回想 その1

 私が大学2年生の時、20歳を迎えたから、バイトを始めようと、ウェイトレスの募集を見つけて応募。

 面接を経て、合格。

 レストランに初出勤すると、店長と奥さんが出迎えた。

 気軽に寄れて、手軽な食事。

 敷居は高くはない。

 地元ならではの、親しみのあるレストラン・晴々はればれ

 ウェイターとウェイトレスの先輩2人にご挨拶をして、厨房に向かうと4人ほどの料理人がいた。

 その中に、いた。彼が。

 彼以外は明るく挨拶してくれたけど、彼だけは素っ気なかった。

 だから、余計にインパクトが強く1番に覚えてしまった。


 昼仲ひるなか灯夜とうや


 私はここにいる人達みんなと仲良くなれるように、自分から話しかけていた。

 そう見せかけて、昼仲さんには、特に積極的に。

 半年もすると、先輩方は私の行動に勘づき始めた。

 その時に、ウェイトレスの先輩、たちばなさんが、閉店後に「少し話そう」と飲みに誘われた。

 居酒屋に2人で行き、初のビールが目の前に。


「もしかして初めて?」

「はい」

「美味いよー!じゃ、持って!」

「は、はい!」

「では初ビールを祝してーかんぱーい!」

「乾杯…」


 泡が、凄い。

 ジョッキが冷たいから?ビール自体が冷たいから?

 恐る恐る一口飲んだ。


「んー!最高ー!」


 橘さんは半分以上飲んでしまった。

 凄い豪快、と思いつつ。


「美味しい…」


 これがビールか…。

 苦いけど、なんか、美味しく感じた。

 橘さんが美味しく飲んでいるからかな。


「んでさ、朝歌あさかちゃん?」

「あ、はい」


 仕事の時は“持田もちださん”なのに、初めて名前を呼ばれた。


「昼仲君のことだけどさ」


 ドキッ…。

 諦めて、私好きだから。

 なんて、言わないでよ。

 緊張して待つと。


「アイツはダメよ」

「えっ?」

「朝歌ちゃんは、年上よりも同い年くらいが良いわよ」


 橘さん、もう酔っているのかな。

 でも、心配されているのは伝わる。


「昼仲さんって、変な人なんですか?」


 オススメしないのは、よほど何かあるのかもしれないと思い、聞いてみた。

 すると、橘さんは残りのビールを飲み干し、直ぐにおかわり。

 新しいビールがくると、直ぐに飲んだ。


「んあぁ…」


 ドンッ。ビールを置いて、一息吐いてから言った。


「アレは、女の気持ちなんか、分かってない」


 どういうことだ?

 首を傾げる。


「昼仲君、バイトで来ていた女の子を振ってるわけよ」


 !?

 えっ?えっ!?


「気付かなかった、ごめんなさい。告白をした女の子達はみんなそう言われたと私に泣きつき、次の日には辞めてさ」


 なんという…。衝撃的。


「バイトに来た子全員アレを好きにはなってはいないけど、3人告白してダメだった、てわけ」


 ビールを一口飲む橘さん。

 ペースが落ち着いてきたようだ。


「橘さんは昼仲さんよりも長くレストランにいるんですよね?」

「そうだよ?と言っても半年早いだけ」

「なるほど…」

「見習いの時から今の彼を知っているのは、店長夫婦と私だけ」


 そうなんだ。


「ぶっきらぼうで、もしかしたら女の子に興味がないのかも」

「そう…なんだ…」

「男なんか、星の数ほどいるから、まだ二十歳はたちなんだし、ね?」


 でも、うーん…。

 悩んでいると、突然橘さんは笑った。


「ほんと、可愛いね朝歌ちゃん!」

「えっ?」


 ポカンとしてしまった。


「あはは、これはきっと予想外のことが起こりそうだ!」


 何を言っているの?

 橘さんの思考が分からなすぎて着いていけない。


「気が強い女の子より、無邪気な女の子の方が、良いのかもしんないね」


 橘さんは微笑み、ビールをゆっくり飲んだ。

 いつの間にかあった、おつまみの枝豆も食べている。

 あと、餃子とかお刺身とか。

 ちょっと不思議に思いつつ。


「私、振られてしまうんですかね…」


 橘さんはキョトンとして。


「いんや、多分、大丈夫じゃない?失敗してもめげなきゃね」


 めげなければ…いけるのか…?

 なんだか、元気が湧き、残っていたビールをぐいぐい飲んだ。


「はぁ…!」

「良い飲みっぷり!」


 酒の力を借りないとやってらんない。

 なんて言う人、ドラマや映画での台詞で聞いたことはあったが、今その気持ちが分かった気がした。


「私、頑張りますから、応援おねげーします!」


 テーブルに額をぶつけてお辞儀。

 そこからの記憶はぶっ飛んだ。

 気がつくと家にいて、橘さんは私が住むアパートに泊まったようだ。

 起床してから、橘さんを起こして事情を聞くと、終電逃したから、私を送って勝手にここに泊まった、だそうだ。

 お辞儀の後は、かなり飲んでいたよと教えてもらった。

 橘さんが帰ってから、体重計に乗ると、とんでもなく増えていた。

 その日から、飲まない、と決意したことは内緒。

 さて、いつ告白しようか。

 タイミングが掴めない。

 もう少し、攻めてみよう。



「ここまでで質疑応答は?」

「ないです!」


 橘かぁ…。

 懐かしい名前を聞いて、あの頃を思い出す。

 しかしまぁ、そんなことがあったとはな。

 アイツ、今どこで何してんだかね。


「灯夜君、反論とかない?」

「ないよ」


 あるわけないだろう。

 朝歌の目線なんだし。

 まだ途中っぽいし。

 この続きからが、肝心なわけで。

 はぁ…人様に話すことなんか、ないのにな。

 おっと、そろそろ焼けたか。

 オーブンからあるものを取り出し、仕上げに取り掛かるとしよう。

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