21.壊滅
「どうしていきなり、軍人たちは乱暴をやめたんだろう」
初は小屋の外壁によりかかって休憩を取りながら、絹に言った。
「働かせようとしてこないし。みんないなくなっちゃったし。もう私たちをひどいめにあわすのをやめたのかな?」
「見張りの人だけ残っているみたい」
絹は言った。
「だから、全部が終わったわけじゃないと思うよ」
「そっか……」
「……マガ神様、今はどこにいらっしゃるのかな……」
ゴゴゴゴゴ、と地響きのような音が近づいてきた。
初と絹は耳をそば立てた。あちこちで勝手に休んでいる村人たちも、何事かと不審そうに起き上がった。
「……だー!」
壁側の方から大急ぎで村人たちが走ってくる。
「戦車だー! 戦車が沢山きたぞー!」
「!?」
初は一瞬、訳が分からなかった。
戦車というのは戦争で人を殺すための車だ。それがこちらに向かってきているということは……。
まさか、ここを潰しに来たのか。
「軍人が大勢来てるぞー! 俺たちは村ごと皆殺しにされるんだ!」
身の毛もよだつ思いで、初は立ち上がった。
村人たちも血相を変えて、てんでに逃げ出した。
「どっ、どうしよう、絹!」
初は走りながら問いかけた。
「どこにいれば安全なんだろう!」
一台目の戦車が、道の真ん中を堂々と走ってきた。その上には軍人が乗っていて、四方八方に銃弾を撒き散らしている。
絹は初を抱き上げると、猛烈な勢いで駆け出した。そして、小屋と小屋の間の道に飛び込んで、陰に隠れようとした。そこには他にも村人がたくさんいて、みんなで押し合いへし合いになる。
今回は絹は初を庇えない。他人には絹の姿が見えないから、初は絹の後ろに隠れることができない。
ゴゴゴゴゴ、と戦車が列を成して真ん中の道を進んでいく。軍人たちが飛び降りて、村人をしらみ潰しに探し始めた。初たちのところにも軍人が現れて、影に隠れているところに銃弾の集中砲火を浴びせた。
かがみ込んで頭を抱えた初に、絹が上から覆いかぶさった。
その場にいた村人たち全員に銃弾が命中した。小屋の陰には死体が散乱した。誰一人として立ってはいなかった。その様子を確認した軍人は「ふむ」と言うとカッカッと軍靴の音をさせてその場から去った。
しばらくしてから、初は、むくっと起き上がった。
「絹……!」
囁き声で呼ばわる。
銃弾は絹の背中で受け止められてその体内に留まり、初に届くことは無かった。
「駄目、初」
絹は焦った様子だった。
「初は死体を集めてその中に隠れて! 死んだふりをして! 私が周囲を見張るから!」
絹は平然と背中の傷に手を突っ込み、体内から銃弾を探り当てて摘むと、ぽいっと地面に捨てた。血は一滴たりとも出ていなかった。その後、絹の傷はみるみるうちに塞がってしまった。
「わ、分かった」
初は悲愴な気持ちで村人の遺体を掻き集めると、その中にもぐりこんだ。
人々にはまだ体温が残っていて、生暖かかった。それぞれの銃痕や開いた口から血が滴って、初の頭にぼたぼたと垂れてきた。
「うう……」
初は身を縮めた。
それからどれくらい時間が経っただろう。
村人たちの体が徐々に冷えて固まっていくのが分かった。
初は、非常に惨めな気持ちがしていた。
「初」
絹が緊迫した声で言った。
「軍人が死体の確認をしてる。生き残りがいないかどうか確かめてるみたい。気をつけて」
「……!」
初は身動きしないように気を付けた。呼吸も浅くする。
カッカッと足音が近づいてきた。
「うん……?」
軍人は不思議そうに言った。こちらへ近づいてくる。そして、死体の山をどけはじめた。一人一人、脈を確認する。
やがて初の頭の上に乗っていた村人の遺体がどけられた。
初は呼吸を止めた。
絹が軍人の前にずいっと進み出て、赤い目で軍人をじっと見た。
軍人の手が初の髪に触れるや否や、絹は軍人を蹴り飛ばした。
「!?」
軍人は小屋の壁に叩きつけられてゲホッと咳き込んだ。
「な、何だ!? 生きてるのか!?」
絹は初を抱き上げて爆速で走り出した。軍人の間からすると、痩せこけた奇妙な形の女の子が、空中を浮遊しながら後ろ向きに遠ざかっている格好になる。
ギャーッと軍人は叫んだ。
「お、おおお、お化けだーッ!! 幽霊だーッ!!」
勘違いしてくれて大いに助かった。絹は軍人がびっくりして動けないでいる間に、ぐんっと距離を稼いだ。
「どうした!?」
他の軍人が集まってくるのが視界の隅に見える。
「お化けが出ました!」
「馬鹿者、お化けの訳があるか! 生きた人間だ! 生き残りがいるぞ、探せーッ!!」
絹は初を抱え直して、ふわっと地を蹴ると、小屋の屋根まで飛び上がった。初はわあっと叫びそうになるのを慌てて抑えた。
屋根の上からは壁の中の様子がよく見えた。
壊滅状態だった。
あまりにも大勢の人が撃ち殺され、轢き殺されている。一部の建物には火も放たれている。そこら中を軍人が駆け回っていて、この調子だと生き残れた人は下手したらいないかもしれなかった。
「いたぞーッ、屋根の上だーッ!」
誰かが叫んだ。見つかった、と初は息を飲んだ。
「は!? 何だってあんなところに!?」
「よ、よく見ろ、何かちょっと浮いてないか?」
「構わん、撃てッ」
バシューンバシューンと銃弾が飛び交う。初は生きた心地がしなかった。だが遠距離のおかげかなかなか命中しない。
絹は走り続けて、屋根から大きく跳躍して地面に降り立った。
「ひっ、ひっ」
初は恐ろしさのあまりうまく呼吸ができないでいた。絹はダダダッと走り続ける。向かう先は、壁の出入り口。
もしや、この壁の中から出るつもりだろうか。出入り口には見張り番の兵士がいるはずだ。あそこを切り抜けられるなら、そもそもこんなところに長居なんかしていない。とっとと逃げ出して他の村にでも隠れ住む。みんなそうしていたはずだ。
脱出なんてできっこない。
だが絹の頭の回転は驚くほど早かった。
絹は初を背中に背負い直すと、そこら辺の大人の死体を抱き上げた。そのまま出口まで突進する。
見張りは二人、当然、銃を携えている。
二人は浮遊する謎の死体にまず驚いて初動が遅れた。とりあえず銃撃するも、銃弾は全て大人の死体に命中する。絹はその大人の遺体をさっと上に投げ上げた。二人の視線が投げ上げられた死体に集中する。その瞬間を狙って、絹はボカッボカッと見張りの兵の鳩尾を殴りつけた。
「がはっ」
「ぐえっ」
二人は強烈な一撃を食らって体を折り曲げた。その隙に絹は、初にしがみつかれたまま、ダダダダダッと壁の中から逃走した。ひとけのない市街地に逃げ込む。そこは初の知っていた栄えた中心部とは全く異なっていた。誰もいない学校、廃墟と化した家々、打ち捨てられた商店街。
「にっ、逃げたぞ!」
「生き残りが、逃げ……ゲボッ」
見張りの兵が叫ぶのが聞こえる。
「はあっ、はあっ」
無尽蔵かと思われた絹の体力も低下してきているようだ。
「絹……!」
「初、黙ってて!」
「……」
絹は速度を落とすことなく、人の住まない市街地の間を駆け抜けて、田舎の方面への道を急いだ。
「ぜえっ、ぜえっ」
かつての家の前を通り過ぎて、更に奥へと向かう。それはお祭りの舞台のある方……ひいては、木々の生い茂る山のある方だった。
絹は山道を駆け上ると、獣道に分け入って茂みの中に初を隠した。
「ぜー、はー、ぜー、はー」
絹は大きく呼吸してから、周囲を見回した。
「じゃあ、私は見張りをしているから、初は休んでて」
「でっ、でも」
初は小声で言った。
「いくら神様の使者だからって、無理しちゃいけないよ、絹」
「こんなのどうってことない。初の方が危ない」
「でも」
「いいからっ!」
絹はきつい口調で言った。そして手のひらを初の顔に被せてくる。
「おやすみなさいっ!」
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