25.捜索


 異様な事件が相次ぐ花咲國で、新皇帝が即位した。

 因みに、皇太子は運悪くマガ神様の餌食となり、全身の筋肉を綿花のようにポコポコと弾けさせて壮絶に亡くなったので、その弟君である第二皇子が、急遽皇帝の座を継ぐことになった。

 第二皇子の勢力は、亡き皇太子および前皇帝との仲が悪かった。

 よって新皇帝は、前任者の政治に否定的な姿勢を取った。

 中でも喫緊の課題は、巷で話題になっているマガ神様についてである。この被害を、新留村への弾圧が招いたものであると断じた皇帝は、直ちに新留村から役人と軍人を撤退させ、大部分の情報開示を行なった。

 これに、以前から前皇帝の弾圧に疑問を抱いていた者や、新留村に興味を示していたものたちが、あっという間に食いついた。そして明らかになった事実は、多くの人の想像を遥かに超えるほど、凄絶なものであった。

 問答無用で身柄を拘束されたこと。

 壁の中に連行されたこと。

 壁の中での強制労働の実態。

 機械化が進んだこの世の中で、わざと手作業を強いて村人を苦しませていたこと。

 労働中に監視の目についたら折檻を食らうこと。

 何の理由も無しに村人に向けて発砲されるのが日常茶飯事だったこと。

 与えられる食事の粗末さ。

 寝る場所の粗末さ。

 着るものの粗末さ。

 衛生状態の悪さ。

 拷問部屋の存在。

 拷問部屋で行われていた暴行や実験の数々。

 狂わされた人々。

 病院とは名ばかりの、人を殺す施設。

 死んだ人間がごみのように廃棄されていたこと。

 皇帝や天神への信仰を強いられたこと。

 ニギ神信仰を禁じられたこと。

 そのせいでマガ神が現れ、変死事件が相次いだこと。

 それを口実に村人への締め付けがいっそう強化されたこと。

 最終的には戦車が投入され村人が皆殺しにされたこと。

 それらが何のためらいもなく実行されていたこと。

 などなどなどなど……。

 枚挙にいとまがない。

 村人たちの恐怖はいかほどのものであっただろうか。苦痛はどれほどのものであっただろうか。計り知れない。人間にはこんなに残酷なことができてしまうのかと、衝撃を受けるばかりである。人間の尊厳を踏みにじる、許されざる行為である。前皇帝は、花咲國の歴史に泥を塗りたくったのだ。

 前皇帝への評価は大多数が非難轟々であった。悪しき政治家の筆頭としてありとあらゆる罵詈雑言が四六時中浴びせられた。

 頑なに前皇帝のことを崇拝する者たちも一定数いたが、彼らの主張は世論の叫びに掻き消された。

 自分たちが普通に生活している隣で、こんな悲惨なことが平然と起きていたという事実に、みんなは動揺していたし、恐怖も覚えていた。

「マガ神様を粗末にしてはいけない。土着の信仰を粗末にしてはいけない」

 有志のみんなはそう話し合った。

 そうしている間にもマガ神様による被害は加速していた。

 花咲國内で、五人だったのが十人に、十五人に、二十人に拡大していく。更に隣国での被害もちらほらと報告され始めた。

 もうどこにも逃げ場はない。

 異様な雰囲気の中で時が過ぎる。

 今日の被害は二十五件。どれも漏れなく凄惨な現場だったという。

いちいち大きく扱っていては新聞には載り切らないので、それぞれの記事がとても小さい。それはまるで命の軽さの象徴のようで、それを読む者、とりわけ遺族たちの心を、深々と抉った。

 例えば、全身が灼熱の炎を浴びたかのように焼け焦げ、燃え上がり、溶けて蒸発して消えてしまった者。

 逆に、かちこちになるまで凍ってしまい、落っこちた衝撃で粉々に割れて、氷の粒となってしまった者。

 大きな爪を持った獣に襲われたように、顔面が剥がれ内臓が食い荒らされたようになった者。

 筋肉と臓器がふわふわのわたあめのようになって、血まみれになりながら緩やかに心停止した者。

 頭部だけが急激に膨張しその重さで首の骨が折れた者。

 全身の骨がパキパキと折れて身体中に突き刺さり、長く苦しみながら、あらゆる臓器に傷を負って死を迎えた者。

 一瞬にして三枚おろしにされて、体の断面図を衆目に晒しながらこときれた者。

 などなどなどなど……。

 これまでの犠牲者全員を上げていたらきりがないほどだ。

 老若男女問わずに不規則に襲われる恐怖は、並大抵のものではない。日々慄然としながら暮らすことの何と苦しいことか。前代皇帝の死んだあの夜から、国民たちの日常は脆くも崩れ去ったのだ。

 もはや一刻の猶予もない。

次なる犠牲はなるべく避けなくては。

 心ある国民たちは、マガ神様を鎮める方法を模索するため、村人の生き残りを探すことにした。

 きっとどこかにいるはずだ。戦車の大軍から逃れて生き延びている村人が。少しだけでもいるはずだ。そう信じて。

 たくさんの車が現地に向かって発進した。交通規制はとっくとうに取り払われており、人々は自由に移動できるようになっていた。

 新留村は壊滅状態だった。

 もぬけのからの市街地を車は壁の方へと走る。

 壁の中に入った人々は、言葉を失った。

 それから、生き残りを探す動きが始まった。

 彼らは壁の中を探し回り、村の中を探し回った。

 生存者は見当たらない。だが、根気よく探す。

「おーい」

 声をかける。

「助けに来たぞー。誰かいないかー」

 それでも誰も出てこない。警戒されているのだろうか。

 市街地から外れて田舎の山の方まで足を伸ばす者もいた。

 破壊された家屋や田畑をいくつも通り過ぎる。

 山のふもとまで行くと、そこには何かの施設が撤去された跡地のようなものがあった。その先に山へと入る細い道が続いていた。

 山の中に隠れた村人もいる可能性がある。捜索隊が山道へ踏み入ろうとすると、向こうから一人の少女が下ってくるのが見えた。

 彼女は手足が不自由らしく、腕の形は歪で、歩く時はびっこをひいている。軍人による折檻や拷問のせいだろうか。あまりにも気の毒なことだ。やはり前代皇帝による弾圧は非人道的であり、許されざるものである。

 少女は捜索隊の姿をみとめると、さっと木の陰に隠れて様子を窺った。完全にこちらに対して怯え、警戒している様子だった。

「新留村の子かい?」

 捜索隊の一人が優しく声をかけた。少女は怯えきって黙っている。

「我々はマガ神様の被害を収めるためにここにきたんだ。君がもし何か知っているなら教えてほしい」

 少女は木に隠れたままこう聞いた。

「マガ神様を信じているの?」

「信じているとも。今も大勢の人が恐ろしい殺され方をしている。我々はそれを止めたいんだよ」

「……ニギ神様を信仰しても怒ったりしない?」

「怒らない。むしろ歓迎するよ」

「本当に? 嘘をついて呼び出して殺すつもり? そうなんでしょう」

「……!? まさか。我々は武器を持っていないよ。ほら」

 捜索隊の人は手を挙げた。だが少女はこちらを疑惑の目で睨みつけることをやめはしなかった。

「……。騙されたりしないよ」

「騙すものか。我々は本当に困り果てているんだよ。マガ神様が次々と人をお殺しになるから、何とかしたいと願っているんだ」

 少女は考え込んだ。

「……きぬ」

 少女は謎の言葉を口にした。それからうんうんと空中に向かって頷いた。まるでそこに話し相手が存在しているかのような振る舞いだった。

「分かった。あなたたちを信用する。あなたたちは私を殺さないみたいだから……」

 捜索隊の人々は安心して少女を迎えた。少女の精神状態のあまりの哀れさに、啜り泣く者もいた。

「私たちは」

 少女はしっかりした声で、みんなに向けてこう言った。

「今から、ニギ神様に捧げるお祭りをやるところなの。お祭りは手順通りにやらなければいけないので、決して邪魔はしないでください」

「おお……!」

 捜索隊の人々は喜び合った。相手はまだ少女だが、ニギ神信仰の祭りについて詳しい人なのだ。これで、マガ神様の暴走を止められるかもしれない。希望の光が見えた。みんなの顔は一様に明るくなった。

「私たち、と言ったね。他にも生き残った村人がいるのかい?」

 何故か少女は首を傾げた。

「さあ……。いるかもしれないし、いないかもしれない」

「? どういうことかな?」

「みんなには見えないと思うけど、私の隣には神の使者がいるので、私たちと言ったの。私は踊りを担当する。それで絹が音楽を……笛を担当する。笛の音も、みんなには聞こえないと思う」

 捜索隊の人々はてんでに首を傾げたが、彼らはもはや地方の土着の信仰を粗末にしないと決心している。少女の言うことを一応受け入れることにした。絹、というのはその使者とやらの名前であろう。

 少女は施設の跡地の平らな場所までよじのぼった。不自由そうな手足の割には、あまりにも軽々しい体の運びだった。まるで見えない誰かの手を借りているかのようだった。絹という神の使者は、本当に、今ここにいるのだろうか。

「では」

 少女は厳かに言った。

「お祭りを始めます」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る