第三章 砲術師範(2)

 

 

「姫君が扱おうとしているのは、こういう物です。抱え込んでいては射撃など出来はしません」

 真っ直ぐに瑠璃の目を見て言う銃太郎の言葉には、どことなく棘があるようにも感じる。

 察するに、諦めさせたいのだろう。

 しかし、だからと言ってあっさり引き下がるような根性無しではない。

「良かろう、私もそなたのように片手でひょいひょい持てるような屈強さを身に着ける。改めて、宜しく御指南頂きたい! 姫君なめんな」

 ぐぐっと眉根を寄せて、銃太郎を見返すと、その顔もぴくりと微かに眉が動く。

「………」

「………」

「えぇぇー……姫様今なんて? なめんなって言った? なあ銃太郎もおまえ、聞いた? なあ?」

 交互に眺めて呟く直人を尻目に、睨み合うこと暫し。

 最終的には、盛大な溜息と共に銃太郎が折れた。

「はぁァ……本当に、どんだけ砲術やりたいんですか」

「そなた、ちと往生際が悪いぞ。渋々入門を認めたかと思うたら、早速いびり倒そうとは」

「い、いびりではありません! 実態をご理解頂きたかっただけで……!」

「うん、よう分かった。もっと力をつけねば、ふっ飛ばされるのは的ではなく私のようじゃな」

 銃太郎は慌てて弁解したが、瑠璃は軽く笑って頷く。

「おっっっっも……!」

「ああこら無理するなよ? お前もまだ身体小さいんだからな?」

 傍らでは、いつの間にか銃を持たせて貰っていた篤次郎が、その重みに唸っていた。

 そこに先程遠目に見ていた貫治が慌てて歩み寄ったかと思うと、銃太郎と直人を順にごつごつどついた後で、ざっと音を立てて膝を着いた。

「姫君ご視察のこと、席も設けず申し訳もございませぬ。気の利かぬ倅にて、どうか御寛恕かんじょ賜りたく」

「父上痛いです」

「なんで俺まで巻き添えに……」

「あ、いやすまぬ。私は今日から銃太郎殿の門弟となった身。そういうのは今後一切構わんで貰えるか」

 あと立って欲しい、と言い添えると、貫治は膝を着いたままで顔を上げ、愕然と銃太郎を見た。

「ぉお……? は? あの話、本当だったのか……?」

「だからお話したではありませんか、本当に姫君が弟子入り志願なさったと……。嘘だと思ってたんですか」

「ぇえ……そうなのか? 父さんてっきり冗談かと……」

「父上……、私が過去に一度でも冗談を言った試しがありますか……」

 ついさっきまで厳めしい面持ちで怒号を飛ばしながら指導していたとは思えない狼狽え振りを見せ、貫治は次いで瑠璃に視線を戻す。

「しかしながら……、姫君に万が一にも何事かあれば」

「父上、お諦め下さい。それは既に私が何度となく試みた説得です。効果はありませんでした」

 それに、とこちらを流し見る銃太郎と視線が絡む。

 許可状を見せてやれ、という合図だ。と、思う。

「貫治殿、とくと御覧じろ。城の許可はこれこの通りじゃ」

 伝家の宝刀宜しく、瑠璃は懐から丹波ら老臣の名が連なる許可状を掲げ持つ。

 本日二度目である。

 目を皿のように見開き、貫治もまた声を失う。

「そういうことでな。銃太郎殿には勿論、貫治殿にもお世話になります!」

 清々しく声を張って一礼する瑠璃を、貫治は唖然と眺める。

「……ぉわぁー、本っ当にやるのか……」

「父上、失礼ですよ」

(この反応……親子じゃのー)

 地味に、そして引き気味に驚く辺りに、その血の繋がりを見た気がした。

 

   ***

 

 まだ日没は早く、西には残照が漂い、東の空には白々とした月が昇る。

 北条谷から霞ヶ城へ向かう道に、大小二つの影が並ぶ。

「今日はお疲れになったでしょう」

「なんの、まだ見学だけじゃ。銃太郎殿こそ、弟子も増える今後が大変じゃな」

 一応提げた提灯の火が揺れて、銃太郎を見上げる瑠璃の表情を朱く照らす。

「……いえ」

「ん? なんじゃ、今の妙な間は。何か気掛かりでも?」

 瑠璃がその足を止めて銃太郎に向き直った。

 それに従って、銃太郎もまた歩みを止める。

「気掛かりと申しますか……、しつこいようですが、本当に砲術を学ばれるおつもりなんですか」

「ほんに大概しつこいな、そなたも」

 瑠璃はどっと肩を落としたようだが、じっと銃太郎を見つめた後でまた短く息を吐いた。

 確かに、いい加減に辟易させてもいるだろう。

 だが、砲術を学ぶに伴う危険を思うと、瑠璃自身のためにもやめさせるのが良いとも思っていた。


 

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