2.初と絹
「やーい、絹の白っ子。めくらののろま、役立たずー」
村のやんちゃな男の子がそう言って、初(はつ)と絹(きぬ)に石を投げつけた。
「何ですってこの鼻垂れ坊主! 人でなし! 絹を馬鹿にしたら許さない!」
初は絹を庇って立ち、やんちゃ坊主を怒鳴りつけた。
初の双子の妹である絹は、生まれながらに白い髪と赤い眼をしていて、視力もほとんどなかった。だから初はいつも、絹を守るのが己の責務だと、幼いながらに感じていた。
ギャハハハ、と男の子は笑いながら逃げていく。初は全速力でそれを追いかける。男の子の髪を引っ掴んで引きずり倒した。コンクリートの地面にぐりぐりと力いっぱい頭を押し付けてやる。
「痛ぇーっ! 何すんだよこの馬鹿女!」
「馬鹿はあんただ! 意地悪なんかして馬鹿みたいに笑って、恥ずかしくないの? 次に石なんか投げたらもっとひどいめにあわせてやるから!」
初はすっころんだままの男の子からぱっと手を離して、急いで絹の元に駆け戻り、その手を取った。
「一人にしてごめん、絹」
「大丈夫だよ。仕返しとかしなくていいんだよ、初」
「駄目。ああいうのは調子に乗らせておくとよくないんだから!」
そんな話をしながら、二人は手を繋いで長い距離を歩き、家まで帰った。
「おかえり」
母が外まで出て出迎える。そして父を呼ばわった。
「お父さん、子どもたちが帰りましたよ」
「はいよー」
父はトラクターから降りると、田んぼの畦道に上がり、家の方へと歩いてくる。父が着替えを済ませるのを待ってから、母は初たちを車の後部座席に乗せた。
新留村の奥にある山の方へと、エンジンを吹かせながら車を走らせると、そこにはみなが集まる祭り場がある。
飴や饅頭を売っている出店、それに綺麗な提灯。行き交う村人たちの笑顔。そしてなにより、音楽と踊り。
ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。
ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。
朱い柵で囲まれた祭壇の上で、沢山の横笛の音に合わせて、くねくねと踊りをする人々。
初は面白くてキャッキャと笑い、手を叩いた。そして絹に向かって、こう説明する。
「ドン、ドン、と足を踏みながら、前のめりになって、手をこうやってくねくねさせて、踊っているよ。白くて袖の長い、昔の衣装を着ていて、とっても面白いんだよ」
「うふふ」
絹は笑った。絹が笑うと初はとても嬉しくなる。
「二人ももう十になるから、笛と踊りを覚えなくてはね」
父はそう言った。
「絹は笛を、初は踊りを覚えようね」
「わあい! やりたい、やりたい!」
「私もやりたい。音がするものは好き」
二人は手を繋いだままはしゃいだ。
「明日から練習をしましょうね。笛はもう作ってあるのよ」
母はそう言った。
わあっと初と絹は顔を綻ばせた。
母は笛の名人として名高い。そんな母から教えてもらえるなんて、絹は幸運だ。
「よかったねえ、絹」
「うん、よかったねえ、初」
じきに祭りは終わった。父の運転する車に乗って家に帰る。
そして、次の日から本当に練習が始まった。
「笛と踊りは、ニギ神様に捧げるためのものです。決して軽い気持ちで取り組んではなりませんよ」
母が厳しい声で言ったので、初と絹は姿勢をぴんと正した。
「ニギ神様を大事にしないと、マガ神様がやってきて、村に災いを引き起こします。そうならないために、私たちは一月ごとにお祭りを開いているのです。ですから二人とも、練習の時から、ニギ神様を敬う気持ちを忘れてはなりません」
「はい」
「はい」
二人は気張って返事をする。
「では、絹はこちらへ。初はお父様と踊りの練習を」
初が心配そうに絹を見たので、母は笑った。
「本当に二人は仲良しねえ。大丈夫だから絹のことは母さんに任せて、初はしっかり、踊りの練習をなさい」
「はい」
初は父の方へと小走りで馳せ参じた。
「よろしくお願いします、父さん」
「うん。頑張ろうね、初」
初は基本的な足取りから教えてもらった。
ドン、ドン、ドンドンドン。
それから、やや前傾姿勢になる角度、くねくねとした独特の腕の動かし方。全てを同時にこなすのは骨が折れた。これは思っていた以上に大変かもしれない。
とはいえ、初も絹も覚えが早かった。特に横笛は難しいはずなのに、絹はあっという間に一曲を通しで吹けるようになってしまった。
次の、そのまた次のお祭りには、二人とも出られることになった。
二人は白い着物と赤い帯でおめかしをして、祭壇に登った。
ヒュウヒャララ!
笛吹隊の長が合図の音を出して、みなは一斉にお祭りを始めた。
ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。
ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。
踊りは手順を間違えないようにしなくてはならないが、初は問題なくこなすことができた。くねくねと踊りながら、楽しくて顔がにやけそうになった。しかし大切なお祭りでへらへらしてはいけない。ニギ神様への尊敬の念を胸に、懸命に足を鳴らす。
ドン、ドン、ドンドンドン。
こうして災いを防ぎ、五穀豊穣を願うのが、花咲國の西方に位置するこの村の、大事な風習だった。
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