第2話 戸惑い

 今日は授業がない。しかし、いつも通りに私は家を出た。理由は単純で、卒業式なのだ。

 一年生は通常授業。二年生は在校生として参加。そのため、少しだけ家を出るのが遅くても問題ない。とはいっても、それは普通の生徒ならの話だ。


神田かんだくん、おはよ」


 在校生代表、神田裕二かんだゆうじ。その人は私たちがいる、ボランティア同好会の部長でもあった。他人との接し方が上手で、地域のイベント活動でも周りの大人と仲良くなるのが早いことで有名だった。


「おお、林原はやしばらか。おはよう」

「うん。相変わらず来るの早くない?」

「それはこっちのセリフだ。てっきりもっと遅く来ると思ってた」


 林原というのは、私の苗字。林原加奈はやしばらかな。なんの変哲もない、いたって普通の名前だと思う。

 私には、母親が違う弟がいるらしい。らしいというのは、一度も会ったことがないので確信がもてないからだ。父親の葬式で会えると思っていたけれど、結局会えずじまいだった。

 感動の再会……のような展開になることはないだろうと思っていた。それでも、会えるという希望的観測をしていた。ほんの一瞬でも、その姿を目で見たい。それが叶うことはなかった。

 強いていうなら、そのときに偶然会った男の子を駅に送る助けをしたくらい。


「そういや、富士宮ふじのみやは?」

「知らない。昨日、とりあえずここに寄るとは言ってたんだけどね」

「同好会の一員としての認識の無さ。悲しいね」


 ボランティア同好会。鮎川高校にある、文化部の一つ。

 同好会と名のつく通り、部員数は五人を切っている。来年度からの部員募集に、今後の同好会存続がかかっている。


「そうは言ってもね。ボラ部ですることって、あんまり大したことじゃないし」


 ボランティア同好会。通称、ボラ部。同好会なのだからボラ会ではないのか? という指摘を前部長が受けていたものの「だって呼びにくいじゃない」という一言で揉み消された。


「こら。そういうことを言うんじゃない」

「はーい」


 そんな今にも消えそうな存在ではあるものの、なんとか生き延びているのがボラ部だった。活動内容は特に決まってなくて、定期的な校内清掃や緑化活動、学外活動をしていた。

 ただ問題があるのは、幽霊部員が住み着いてしまっていること。一年に一回顔を出すか出さないかくらいの人たちも、ボラ部に所属していることになっている。


「今回も、俺が在校生代表で話すだけだしな」

「ボラ部なのにね」

「あのな、いつも言ってるが同好会のことを落とすような発言はやめなさいね?」

「はぁい」


 くだらない話をしていると、廊下から足音と話し声がした。


「加奈、おはよー」

「紫織ちゃん、おはよう。みかっちも一緒なのね」

「どうも。ばったり紫織と遭遇したから、付いてきちゃった」

「富士宮。今日は来ないかと思ったぞ」

「いや、え? 遅刻はしてないよね」


 紫織ちゃん。富士宮紫織ふじのみやしおり

 ボランティア同好会のメンバーであり、校内の成績トップテンに入る実力がある。頭いい系女子。ただし、授業中の態度はとんでもなく悪い。

 定期テスト以外で、この子がまともに起きているところを見た記憶があまりない。なんでそんなに寝られるのかと考えてしまうほどに、寝てばかりいる。とても不思議な人。


 付き添うように立っているのは、みかっち。中津美香なかつみか

 この子はかなりの部分が謎でできている。あんまり話をしたことはないけど、ボラ部に所属しているわけじゃない。いわゆる帰宅部。

 紫織ちゃんとほとんど差がないくらいに、成績順位は上のほう。明るい性格ではないけれど、暗くもない。ただ、いつからか紫織ちゃんと仲良くなっていた。なかなか打ち解けてくれなかった紫織ちゃんと、どうやって距離を縮めていったんだろう。いまだに分からない。


「遅刻はしてないけど」

「けど?」

「式場設営のお手伝いお願いします」

「了解」


 気だるそうな紫織ちゃんを見てクスクス笑っている、みかっち。どこが面白かったのかが全然分からない。そもそも、紫織ちゃんはボラ部とみかっち以外の人とまともに話しているのかな。神田くんでさえ、コミュニケーションが取りづらいと嘆いているのに。

 そんなことを考えつつ、わたしたちは会場の設営を進めるために体育館に向かった。



「終わったぁ」


 卒業式での送辞が終わり、無事に役目を終えた神田くん。ボラ部なのに在校生代表をしているのは、同じ学年で成績が一位だったから。そして、千里ちさと先生からの推薦のせい。

 嫌でも嫌だと言えない神田くんにお願いする先生に、わたしは少しもやもやした。分かっててお願いしてるんだろうなと思ったから。代わろうか? とは言えないので、わたしなりのサポートを尽くした気でいる。

 こんなのは自己満足だけど、なにもしないよりはいいよね。そう自分に言い聞かせてきた。

 そんな日々も、今日で終わり。


「お疲れ様、神田くん」


 式が終わったのは夕方過ぎで、窓からは夕陽が差し込んでいた。


「ありがとな。助かったよ」

「別にいいよ。特になにもできてないし」


 差し込む光が眩しくて、わたしは手で覆ってなんとか遮ろうと頑張っていた。それに気づいたのかは微妙だけれど、神田くんが立ち上がって窓枠に腰掛けるような姿勢になった。おかげで夕陽の眩しさから逃げることができた。


「そんなことないぞ? 文章力がある林原のおかげで、送辞の文章作れたし」

「一年前の文章、ほとんど丸パクリしたよ」

「それでも、だ。結局、考えてくれたのは林原だけだからなあ」


 そこまで言われてしまうと、今さら「実は紫織ちゃんにも手伝ってもらったんだよ」とは言い出せなかった。


「褒めてもなにもないから。まだ帰らないの?」

「うん。もうちょっといる」

「そっか。じゃあ、わたし帰るね」

「じゃ」


 帰ろうとかばんを持つと、扉がガタガタと鳴った。風通しがいい場所なので、きっと風が吹いたんだと思う。よくあることなので、特に気にしなかった。


 窓の外を眺めてたそがれている神田くんを横目に部室から出ると、すぐ近くに紫織ちゃんが立っていた。


「あれ、どうしたの」

「いや、どうもしないけど。ちょっと来てみた……だけ」

「そっか。部室、寄っていくの」

「そうだね。寄って行こうかな、せっかくだし」


 ぎこちないやりとりをして、わたしと入れ違いに紫織ちゃんが部室に入った。

 さっきのやりとり、聞かれてたのかな。だとするなら、わたしは少しひどいことをしたんじゃないか。

 紫織ちゃんに手伝ってもらったこと、なんで言えなかったんだろう。

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