第3話

フラーメン村に近づくにつれ風はだんだんと強くなる。強風で馬車は出せないと断られ歩いていくしかなかった。すみれのおろした長い髪もクリスの一つにくくり垂らした髪も靡いている。時折吹く突風には目を細めるばかりだ。

数日歩いて漸く辿り着いた町―――ヴェニエス町に辿り着いた頃には、作物は大きく揺らぎ、砂煙に交じって枝葉が舞い上がっていた。息をすると咳き込んでしまう。

気になったのは門の周辺に設置されたテントだ。一つ二つでなく何棟もある。


「そこのもの、立ち止まりなさい」


町の入口に設置された木製の簡易な門の前で二人の騎士が立ち塞がった。オリヴィエが一歩前に出る。


「こちらは聖女すみれ様です。司祭、もしくは領主にお目通り願いたい」

「せ、聖女様!?し、失礼しました」


足を揃え姿勢を正した。視線はすみれでなくクリス浴びせられていることに気付き、クリスはひとつ咳をした。すみれが聖女の席に就いてから数か月、国中に触れが回っているはずだが、対面すると必ずと言っていいほどクリスを聖女と勘違いされる。無理もない。どんな姿をしているか、なんてわざわざ知らせるわけがない。ましてや黒髪の聖女なんてこれまでの常識を覆しているのだ。


「すみれ様、お疲れでしょう。聖女様にどこか休める宿を提供していただけると助かります」


クリスの想像通り二人の騎士は向かい合って首を傾げていた。


「案内、頼めますか?」

「え、ええ、勿論です。領主の屋敷まで案内しましょう。私はヒュー・ネーゲルと申します。どうぞお見知りおきを」


ヒューの先導についていく。町の大きさにしては歩く人の数が少ない。歩いている人の多くは剣を携えた騎士だった。どの人も砂煙が舞い上がる度に咳き込んでいる。三人も同じように口に入る砂を吐き出すように咳をする。


「大丈夫ですか。早めに建物に入っていただきたいのですが、領主の家は一番遠くにあります」


ヒューは指さすと遠くの景色に、周りの家から一つ抜きんでた建物が見える。


「申し訳ございませんがもう暫く辛抱願います」

「大丈夫です。それにしてもいつもこんな感じなんですか」

「いいえ。最近になってこれほど風が強くなりました。聖女様がこちらにいらしたということは、お聞きになったのでしょう?フラーメン村のことを」

「ええ。一日中強風に見舞われているとか」


そう言うとすみれはまた咳き込んだ。


「失礼しました。話は屋敷についてからにしましょう」


砂煙に紛れるように小走りに足を進めまっすぐ屋敷へと向かった。



暫く平坦な道を進んでいた。屋敷に近づくにつれ緩やかな坂道となり、邸に辿り着くころには少し息があがっていた。クリスやオリヴィエは日ごろから鍛えているおかげで平然としていたが。


「お疲れさまでした。中へご案内しましょう」


ヒューは軽く会釈するだけで、屋敷の門番はすぐに鉄の門を開けた。門をくぐり整えられた庭を通って屋敷へと続く道を歩く。沢山の薔薇たちは砂煙に負けじと誇らしく咲き誇っている。


「ぼっちゃん、どうなさったんですか」


両開きの重厚感漂うドアのうち片側を開けると、そこに中年のハウスメイドと思われる女性とばったり出会った。


「マサ、至急部屋を用意してくれ。こちら王都からいらした聖女様だ」


マサと呼ばれたメイドはひっと声をあげて「よ、よ、よ」と声をひきつらせた後「ようこそおこしくださいました」と早口の裏声で頭を下げた。すみれが頭をあげるよう頼むとマサは震えながらゆっくり頭をあげる。すみれと目があい、その優し気な眼差しに少し安心したように息をつく。


「すぐにご用意します!」

「湯浴みの準備も頼むよ」

「勿論です!」


マサは玄関から左手の廊下をぴゅーんとかけて行った。


「慌ただしくて申し訳ございません。父は恐らく書斎にいるでしょう。引き続きご案内します」


赤じゅうたんが敷かれたサーキュラー階段を上り、廊下を進んだ突き当りの部屋に辿り着いた。ヒューはノックをすると中から男性の声で入るよう促される。


「失礼します」

「なんだ、ヒュー。おまえか。仕事はどうした」

「王都から参られた聖女様をお連れしました」


視線も上げずにいたヒューの父親は、何を言っているんだと不機嫌な表情のまま顔をあげる。見るからに青ざめていくのが解るほど表情が硬くなり、勢いよく立ち上がったものだから椅子は音をたてて後ろへ倒れた。


「せ、せ、せ、聖女様!?」

「聖女様、紹介します。ヴェニエスの領土を預かっております、父のマルセル・ネーゲルです」


すみれが「初めまして」と頭を下げるものだから、マルセルは片膝をついて敬意を示した。これまでも何度も畏まった態度をとられることはあったが膝をついた人は初めてだったのですみれは驚いてしまい頭を挙げて貰うよう懇願した。マルセルはゆっくり立ち上がり顔をあげた。


「恐れ多いことです。愚息の不遜な態度をどうかお許しください」


そう言ってヒューの後頭部を思いっきり大きな手で掴み頭を下げさせる。いてっと声をあげたヒューの頭を更に強く握った。


「そんな、とても丁寧に優しく応対下さりました」

「さようですか」


ぱっと手を離すとヒューは身体のバランスを崩しそうになる。転ばないようになんとか踏ん張ってから頭をあげた。


「改めまして、聖女様。はるばるお越しくださいまして恐悦至極にございます。私はマルセル・ネーゲルと申します」

「すみれです。聖女としてはまだ日も経験も浅いところがございますが、使命を果たす所存です」

「素晴らしい心意気です。我々も力になりますので、肩ひじ張らず気楽に…と言いたいところですが、そうもいかない状態になっていおるんですよ」


にこやかだったマルセルの顔が翳った。


「すみれ様、お力を貸していただきたい」

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