4.禁止令
新留村の村人たちは、誰も彼も難しい顔をしていた。父と母も、お触れの書かれた張り紙を前に、困り果てていた。初は納得が行かずに尋ねた。
「どうしてお祭りをしたらいけないの? お祭りをしなかったら、マガ神様が来ちゃう」
「マガ神様は怖いよ」
絹は初の手をぎゅっと握って言った。初はその手を握り返した。
「マガ神様は本当に人を殺すの?」
初は聞いた。
「ええ、マガ神様は人を殺します。それも大勢ね」
母は答えた。
「皇帝様はマガ神様をお呼びになりたいの? 何で?」
「皇帝様は、ニギ神様もマガ神様も、信じておられない」
父は言う。初も絹もびっくりした。
「そんなことってあるんだねえ、絹」
「ニギ神様はほんとうにいるのに……」
絹は不安そうに言った。
「仕方がない。お役人の目は怖いが、それでマガ神様を呼ぶなんて事態はもってのほかだ。……今後は規模を縮小して祭りを続けよう。見つからないように十分気を払いながら。集会でそう話をしてくるよ」
「気をつけてくださいね、あなた」
「うん。ありがとう」
父は言って、車に乗って土で固められた道を行き、人の集まっている地区へと向かって行った。
この国のお役人の目は厳しい。皇帝は大勢の人を役人として雇っていて、各地域を監視させ、情報を的確に収集している。新留村のことが知れてしまうのも、時間の問題かもしれなかった。だが初たちは、皇帝などという遠い知らない人よりも、マガ神様の方が恐ろしかった。
それは、絹が見る夢のせいもあった。
笛を習い始めてから、絹はとある夢を見たという。
その夢には、綺麗な赤い着物を着た、髪の長い、背丈の高い男の人が出て来たそうだ。手には鈴が沢山ついた棒を持っていて、しゃらり、しゃらりと音がする。絹が寄って行くと、その人は優しく絹を抱き上げた。よく見えないが、顔にはお面のようなものをつけていたらしい。
「お前は特別な子だね。特別だから、助けてあげよう」
穏やかな声で、そう言ったそうだ。
「あなたはだあれ?」
絹が問う。
「私の名はニギ。覚えておいで」
絹は驚いて声を上げた。
「ニギ神様?」
「そうとも呼ばれるね」
ニギ神様は絹を下ろした。
「そろそろお帰り」
しゃらり、と鈴の音がして、絹は目覚めた。
絹は急いで初を揺り起こし、この話をした。初は父と母を起こそうとしたが、絹は制止した。
「内緒にしてて」
「どうして?」
「何となく……。あんまり大騒ぎにしたくないの」
絹は控えめな性格だから、そう言ったのかもしれないし、もしかしたらニギ神様が絹にそうさせたのかもしれない。初はとやかく言わず、「分かった」とだけ言った。
絹が言うようにニギ神様が本当にいるならば、マガ神様もいるに違いない。そう思うと背筋が凍る思いがした。人を大勢殺してしまうような神様を、目覚めさせてはいけないと、強く感じる。
さて、結局、父の行った集会では、ひっそりと少人数で儀式を行うということが決まったそうだ。
笛吹きは一人、舞い手も一人。時間も短くする。その代わり、一月に一度は欠かさずに行う。
祭りを覚えたての初と絹は、不満げな顔をした。
「もうお祭りには行けないの?」
「子どもはお家で遊ぶか、勉強するかしていなさい。それが一番安全なんだ。もちろん、お祭りごっこなんてしてはいけないよ」
父は険しい顔で言いつけた。
そうして細々と祭事は続いた。
絹はまた夢を見た。
夢の中のニギ神様は、座り込んで元気がなさそうだったという。
「ニギ神様、お祭りが小さくなって寂しいのですか?」
「……」
「ニギ神様?」
「……押さえつけなければ」
ニギ神様はそう言って、しゃんしゃんしゃんと鈴を鳴らしたが、再びうずくまってしまった。
「ニギ神様、元気を出して」
「……そうだね、絹」
それで夢はおしまいだったそうだ。
絹は両親に気づかれないようにしくしくと泣いた。
「ニギ神様が弱くなったら、マガ神様がやってくる」
初は身震いしたが、すぐに絹をなぐさめた。
「きっとまだ大丈夫。お祭りはちゃんとやっているもの」
そうして一年が経った……いや、一年もことが知られずに済んだのは奇跡だったに違いない。
お祭りの日、初と絹は言いつけ通りに家の中で遊んでいたが、不意に村が騒がしくなった。水仕事をしていた母が前掛けで手を拭いてさっと外の様子を見に行った。初も絹の手を引いて後に続こうとしたが、母は手を伸ばしてそれを止めた。それでも初には見えてしまった。お役人たちが三人も来ていて、村の奥でお祭りをやっていたお年寄り二人を、しょっぴいていくのを。
「初? 何が起きたの?」
絹が震え声で問う。
「男の人が怒鳴っているのが聞こえる……誰? 知らない人?」
「お祭りがお役人に見つかっちゃった。吹き手と舞い手が連れて行かれる」
初は小声で言った。
「どうしよう、これからは監視されちゃう。お祭りができなくなるよ」
絹は小さな悲鳴のような声を喉から出した。
「ニギ神様がいなくなっちゃうよ! マガ神様が来ちゃう!」
この時の初と絹は、マガ神様が来るのが怖くて怖くて、そればかり考えていた。だが、危険は他にも、もっと身近な所にあったのだ。
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