第二章 一番弟子(4)

 

 

(色々と負けておる気がする……!)

 瑠璃もにっこり微笑み返すが、面立ちも表情も果ては仕草まで愛らしい少年に敗北感を禁じ得なかった。

「一番弟子は、そこの岡山篤次郎。姫君ではありません」

 母屋に併設してある小ぢんまりとした道場の中で、瑠璃は愕然とした。

「若先生の一番弟子の岡山篤次郎、十三歳です! ……ふふん」

 紅顔の美少年らしからぬ不敵な笑みで挨拶する篤次郎は、勝ち誇ったように鼻で笑う。

 可愛い顔に似合わず、勝ち気な利かない性格が透けて見えるようだった。

「かっ可愛い上に生意気とは……。ししししかし私も同日入門じゃ、つまり篤次郎とは同門の同期といったところじゃの!」

「まあでも一番弟子はあくまでも俺だから!」

「……ふふ、篤次郎そなた、一番弟子というのがどういうものか分かっていないようじゃな」

 たっぷりと含みを持たせて言うと、得意げだった篤次郎の顔に陰りが差す。

「な、なんだよ……どういう意味だよ」

「一番弟子とは、最初に入門した門人のことばかりではない。一番優秀な弟子のことをも指すのじゃ」

 そして、その座を射止めるのは他でもない。

「この私こそが、最優秀の弟子として君臨する予定じゃ!」

 胸を張り、上から見得を切るように篤次郎を見下ろす瑠璃。

「きっとまだまだ門弟は増える。そなたも私も、今日という日にまみえた好敵手じゃ。負けぬぞ?」

「ふふん、受けて立とう。おまえ、おなごの割に良い度胸してるな?」

「ほーう? そなたこそ、おなごのような顔のわりに、口は達者なようじゃなあ?」

 視線がぶつかり合うと、双方ともに競争心に火が付いたように不敵な笑みを浮かべる。

「あー……はいはい、二人ともそろそろいいか?」

 勝手に火花を散らし出す両者に割って入ると、銃太郎は手を打ち鳴らす。

「篤次郎、こちらは一応丹羽家の姫君なんだぞ。あまり無礼な物言いをしては駄目だ。それと姫君もあまり煽り立てぬようにお願いします!」

 すると、篤次郎は丸い目を更に丸くして瑠璃を凝視した。

「はぁ?! 姫さま? こいつが?」

「!? ちょっ、おいおいこらこら! こいつとか言っちゃ駄目だろ、姫君に対して!」

「だって若先生、こいつおなごだし、大体姫さまが砲術習うなんて意味わかんな──」

「ウワー!? だからこいつ言うな! 姫君だから! そりゃ私だってまさか本当に入門するとか思ってなくて! なんで私が姫君の指南をしなきゃならんのかさっぱり分からんがご家老さま直々の御許可だからもうしょうがないんだ、頼むから無礼な発言は慎んでくれ!」

「えぇー? じゃあ、こいつホントに姫さまなの? ……若先生も大変なんですね」

 一息に捲し立てて咎める銃太郎を唖然と眺めて、篤次郎も十三歳らしからぬ憐憫を含んだ眼差しになる。

「うん、銃太郎どのも結構無礼なことを申しておるがの……」

 唐突に城の姫君が砲術を教えろと押し掛けて来たのだから、然もありなんと思わぬではないが、やっぱりというか不本意のようだ。

「銃太郎どのも篤次郎もそのままでよい。気を遣われながら習うのも逆に気が引けるからな。鳴海みたいにガツガツ無遠慮に来てくれて構わぬ」

「な、鳴海みたいにって……、番頭の大谷さまと我々を同列に語らないで貰えませんか」

 同じ家中でも天地ほどの身分の差がある。

 千四百石取りの大谷家当主と、六十五石取り木村家の部屋住み四人扶持な銃太郎とでは、その差は歴然。

 鳴海に対して気後れするのも致し方のないことかもしれない。

「なんじゃ、別に良かろ? 鳴海もそなたも大事な家中に変わりはないぞ? あとついでに篤次郎もな?」

 瑠璃がきょとんと首を傾げると、銃太郎は呆れたように項垂れる。

 と同時に、屋外から何かが弾け飛ぶような高らかな音が二発、三発と立て続けに鳴り響いた。

 銃を撃つ音だと気付くと、瑠璃と篤次郎は競って表へ飛び出していく。

「銃の音だ! 一体どこで!?」

「ずるいぞ篤次郎! 私も見たい!」

 ばたばたと足音も憚らず、前庭に出て音のする方向を探るように眺める。

「あれは裏の射撃場からの音だ、驚くようなことじゃない」

 木村貫治、即ち銃太郎の父に師事する門弟たちが、付近に設えた射撃場で実射している音だという。

 銃太郎はそう説明すると、やや思案する素振りのあとで、ちらりと弟子の二人を交互に見た。

「今日は事前の説明だけと考えていたんだが……少しだけ、見学しに行くか?」

「行く!」

「行きます!」

 

 

【第三章へ続く】

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