お料理はサービスです。

風見☆渚

ビールの後は雑炊です。

「・・・別れよう・・・・」

「・・・どうして・・・・」

「・・・ゴメン」


夜にもなりきれない夕暮れの駅前。

泣くことも忘れた一人の女は、ただ去って行くだけの男の背中をじっと見つめていた。

世の中にありふれた、よくある恋人同士の別れ。

深い理由はなかった。男から一方的に告げられた別れ話しに、女は何も考えられなかった。

男が見えなくなると、女はどこに行くでもなく歩き出した。

とぼとぼとあてもなく歩く女の背中は小さく、そのまま消えて無くなってしまいそうなほどだった。

どのくらい歩いただろう。

ふと女の視界に入ってきたのは、人気の少ない裏路地にひっそりとある1件のバーだった。


――カランコロン


「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ。」


外からの見た目通り、店内はかなり古びている。

少し広めな店内のわりに、客は数えるほどしかいなかった。

一人で飲むには丁度いい。

そう思った女は、言われるままカウンターに座った。

カウンターの中にいるバーテンダーは、昔からあるような雰囲気を持つ古びた店に不釣り合いなほど若い男だった。

女は目の前で爽やかに微笑むバーテンダーにイラつき、八つ当たりするように注文する。


「とりあえず生ビール。大ジョッキでちょうだい!」

「ビール。大ジョッキですか?」

「悪い?」

「いいえ。かしこまりました。」


客が少ないのか、女が注文した生ビールはすぐに出てきた。

女は、目の前に出てきたビールで、瞳の奥でつっかえていた涙と悲しみを身体の奥底へと無理矢理流し込んだ。


「はぁー・・・・ねぇ!おかわり!早く持ってきて!」

「はい。かしこまりました。」


女は、その後も生ビールの大ジョッキを一気に飲み干した。

何杯目か、女は泥酔になりジョッキ片手に一人泣き崩れている。

そんな女を横目に、他の客達は関わりたくないといった雰囲気で冷たい視線を送っている。

周りの視線を感じ取っているのか、女のビールおかわりはその後も続いた。

2時間ほどがたった頃、店内の客は女一人になってしまった。

カウンターにおでこを擦りつけ、泣き崩れる女。

女が顔を上げると、カウンターにバーテンダーの姿がなかった。


「あれ?どこいったの?あたし一人ほったらかしで、どこにいったのよ!」

「お待たせ致しました。」

「どこいってたのよ!おかわり!おーかーわーりー!」

「はい。ただ今お持ち致します。」


バーテンダーは店の入口から小走りでカウンターに戻ってきた。

そして、女の注文通り生ビールの大ジョッキを差し出す。

カウンターで一人泣きながらビールを飲み干す女。

誰もが目を背け近づきたくないだろう女に言われるまま、バーテンダーはただビールを持ってくる。


「ねぇ!あんた、なんで何も聞かないの?

普通こういう店って、客の悩み相談とかいろいろあるんじゃないの?」

「むやみに話を聞きたがるのは、女性に対し失礼かと思います。」

「ふんっ!良いわね、イケメンで若い。しかもこんなかっこ良く仕事してる。どうせモテるんでしょ?!」

「そんな事ありませんよ。彼女いないですし。」

「モテる男は大抵皆そう言うんだから。

ところで、他の客は?みんな帰っちゃったみたいだけど・・・・」

「はい。もう閉店の時間は過ぎてますから。先ほど、店先の看板をひっくり返してきました。」

「あっそ。だったら早く帰れって事ね。」

「いいえ。お気の済むまま飲んで頂いても構いません。

ですがお客様、失礼かと思いますがさすがに飲み過ぎじゃないですか?」

「今更ね。」

「そうですね。途中からノンアルコールのビールにしても気が付いていませんでしたから。」

「は?」

「ですが、本当に飲み過ぎでは?」

「いろいろ余計なお世話よ!ちょっとトイレ!」

「あちらです。」


女がモヤモヤしたままトイレから出てくると、またバーテンダーの姿がない。

千鳥足でカウンターに座った女は、ため息と一緒に涙が流れてきた。


「どうせ・・・・どうせ・・・」


女がカウンターで一人酔い潰れ泣き崩れていると、店の奥から何かいい匂いが漂ってくる。ただ飲んでいただけの女のお腹から、静かな店内に響くくらいの音がなった。


「やはりそうですよね。お待たせ致しました。

こちら良かった食べてください。サービスです。」


女の目の前に出てきたのは、出汁のいい香りが漂う雑炊。

自分のお腹が減っている事を思い出した女は、その雑炊を口にはこんだ。

出汁の香りが口の中いっぱいに広がるその雑炊は、ビールばかりだった身体が欲しがっていたのかすっと身体の奥底へしみこんでいった。米を優しく包むふわふわのたまごと、丁度良い塩加減に、もう一口もう一口と食べる手が止まらない。

そして、胃の中で広がる温かさで心の中もいっぱいになった女の瞳から、荒んだ先ほどまでとは違う温かい涙がすっと頬を通り過ぎていった。


「・・・なんで・・・?」

「お客様はビールばかりだったので、飲み過ぎた身体には消化の良いモノがいいかと思い作ってみました。」

「そうじゃなくて・・・」

「自分の話は得意ではないのですが、僕には夢があります。いつか、お酒も料理も両方美味しいって言ってもらえるような店を持つのが夢なんです。今はどっちもまだ中途半端ですが、いつかお酒と料理の二刀流を極めたいんです。

何があったのかわかりませんが、女性が一人でこんな店に来て、しかもビールばかり。失礼ですが、相当な事情があるとしか見えません。」

「私、今日フラれたの。」

「・・・僕は、一つだけに決めてしまうのは何となく嫌だったので、二刀流という夢を持つ事にしました。男なんての星の数ほどいるっていうじゃないですか。だから・・・その・・・」

「何言ってるのかわからない。でも、この雑炊本当に美味しかったわ。」

「ありがとうございます。」


一頻り泣ききった女の化粧は崩れてしまっているが、その女の嬉しそうな笑みはどこかスッキリとした表情で輝いているようにも見える。

店を出る女がバーテンダーに一言。


「次は、ビールに合うおつまみをお願い。また来るわ。」

「はい。お待ちしております。」


ここは、路地裏の古びたバー。

口下手で料理上手なバーテンダーが、次のお客様をお待ちしております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お料理はサービスです。 風見☆渚 @kazami_nagisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ