第一章 縁の揺籃(4)
「この通り! お願いします先生!」
「せ、先生!? いや、ですから姫! このようなところで、おやめ下さい、本当に困ります……!」
「弟子入りをお認め下さるなら、今すぐにでも顔を上げます!」
「だっ、だからぁ……! どういう経緯でそのようなお話になったんですかっ!」
「剣も弓も、大抵のことは鳴海が教えてくれた。でも砲術はやはり、藩随一の銃太郎殿にお教え頂きたい。勿論他の門弟と同じに扱ってくれて構わない。いや、寧ろ! 同じでないと困る!」
「な、何を仰いますか! もうお立ち下さい、人目につきますから……!」
それもそのはず、ここは城の入り口にも近い往来のど真ん中だ。
雪のせいか歩く人影は疎らだったが、騒ぎを聞きつけて人が集まり始めていた。
「そもそも、姫に砲術などお教え出来るはずが──」
「そこを何とか! どんどん厳しくしてくれて構いません!!」
「そっ、そういう問題では……」
徐々に集まる野次馬にも、正面に土下座する瑠璃に対しても、慌てに慌てた様子の銃太郎。
だが、こちらも
瑠璃は頭を下げたまま、ただ銃太郎が了承するのを待つつもりであった。
これからは、銃火器の時代だ。
まして、薩長と会津の関係が不穏を極める今、これを習得しない手はない。
年のいった家臣などは未だに戦国の世を彷彿とさせる戦を思い描き、また銃砲など足軽芸と見下す風潮さえ根強い。
しかし、そこを行くと先の丹波などはしっかりその有用性を見抜き、主力部隊として練り上げる必要性を充分に理解していた。
「どうしても、銃太郎殿に教わりたいんです!」
「ですから、急にそんな敬語を使わないで頂きたい!」
「師匠ですから!」
「だから、良いとは言っておりません!」
断りたいと言わんばかりの返答を繰り返す銃太郎。
そして、粘る瑠璃。
そんな根競べを展開する二人に、話しかけてきた者があった。
「あれ? 昨日の……」
聞き覚えのある声がして、姿勢はそのままに首だけ巡らせて声の主を探し当てると、瑠璃はあっと声を上げた。
「奇遇じゃな、昨日は世話になったなぁ」
昨日会った青年が、顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。
「いやいやいや、何? こんなところで一体何を?」
「直人か。昨日会ったと話していたのは、こちらの姫君か……?」
銃太郎が問えば、青年はこくこくと頷く。
その顔はやや青褪めて顔色が良くないが、それはこの光景のためだろう。
瑠璃は構わず再び顔を伏せた。
「私を銃太郎殿の弟子にしてください!!」
「さっきからこの調子なんだ、直人お前もちょっと説得してくれ」
良い味方が現れたと踏んでか、銃太郎は直人の袖を引っ掴む。
「えっいや俺が!? 弟子入り志願されてんのはお前だろ、おい袖引っ張るなよ!」
「説得はするって昨日言ってただろ?!」
土下座したままの瑠璃を尻目に、二人は互いにひそひそと言い合い出した。
が、やがて直人は膝を着いて瑠璃の頭上から声を掛けた。
「あー……姫様。こいつ昨日、この危急の時に悠長に遊び歩くお姫様の相手なぞしてられん、って言ってましたから、おやめになったほうがよろしいかと……」
「直人ぉぉおお!!!?」
真っ青になって直人の肩に掴み掛かるところを見ると、実際の銃太郎の発言だと信じて良さそうだ。
危急の時に悠長に遊び歩くお姫様。
確かに、端から見ればそのようにも見えるのかもしれない。
しかし。
「銃太郎殿」
ゆらりと声音を落とし、瑠璃は顔を上げた。
「あわわわ……」
見た目にはっきり狼狽が現れている。
「そなたには遊びに見えるのかも知れぬが、私は本気で砲術を学びたいと思っている」
「ですが姫様、どう考えてもやはり姫君のなさる事じゃないし、万が一怪我でも負われたら……」
直人は傍らで引き続き説得を試みるが、瑠璃はそちらへ目を向けることはしなかった。
「城に無断ではそなたも応じ兼ねるだろうから、家老たちの許可は得る。遊びでないことは今後の姿勢で示す。これで入門を許可頂けませぬか」
銃太郎を見上げた格好のままで言い、再び顔を伏した。
いっかな引く気配のない瑠璃を前に、銃太郎と直人は互いに顔を見合わせる。
両者ともに困惑しているのが手に取るように分かったが、瑠璃は駄目押しとばかりに額を地べたに擦り付けた。
「わ、分かりましたから、もうお顔をお上げ下さい」
狼狽えた声がして、すぐ傍に銃太郎が膝を着く。
「ご家老様方が許可を下さったなら、憚りながら私が指南役を務めさせて頂きます」
その言葉に、瑠璃はがばと身を起こした。
「本当に!!? 本当に良いのか!? 今、確かに聞いたぞ!」
屈んだ銃太郎の顎に、危うく頭をぶつけるところだったが、瑠璃はぱっと晴れやかに破顔した。
「但し、ご家老様方のお許しを得られるのが先ですよ」
「勿論じゃ! 必ず許可を取り付けてくる!」
瑠璃はにっこりと笑い、幾度も礼を言うと善は急げと城へ向けて踵を返したのであった。
【第二章へ続く】
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