回想その1ー3

「お店ですか?」

「うん」


 大学2年から始めたバイトは大学4年まで続き、就活しながら店長に相談した所。

 店長は「ここで正社員、ならない?」と、鶴の一声に、私は驚いた。

 だから私は就活を止めて、このレストラン・晴々はればれの正社員になることを決めた。

 バイトの時から働いて、もう5年が経っていた。

 恋の進展はない。

 どうなってしまうのか。

 私の予定では、25歳で結婚だったのに。

 もう30歳までに結婚だな。

 試食係として、昼仲ひるなかさんとの時間は増えたのに、何にもない。

 そんなある日、昼仲さんは、私に自分の店を持ちたい考えを明かした。


「今直ぐってわけじゃないが、いずれはな」

「そうなんですね」


 彼は夢を語る。

 私の事なんて、なんとも思っていないのか。

 今回の試食はマフィン。美味しかった。

 和洋中、なんでも作れるなんて、羨ましい。

 私なんか、料理はダメな方。

 教えて欲しい、作って欲しい。

 そうしたら、恩返しは、得意な掃除洗濯片付けをするのに。


「なぁ、持田もちだ

「はい」


 真剣な顔で私を見る昼仲さん。

 目が鋭いから、余計に鋭く見えた。

 何を言うのかな?怖いかも。

 緊張しながら待っていると、ようやく昼仲さんは言った。


「俺と一緒に、店、やらないか?」

「はい?」


 間抜けな声で返してしまった。

 それだけ、ポカンとしてしまった。


「私と、お店…お店!?」


 理解した途端に私は慌てる。


「どうかなと思ったんだが…でも …」


 あ、い、言わなきゃ。

 今なら、大事なことも、言っても良いのかも。

 よし、言っちゃえ、と覚悟をすると。


「持田とじゃなきゃ…嫌なんなんだ!」


 昼仲さんは言った。


「えっ…今なんて…」


 聞き間違い、ではないよね。

 私じゃなきゃ嫌?

 昼仲さんは、深呼吸をしてから、もう一度、私を見て言った。


「持田とじゃなきゃダメなんだ!」


 力強く、言葉にしてくれた。


「それは、どんな…意味が…」


 はっきり、聞きたい。言って欲しい。

 間違っていなければ。

 昼仲さんは…彼は…。


「好きだ」


 ドクン…


「持田のこと、好きだ」


 う…そ…


「昼仲さん…私も…」

「分かってた」

「えっ」


 知ってたの?


たちばなが言っていた。持田がここでバイトし始めの頃に、好かれてるよ~って」


 バレバレ、だったとはー…。


「言われなきゃ知らなかったよ」


 鈍感なんだな、本当に。


「好意を向けられたら、断ろうと思っていたさ」

「そう、なんですか?」

「歳の差がな…」


 そうか、私と昼仲さんは10歳差があるんだった。

 気にしたんだ。そっかそっか。


「でも、試食係になってもらってから、話すようになって…」

「はい」

「一緒にいて、楽しいなとまず思った」


 昼仲さん…。

 同じ気持ちで、嬉しい。

 私も、楽しい時間だなと思っていたから。


「好みの料理を理解するようになって、俺と近いなと思った」


 食の好み、近いんだ。初めて知った。

 嬉しいが、1つ増える。


「あとは、その…」


 もごもごする昼仲さん。

 なんだか、もじもじもしているような、そうでないような。


「食べてる時の持田、可愛いって…思って…」


 か、かわ、かわかわ可愛い!?

 顔が熱くなるのが分かった。

 ドキドキもしている。


「昼仲、さん…」


 嬉しい、嬉しい。


「ありがとう」


 知らなかったことを知れて、私は嬉しくて、幸せを噛み締めた。


 こうして私と昼仲さんは交際することになった。

 これを機に、私は彼を“灯夜とうや君”と呼ぶようになった。

 最初は恥ずかしいからと嫌がられたけれど、付き合って半年後には諦めたのか、何にも言わなくなった。

 交際4年目にプロポーズされて婚約。

 翌年、結婚した。

 両家のご挨拶では、うちの両親は「そうかそうか!娘を頼むよ!」とあっさりと了承。

 でも灯夜君の両親は、息子の覚悟に対しての厳しさが凄かったけど、何とか了承。

 それだけ心配だったのだろう。

 何はともあれ、結婚出来て良かった。

 その後、レストラン・晴々はればれの店長と奥さんに、2人で店を開くことを明かし、背中を押してくれた。

 お礼に料理を振る舞うと「これなら大丈夫だ」と太鼓判。

 実は、交際している時に着々と準備はしていた。

 だから、結婚して半年後、スムーズにオープンが出来たのだ。

 これから、ここで、苦楽を築き上げ、2人で手を取り合って、支えながら生きていくんだ。

 幸せのピークなのではないか、とも思っていた私だった。



「駆け足で語ったけど、大丈夫?」


 はしょってはいないが、店を開く所まで駆け足だったな。


「感動、していまふ…ぐすん…」

「泣くとこないってばー!」


 美歩みほさん、泣かないでくれ。

 鞄からハンカチを取り出し、目元を拭く美歩さん。


「まっ、こんな感じなんだけど、まだ少しあるよ?」

「えっ?」


 マジかよ、話すのか?


朝歌あさか、大丈夫か?」


 俺は心配で2人のいる席に近づいた。

 隣の席の椅子を1つ引っ張り座る。


「話すことはない」

「ううん、話す」

「何で…」


 まだ、だと思っているのに。


「大丈夫。だって、主治医の先生が希望を告げたんだよ?だから、泣かないし、話した方が私にとっても良いし」

「朝歌…」

「不安になったら、手を握らせて」

「あぁ…」


 なら、止めない方が良いな。


「2人共…一体何のことを…」


 取り残してしまった美歩さんに気付く。


「ごめんごめん!今に繋がる大事な話を、美歩ちゃんに話してみようと思って…」

「はい」

「聞いて欲しいから…聞いて?」


 優しく微笑んだ朝歌。

 それを見て、何かを悟ったのか、美歩さんは真剣な顔で。


「分かりました」


 と言った。


 これから話すのは、誰にも話したことのない話である。

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