5.封鎖
変化は早くも翌日に起こった。
初たちは、村の中心部にある学校で、国語の勉強をしている真っ最中だった。初はマガ神様のことを考えていて、気もそぞろだった。
その時、突如として町の方で、バンバンバンと爆発音が響いた。子どもたちはどよどよと騒ぎ出し、窓際に駆け付けた。何が起こったのか分からない。どうしてこんな片田舎の町で爆発音などが起こるのだ?
間もなくして校内放送が流れた。生徒たちは教室に留まっているように、とのことだった。
やがて緊急で職員会議が開かれ、先生は出て行ったかと思うと、すぐに戻ってきてこう告げた。
「先ほど、新留村に軍の人がやってきて、銃を撃ったそうです。怪我人や、亡くなった人が出ています。今、みなさんのおうちに電話をかけていますから、おうちの人がお迎えに来たらすぐに帰りましょう」
教室は大騒ぎになった。みんな、死んだ人が知り合いではないかとか、親が学校に来るまでに危険な目にあわないかとか、そういった不安でいっぱいだった。
「うちには電話がないよう」
泣き出した子がいて、他の子どもがそれをなだめた。
「村の他の人が知らせてくれるから大丈夫だよ」
初の家にも電話はなかったが、きっと近所の人が両親に知らせてくれるに違いなかった。
それから、教室から一人の女の子が呼び出された。隣の教室で何か先生と話していたかと思うと、女の子が泣き崩れる声が聞こえてきた。銃で撃たれた人の中に、女の子のお父さんがいたそうだと、すぐに噂は回ってきた。
初は呆然とした。マガ神様より前に、国が新留村を襲ってきた。それも、被害者がこんなに身近にいる。危機はもうすぐ隣まで迫っている。
絹の手が震えていたので、初はぎゅっと握ってあげた。こういうときこそ自分が心を強く持って、絹を守ってあげないといけない。絹は目があまり見えない分、余計に怖いはずなのだ。怖いけれど、気力を振り絞らなくては。
やがて父が車でお迎えに来た。初は絹の手を引いて車に乗り込んだ。
心臓がどきどき言うのが分かった。町にはお役人もいたし、茶色い軍服を着た軍人もいた。軍人はみんな大きな銃を持っていて、今にもこちらに向けて撃ってきそうだと初は思った。撃たれたら痛いだろうし、死んでしまうだろう。
「町はどんな様子なの」
絹は細い声で聞いた。初は見たまんまを伝えたが、銃のことは言わないでおいた。
車は舗装された道を抜けて、土埃の立つ小道へ入って行った。その先に初たちの家がある。もう村の中心部からはとっくに外れているのに、まだそこらにはお役人がいて、周囲を監視していた。そんな中でも、母が心配そうに家の前で待っていた。
父は初と絹を母に預けると、もう一度車を出そうとした。そこでお役人に荒っぽく止められた。
「そこの車、何をしに行く!」
「村の中心部の様子を見に行くのです」
「今、新留村に居住する者の自由な移動は制限されている。許可なく移動してはならない!」
「はあ、そうなんですか」
それから家に入って、一言、「めちゃくちゃだ」と呟いた。「これじゃあ買い物に行くにも苦労するぞ……」
「困りましたね」
母も青息吐息だった。
事態はどんどん深刻化していった。
お役人がどんどん村中に張り紙をしていく。それによると、新留村へ通ずる全ての道が封鎖されたという。もう誰も許可なく出入りすることはできなくなったらしい。
通学は許可されていたので、次の日、初と絹は父の送り迎えで学校に行くことができた。中心部の様子は異様だった。軍人が闊歩し、人々は委縮している。そして何故かコンクリートや建築材を積んだトラックが続々と村に入ってくる。それからトラクターもいっぱい。どうやら、新留村の入り口に堅牢な門が築かれ始めた。
それから数日後、中心部から程近い場所に、突如として壁が建設され始めた。他人様の農地が広がっているにも関わらず、強引にコンクリートの壁が出来上がっていく。それからだった。村の人が理由もなく逮捕されるようになっていったのは。
早くも学校に通うのは難しくなっていた。父が逮捕されては敵わないと、初と絹は通学をやめた。故に、中心部に出ることは無くなった。近所の人からの情報によると、逮捕は誰彼構わず行われており、拘束された人々はみんな、あの突如として建てられたコンクリートの壁の中に連行されているそうだ。壁はまだ完成してはいないようだったが、外から様子を窺うことは容易ではなかった。
壁の中では大変なことが起きているというのがもっぱらの話題だった。何でも、衣食住をまともに与えられないまま、おかしな四角い建物を建てるのを手伝わされているらしい。それから壁の続きを造るのにも協力させられているとか。
「何でこんな恐ろしいことになってしまったのかしら」
母は暗い声で言う。
「新しい皇帝は一体どうしてこんな仕打ちを……。何もここまでしなくたっていいでしょうに」
「これはうちものんびりとはしていられないな……」
「緊急用の小袋をこさえなくては。食べ物を入れておいた方が良いかもしれませんね。長持ちのするものを」
「どうだかな……。それにしても、これでは来月に祭りを行うのはとても無理だろう。監視が厳しすぎる」
父は思いつめたように言った。
「いずれマガ神様がやってくるかもしれない」
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