相談事その5ー2
「今日は母の命日でね」
「えっ」
少しだけ、緊張感に包まれた。
それを察したのか、
「たいした話ではないさ。固くならないでくれ」
と言った。
「私の母は、優しく穏やかな人でね。甘いものが好きな人だった」
ゆっくりと語る紅條さん。
お母様への愛が伝わってくる。
「特にケーキが好きで、中でも、生クリームと苺のショートケーキが好きでね」
「そうでしたか」
「誕生日やちょっとした自分へのご褒美に、ショートケーキを買ってきて食べていたのを覚えてるよ。もちろん、子供だった僕や兄弟達の分もあったから、一緒に食べてね」
「素敵なお母様ですね」
「ありがとう」
想像出来てしまう、幸せな家庭の様子。
大好きな食べ物を大好きな子供達と一緒に…。
とても美味しいに決まってる。
「兄弟みんな成人して、社会人になってからは、母は父と旅行に出掛けることがライフワークになっていたんだ」
思い出される、思い出を丁寧に言語化していく。
「父が病で倒れてそのまま他界、もう15年になるなぁ」
「そうでしたか…」
「父が他界した後、母は一人暮らしとなって、だんだん衰えてきた所で、施設に入所して。それからは兄弟みんなで必ず、月に1回は母の顔を見に行って話してね」
素敵な子供達ではないか。
こんなに大切にしてもらった母親は、さぞ幸せであったであろう。
「母にとっての、孫やひ孫と一緒に行くと、喜んでくれたよ」
「可愛いですからね」
「目に入れても痛くない、とはこの事だろうと思ったよ」
そこまで言ってから、紅條さんは顔を上に上げて天井を見た。
それから、ゆっくりと
「溜めていた感情が出そうで、少し抑えた」
「出しても良いですよ?」
「そうもいかないよ」
遠慮されると、気まずいな。
「3年前に、病で母は他界した」
どんな言葉を言えば良いのか。
俺も朝歌も、浮かばない。
「それで今日はショートケーキを注文して、食べたのさ。たくさん詰まった思い出のショートケーキ」
たいした拘りのない、普通のショートケーキ。
俺の作ったケーキ、大丈夫だったかな?
少しだけ、不安になる。
「うちのショートケーキ、いかがでしたか?」
朝歌は紅條さんに質問した。
紅條さんは、少しだけ考えてから言った。
「母の行きつけのケーキ屋は閉店してしまったけど、このケーキはあの時のケーキと引けを取らない」
「本当ですか?」
「あぁ。むしろ、僕はこのケーキが好きだな。母は甘いものが好きだから」
「ん?…はっ!なるほど!」
きっと甘い甘いケーキだったのだろう。
※
「ありがとう」
「いえ」
根掘り葉掘り、申し訳ありません。
「またぼちぼち来るけど、来年もケーキを頼むからよろしく」
「はい、お待ちしております」
「クリスマスなんてのは?」
「ご注文していただければ…」
「じゃあ、そうしようかな」
「ありがとうございます」
「では、また」
「「ありがとうございました」」
紅條さんは店を後にした。
「美味しいケーキ、極めてね!」
「普通で良いんだよ、普通で」
「あっそっか!」
極め過ぎて、味がおかしくなったら大変だ。
普通が1番、普通が。
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