると恥ずかしそうに陽斗は母親に抱きついた。


職場の誰かは、誰かの親で、きっとみんなそれぞれの顔があり、二刀流選手なのかもしれない。




【二刀流】

読み方:にとうりゅう


(1)刀や剣などを左右の手に1振りずつ持って戦うこと、あるいはそれを特徴とする武道の流派のこと。日本では特に、宮本武蔵の二天一流が著名である。左右の手に刀や剣などを持つことは「両刀」や「双剣」などともいう。右手と左手に持つ刀や剣は、例えば長さが異なっていて、短い方が防御に用いられるなど、異なる役割を持っていることもある。

(2)本来の意味から転じて、性質の異なる2つの物事を同時に行うさまを意味する語。

(3)北海道日本ハムファイターズの選手、大谷翔平を指す語。大谷翔平が投手と野手の両方をこなすことができることに由来する。


実用日本語表現辞典より

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