第4話 好き、なんだよ

 その日は、神田くんがボラ部顧問の千里先生と話し合いをするということで、部室にはわたしと紫織ちゃんの二人だけがいた。

 このあいだのすれ違い以降、まともに話せていないので、かなり気まずい状況になっていた。


 わたしは窓際にパイプ椅子を置いて読書、紫織ちゃんは畳の上で寝転がるだけという、静かな空気に満たされていた。ボラ部っぽい活動をしてはどうかとは思うけれど、今はそう言える雰囲気でもなさそう。

 いつもならば中津さんもいるのだけれど、今日はいない。なにか用事でもあるのかな。


 手元にあった緑茶が空になってしまったので、新しくつくることにした。


「ねえ、紫織ちゃん」

「…なに?」

「お茶、飲まない?」


 さっきまで飲んでいた緑茶は、紫織ちゃんが来る前に用意したものだったので、自分一人だけで飲んでいた。でも、これから新しくつくるのをなにも言わずに自分だけで飲むのは、少し気がひけてしまった。

 今よりも気まずくなりたくない。

 正直なところ、紫織ちゃんが返事をしてくれただけで気持ちが少し軽くなった気がしたくらいに、わたしは苦しかった。自業自得といえばそれまでだけど。


「ほしい」

「分かった。紫織ちゃんの分も作っちゃうね」

「……ん」


 なにかをしていないと落ち着かなかった。さっきまで読んでいた小説も、全然内容が頭に入ってこなかったし、今だって入れ慣れているはずの緑茶の茶葉の分量を忘れてしまっている。

 自分が思っていたよりも、わたしは紫織ちゃんのことを気にしているみたい。

 後ろからの視線を感じる。きっと、こっちを見ているに違いない。そう思うと余計に気にしてしまう。悪循環に陥っているので、さっさとこれを終わらせてしまおうと目の前のことに集中することにした。


「…なにしてるの?」

「え、ふぇ?!」


 あまりの集中力のなさからか、真横から紫織ちゃんが覗き込んでいることに、まったく気がついていなかった。


「上の空だったから、どうしたのかと思って」


 いつからそこにいたんだろう。もしかして、考え事をしていたときに独り言が漏れていたりしたのかな。


「どうもしないよ! 大丈夫」


 分量が多いかもしれないと思いながら、わたしは急須に茶葉を入れてお湯を注いだ。


「なんで嘘ついたの」


 急須から、湯気が立っていた。


 聞かれていたんだ。あのときの会話。

 どうしようもなく恥ずかしくて、顔を覆って逃げ出したい気分だった。わたしはどれだけちっぽけな人間なのかと、今さら後悔していた。自己矛盾を抱えているのは分かっているけれど、この苦しさをどうにかしたい。


「ごめん……なさい」

「そういうことじゃなくてさ」

「大丈夫だよ。わたし、別に神田くんのこと好きなわけじゃないから」

「え?」

「だから、取ったりしないよ」


 勝手な憶測。神田くんは、紫織ちゃんのことが好きだと思う。

 紫織ちゃんがいないときは、いつも気にかけているし、わたしに対する態度とはまったく違う顔を彼女の前では見せている。バレていないと思っているのだろうか。

 わたしは神田くんのことが好きなわけじゃないから、別にどうでもいいといえばそれまでだけど。


「いや、あたしそういうつもりじゃない」

「そうなの?」

「加奈こそ、神田のこと好きなんじゃないの?」


 神田くんのことは、好き。ただそれは決して恋愛的な意味ではなくて、どちらかといえば友情的な意味での『好き』でしかない。

 彼は多分、わたしに対して好きにならないだろうと思う。確信がもてるほどではないけれど。わたしと神田くんとのあいだには、認識できないほどの壁がある。それを易々と超えてしまっていたのが、紫織ちゃんだった。


「神田くんは、ただの部長だよ」


 それ以上でも以下でもない。緊張もしないし、気遣いもあまりしない。

 付かず離れずの関係だからこそ、わたしは神田くんのことを友達と呼べている。これがもし崩れてしまうなら、そんなのは嫌だ。だからもし、紫織ちゃんが本当に神田くんのことを好きならば応援しようと、前から決めていた。

 ずっと友達でいる紫織ちゃんになら、神田くんとそれ以上の関係になっても嫌いにならないと思うから。


「ボラ部を同好会から昇格させようって話、覚えてる?」

「……覚えてるよ、もちろん」


 同好会から正式な部として認められるには、部員数が五人を上回る必要がある。将来のことを考えると、ボラ部を昇格させないと存続の危機だと千里先生から脅されていたことがあった。

 実際には、なんとかこうして今も残り続けている。校外活動をして認められたから、というのが大きな理由だった。けれど、そんなごまかしもいつまで通じるだろう。


「あのとき、どうして新入部員の勧誘を諦めたの?」

「それは…だって、もう五月になっていたし、諦めるしか…」

「“三人”でなくなるのが嫌だったから、じゃないの」


 あのときのボラ部に残されていた選択肢は二つ。

 一つは、同好会としての活動をアピールすること。もう一つは、部員を五人以上にすること。

 わたしは、新しい部員を探すことを途中で諦めた。


「でも、それはまた別の話じゃない」

「別じゃない。あたし、神田が部員を増やす話をしたときに、加奈が嫌な顔したの見逃してないからね」


 こういうときの紫織ちゃんは、面倒くさい。わたしがどれだけ理由をつけても、それを覆す話をもってくる。どうやってもわたしが彼女に勝てることは、きっとない。


「…もし、そうだと言ったら?」

「諦めたほうがいいって言い返す」

「なんでよ」

「もうあたしたち高校生だよ? いつまでも仲良しこよしじゃいられない。きっとこの先、神田は誰かのものになるだろうから」


 それはすごく当たり前のことで、わたしが目を向けようとしてこなかったこと。だからこそわたしは、目の前の女の子が神田くんのことを好きでいてほしいと思っていた。

 三人でいたいと思っていたから、中津さんと紫織ちゃんが仲良く部室にいることがあまり好きではなかった。


「……神田くん、きっと紫織のことが好きだよ」

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わたしはあなたが好きだけど 六条菜々子 @minamocya

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