第二章 一番弟子(3)

 

 

 城から砲術教授を命ぜられてすぐの志願だったわけで、入門一番乗りだろう。

 そわそわする気分を堪えて待っていると、家屋の脇から下男と思しき老齢にも届きそうな男がいそいそと出て来るのが見えた。

 門まで出迎え、下男は首に下げた手拭を引き下ろしながらぺこりと頭を下げる。

「どちらのお嬢さまだべか」

「銃太郎どのはご在宅か? 私は銃太郎どのの一番弟子じゃ。そう伝えて貰えばわかる」

 にんまり笑うと、下男は今一つ腑に落ちないような面持ちで引き返して行く。

 が、間もなく家屋の中からばたばたと慌しい物音が聞こえ、戸口からまろび出るように銃太郎が姿を現した。

 ために、瑠璃はふふんと悦に入った笑みで重臣の連判状──許可状を掲げてみせる。

「ぅわあ……」

 信じ難いものを見る目である。

 露骨に不躾な視線だ。

「あ、いや。本当に御家老から許可をお取りになったのか……」

「そなたがそう申したのであろう? だから取ってきた!」

「えぇぇ……いやまさか本当に御家老がお許しになるとは思ってなかったんだが……」

 失礼だが、その書状は本物か。

 などと、本当に失礼なことを訊ねる銃太郎。

「疑うか? ならば広げて見てみるがよい」

 ほれほれと書状を押し付けるように渡す瑠璃に圧され、銃太郎はその書状を手に取る。

「いえ、疑うわけではないのですが──」

 そう言いつつ、促されて書状を広げ始める。

 書きつけられた文言と連名を目にするや否や、銃太郎の顔からすっと血の気が引いた。

 然もありなん。

 家老座上丹羽丹波を筆頭に、重臣の名がずらりと並んでいるのだ。

「まさかお一人ずつ説いて回られたのか……」

「当然であろう? 志願した以上、本気の姿勢を見せぬわけにはゆかぬでな」

 半信半疑といった顔色を隠そうともせず、銃太郎は呻った。

「ご提示の条件は揃えた。これで私は晴れてそなたの一番弟子じゃな」

 にっこり微笑みかけると、銃太郎も漸く腹を括ったのか、微かに吐息して一つ頷いた。

「……わかりました。約束は守りましょう」

 しかし、と、銃太郎の眉間にみるみる皺が寄る。

「姫君ともあろう方がお一人でぷらっと出歩かれるのは感心しない」

「えぇ……だってただ稽古に通うだけ……」

 出掛け前に侍女にもそんなことを言われたな、と瑠璃は反芻する。

「だってじゃありません。何かあったらどうなさるおつもりですか」

「な、何もないと思うがの……」

 木村家の役宅は、ちょうど城の裏手に位置する。

 二本松城は古くは白旗ヶ峰と呼ばれた山の中腹に城屋敷を抱く、山城である。

 その山際をぐるりと北東に迂回したあたりに、入北条谷の木村家があった。

 周囲は家屋敷も疎らな外れた場所だが、それも砲術道場を併設しているが故の配置である。

 鬱蒼と木の枝葉が覆う、昼でも暗がりの道もあり、人通りも多いとは言えないだろう。

「供を必ず付けてください。姫君はもっとご自身のお立場を顧みるべきです」

 銃太郎の面持ちは、呆れたそれから一変して怒りの滲んだものに変わっていた。

「………」

「砲術は指南申し上げます。しかし、貴女にはおなごであるというご自覚が圧倒的に足りません。砲術をお教えするにも、まずはその自覚をなさって頂かねば」

「えぇ……それ必要なのか……」

 おずおずと見上げた先の銃太郎の目には、頑として譲らぬ気迫があった。

 身の丈六尺に迫るその巨躯は山のように見えていたし、整いこそすれ、あまり笑顔のない顔は一睨みするだけで縮み上がるような凄味を感じさせる。

(なるほど、恐い御仁じゃな)

 従者を付ける付けないの件では、鳴海にも散々叱られ慣れているのだが、それとはまた異なる雰囲気だ。

「銃砲を扱うにも、己を知ることは必須です。いいですか、貴女は男に比して身丈も膂力も大幅に異なります」

 それを理解した上で指導を受けるように、と諭されて、瑠璃は押し黙る。

「それから……」

 ごほん、と勿体を付けるように咳払いし、銃太郎はその目を泳がせた。

「? なんじゃ」

「……申し訳ないが、一番弟子は姫君ではありません」

「はぁ?」

 

   ***

 

 まだ前髪の、あどけない美少年。

 悔しいが、そこらのおなごよりよほど可愛らしい顔立ちだ。

 その少年が、母と連立って銃太郎に入門を申し入れたのは今朝早くのことだったらしい。


 

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