回想その1ー4

 結婚して1ヶ月が経過した。

 だいぶ落ち着いてきて、2人の生活にも慣れてきた頃。

 私は、そろそろ良いかなと思って、灯夜とうや君に聞いてみた。

 子供について、性について。

 まず、子供は大歓迎と灯夜君は言っていたので安心した。

 次に性については、やったことないし、知らないことだらけだし、きっと灯夜君の方が知っていると思っていた私。


 だけど、違っていた。


 彼も、そういう経験は、なかった。

 興味のあることに真剣に取り組んでいた結果、交際は私が初めて、と今更打ち明けられた。

 私も灯夜君が初めての彼氏だったから、おあいこだ。

 驚きつつも、2人で相談した結果。

 探りながらの出発となった。

 1つ1つ分かってきて、ようやく最後まで出来るようになった。

 そうすると、月日が経ち、私は体調の異変に気付いて病院へ。

 医者から「おめでとうございます」と言われた。

 コウノドリさん、ありがとう。

 来てくれた…赤ちゃんだ。

 メルヘンなことは置いといて、本当に嬉しくて幸せで。

 灯夜君に話したら、大喜びして。

 あまり感情を出さない彼が、初めて見せた一面。

 これから十月十日とつきとおか、親になる準備、赤ちゃんを迎え入れる準備をしていくことになった。



 朝歌あさかは震えていた。


「数ヶ月が経ったある日、買い物に出掛けて、帰り道は気分転換に違うルートを通って歩いていたの」


 俺の手を握った。

 だから、優しく手を握る。


「数段の石階段を下りていた時に、後ろから急いでいたサラリーマンの人とぶつかって…」


 黙って聞いている美歩みほさんの表情が、だんだん悲しい表情に。


「私…踏み外して転んで…」

「も、もう、いいです!」

「いや!」


 体をビクッとした美歩さん。


「大丈夫…大丈夫…だから…」


 消え入りそうな、掠れた声で、朝歌は続きを話し始めた。


「そうしたら、お腹が痛くなって…ぶつかった人はもういなかったから、自分で救急車を呼んで…」


 俺は俯いた。

 あの日、店が忙しくていた。

 なくなった材料を1つ、朝歌に頼んで行ってもらった。

 たかが、材料1つのために。

 俺は後悔している。明日で良かったじゃないか。

 悔やんでも、もう遅い。


「病院で診てもらったら、私にはどこも異常はなかった。ただね…ただ…」


 ポトリ…

 朝歌の目から涙が、落ちた。


「赤ちゃんは、お空に…帰っちゃった…」


 ポトリ…ポトリ…


「なんで、あの時…通らない道を通ったのか…なんで、周りを見てなかったのか…どうして…どうして…」


 美歩さんは朝歌を抱き締めて、背中を擦った。


「ううっ…うっ…」

「朝歌さん…朝歌さん…」


 泣き止むまで美歩さんは待った。



「ありがとう…もう大丈夫」

「はい」


 5分後に、朝歌は泣き止んだ。


「しばらくは前を向けなかったけど、時間が解決してくれたから、徐々にお店に出て、お客様とお話していたら、元気になってた」

「そうでしたか…」

「だから、今でもお客様のお悩み相談?みたいな感じで、お話しているんだ」


 微笑む朝歌。


「で、数ヶ月前に病院に行ったら、先生がもう大丈夫って言っていたから、また頑張ってみることにしたの!」

「そうだったんですね!良かった!」

「うん!」


 俺も驚いた。

 良かったと思っている。


「今はぐうちゃんがいるから、直ぐに赤ちゃんって考えはなくて」

「うん」

「来てくれたら、良いね!って灯夜君と話してる!」

「そうですか!」


 そう、焦らずゆっくりでも良いから。


「ぐうちゃんは、私達の子供のような大事な存在だから♪」


 そのぐうは、寝ていた。

 ぐっすりと、気持ち良さそうに、すやすや。


「こんな感じだよ!どうだった?」


 俺と朝歌の話は終わった。


「とても貴重なお話を、ありがとうございました!」


 目を輝かせて美歩さんは言った。


「朝歌さん…もし、もしですよ?」

「ん?」

「私の子と朝歌さんの子が同級生だったら、嬉しいなって」

「わあ!良いね!」


 朝歌も目を輝かせている。


「その時はママ友になってね!今からタメ口で良いから!」

「いえいえ、そんな!」

「良いから良いから~♪」


 遠慮する美歩さんと、遠慮はいらないという朝歌。

 その後の話は世間話になり、楽しそうな会話となった。


 俺は出来上がっていた品をキッチンから持ってきた。


「2人とも、はいどうぞ」

「「わあ!」」


 俺が作っていたのは、焼きプリン。

 ほんのり苦味をきかせたカラメルとの相性は抜群。


「「いただきます!」」


 スプーンで掬って食べる2人は、幸せそうな顔だ。


「美味しいー!」

「すんごく美味しいです!」

「ありがとう」


 2人はペロリと完食した。


「おかわりは?」

「すまん、ない」

「「えー」」


 ブーイングするな。


「また今度な」

「しょうがないなー」


 口をへの字にして、ふてくされる朝歌。

 参った参った。



「本当にありがとうございました!」

「こっちこそ、話せてスッキリしたよ!」


 これで、本当の意味で、立ち直ったのかもしれない。


「また来ますね!」

「待ってるよ!」

「はい!」


 美歩さんは店を後にした。


「頑張ったな、朝歌」

「これで、もう、大丈夫」

「うん」


 良かった良かった。

 いつの間にか起きていたぐう。

 俺と朝歌の間に割り込む。


「ぐうちゃーん♪」

「わん!」


 朝歌はしゃがみ、ぐうを撫でたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る