27.魂


 初はゆっくり仰向けに倒れた。

 不思議と、何が起こったのかを、きちんと把握していた。

 マガ神様がニギ神様に代わられる直前の、最後の足掻きによって、自分は殺されるのだろう。

 同時に、今なすべきことがはっきりと分かっていた。

「お祭りは成功です!」

 初は人々が叫び出す前に、大声でのたまった。

「マガ神様はニギ神様に取って代わられました! 私が最後の犠牲者です!! もうマガ神様の災いは起きません!! みんながお祭りを続ける限り!!」

 でも、と人々はガヤガヤと話し出す。初は更に、命の限り大声を出した。

「だから、もう、大丈夫、で……す」

 急速に力が抜けていく。もう命がもたない。

 絹が必死になって初の出血を止めようとしているが、そんなものは無駄だと初には分かっていた。

 マガ神様が差した人間は必ず怪死する。運命は変えられない。

 初は身体中の血液が胸からほとばしり出るのを感じた。このままだと全身の血が抜かれて、からからになって死ぬだろう。

 痛いなあ。苦しいなあ。怖いなあ。

 絹がぎゅっと初を抱きしめた。

 すうっと恐さが引いていった。大きくて温かな安心感に包まれる。

 初は、絹の腕の中で、息を引き取った。

 魂がフワーッと体から抜け出る。絹はそれを追いかけて、手を掴んだ。だが初はそのままフワーッと天まで浮上してゆこうとする。

「初、待って、初、逝かないで」

 すると、ニギ神様が歩み寄ってきた。

「お前は助けてあげるという約束だからね。絹の片割れ。特別な子」

 優しい声だった。

 ニギ神様は初の魂の頭をぽんぽんと叩いた。

 すとん、と重力が戻ってきた。

 ぽこん、と体の不自由なところが全て治った。顔も足も腕も全部。

 そして、頭の中がニギ神様への信仰心でいっぱいになった。

 ニギ神様、ニギ神様、素晴らしきニギ神様。

 そう、初は、魂だけ生き延びて、ニギ神様の使者になったのだ。

 絹と同じように。

「これからは二人で私に仕えるんだ。絹が笛を吹き、初が踊りを踊っておくれ。ずうっとそうしていれば、マガは二度と現れることはない。だからずうっとお祭りをしていよう。いいね、二人とも」

「はい」

「はい」

 二人は気張って返事をした。

「私はお祭りが大好きだからね。いつまでもやっていたくなるのだよ。二人も、そうだろう?」

「はい」

「はい」

 ふふ、とニギ神様は笑った。そのお声はとても尊い響きを持っていた。

「では始めよう。ずうっと、ずうっと、ね」

「はい」

「はい」

 絹が始めの合図を出した。


 ヒュウヒャララ!


 ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。

 ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。


 ドン、ドン、ドンドンドン。


 二人の間で、ニギ神様が、しゃらん、しゃらん、しゃらん、しゃらんと、規則正しく鈴を鳴らす。


 ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。

 ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。


 ドン、ドン、ドンドンドン。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん、しゃらん。


 何十回と続けたろうか、絹は終わりの合図を出した。


 ヒュウヒャララ!


「ふふふ」

 ニギ神様は笑った。

「ああ、楽しかった。そうだね?」

「はい」

「はい」

「もう一度やろう。もう一度と言わず、ずうっとやろう。分かったね?」

「はい」

「はい」


 ヒュウヒャララ!


 ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。

 ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。


 ドン、ドン、ドンドンドン。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん、しゃらん。


 こうして三人はずうっとお祭りを続けることになったのだった。

 何て幸せなことだろう。大好きなお祭りを永遠に続けていられるなんて。

そうすることでニギ神様がニギ神様でいられて、そのお恵みが大地に行き渡って、そしてマガ神様は二度と現れることがない。

三人の絆も深まることだろう。絹も初も、使者として、もっともっとニギ神様に近しい存在となることができる。

こんなに幸せなことはない。至上の喜びだ。

 嬉しい。嬉しい。

 楽しい。楽しい。

 ずうっとお祭りを続けよう。

 そうしよう。


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