第三章 砲術師範(1)

 

 

 瑠璃と篤次郎とが競い合うように木村家を迂回して続く坂道を駆け登ると、広く整地された射撃場に出た。

 遠く山際に設えた的に照準を合わせ、合図と共に耳を劈くような音を立てて発砲する。

 それが二列、三列と順送りに数人ずつが整然と並び、立ち放しの姿勢で実射していく。

「はあぁー……」

「すっげぇ……」

 襷掛けで銃を構え、立ち姿勢から真っ直ぐに的へ命中させる家中の様子に、瑠璃は感嘆した。

 篤次郎もこれほど間近で見るのは初めてなのか、あんぐりと口を開けて立ち尽くす。

 辺りには風に乗って火薬の匂いと煙が漂っていた。

 銃手交代の際に出遅れた者があると、これまた射撃の音にも引けを取らぬ怒号が飛ぶ。

 その物言う様は弟子の年齢も家格も関係無く、一様に烈しい。

「うおぉ、こっわ……」

「お、恐ろしい御仁じゃの……」

「あぁ……あれが父だ」

 後から追いついた銃太郎が、二人の弟子の見つめる先を確認して言う。

 どうやら厳しく怒鳴りつける壮年の藩士こそが、砲術師範木村貫治──銃太郎の父であるらしかった。

「しかしな、厳しいのには理由がある」

 銃太郎はちらりと瑠璃と篤次郎を見遣ると、眉宇を険しくする。

「よく見てみなさい」

 言われて再び演習に目を向けた。

 火薬と弾を込め、火縄を挟んだ銃身を構えて引き金を引く。

「手順や加減を間違えれば、暴発する恐れもある。即、事故を招くんだ。弾は遠く離れた的にも届くし、弾が中れば命を落とし得る。少し手元が狂うだけで、何処に中るかわからない」

 ひと度事故を起こせば、確かに大事だろう。

 引き金を引いたと同時に、風を割るような破裂音が響き、銃手は発砲による反動を踏み堪える。

 放った後には硝煙が上り、焦げたような臭いが辺りに漂う。

「……そうか、火薬を扱うんだものな」

 厳しく徹底する理由に素直に納得を示すと、篤次郎もそれに続いてごくりと固唾を呑んだような面持ちになる。

 二人に視線を戻すと、銃太郎はにこりと笑った。

「だが、必要以上に怖がることはない。そういうことがないように、これから学べば良いんだ」

 篤次郎が一際元気の良い声で、はいと返事をする。

 銃太郎の笑ったところを初めて見たような気がして、瑠璃は些かぼんやりと眺めた。

 人より少し浅黒く、大柄で武骨な印象が強かったものの、笑窪を見せて微笑む様子は穏やかで優しげに見える。

 子供相手にはこんなふうに接するものかと、心中にふわりと温かいものが広がった気がした。

「? 姫君、どうかされましたか」

 些か呆け過ぎたか、銃太郎が怪訝そうに顔を覗き込む。

「ぉあ!? いや、何でもない。それよりも銃太郎殿、あそこに先日の……えーと確か直人殿、だったか? 直人殿もここの門人なのじゃな!」

 射撃を終えたらしき姿が見え、銃を携えたままこちらへ向かってくる直人に向けて瑠璃は咄嗟に手を振る。

「姫様、まさか本当に入門されたんですか」

「勿論じゃ、私に二言はない!」

 続けざまに見学させて貰った礼を述べると、直人もまた呆れたように笑った。

 すると銃太郎がふと思いついたように、直人の手からひょいと銃を取り上げる。

「すまんが少し借りるぞ」

 そうして瑠璃に向き直ると、銃太郎は片手で銃身を差し出した。

「姫君、御手に取ってご覧になりますか」

「えっ? い、いきなり銃に触れても良いのか?」

「え!? うっわ狡ぃぞ姫さま! 若先生、その次はおれも持ってみていいですか!?」

 篤次郎が横合いから声を割り込ませたが、銃太郎は真顔で瑠璃に銃を差し出したまま微動だにしない。

 伺い立てるような言い方とは裏腹に、問答無用で手にしてみろということだろう。

「………」

 そろりと両手で受け取ったのを見届けると、銃太郎がその手を放す。

 と、その荷重に耐えきれず一気に両腕が腰の下まで下がった。

「!!? 重っ!? おっも!!」

 見た目から想像していたのとは随分とかけ離れた重量に驚き、瑠璃は思わず銃を胸元に引き寄せて抱え込む。

 毎朝木刀を振っているだけに、そこらのおなごより膂力はあるつもりだった。

 これを今、目の前の銃太郎は片手で軽々と、そして僅かの揺らぎもなくぴたりと差し出していた。

 それだけで、銃太郎の力の強さを実感し、ちょっとした戦慄すら覚える。

「い、意外と重いのじゃな……」


 

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