第2話

遡ること一か月前、風が吹く東の地へ巡礼を始めるきっかけは国王に呼ばれてすみれたちは登城したところから始まる。


「よく来てくれた。北方の地から帰ったばかりだと言うのに呼び出してすまなかった」

「とんでもないことでございます」


荘厳な城へ足を運び国王陛下の前で跪く。この世界に召喚されたばかりのすみれも、何度か登城するうちに挨拶も板についてきた。

国王の傍にいたマヌエルが「私が」と国王に話す許可を得て一歩前に出た。

聖女の騎士であったフィグの反乱騒動から、若く経験浅い未熟な聖女と聖女の騎士である三人の希望もあり、マヌエルは聖女の騎士の補佐役と教育係を担っていた。


「あなた方に行って貰いたい場所がある。東の小さな村で大精霊シルフを祀っているフラーメン村に赴いて欲しい。その村で強風が止まないという報告が入って来た。常に風が吹く地域だから、騎士団でもさほど注意していなかったのだが、どうやら様子が変わりつつあるという」


シルフの加護をうけたフラーメン村は風が止まない。時々強風や突風が吹くことはあるが、殆どはそよ風程度だ。


「終日強風が吹き荒れているらしい。杞憂だろうが、万が一大精霊になにかあれば大事になるだろう。そうなる前に一度様子を見に行って貰いたい」


すみれは二つ返事で引き受けた。困っている人がいれば駆け付ける。それが聖女の仕事だとすみれは理解していたからである。国王は静かに頷いてから口を開いた。


「そなたたちの働きおかげで国も随分落ち着きを取り戻して来た。あれから呪術師は鳴りを潜めている。それでもいつまた姿を現すかわからない。もしかしたら今も尚どこかで事を起こそうと暗躍している可能性は充分ある。私が不甲斐ないばかりにそなたたちにばかり苦労を掛けさせてすまない」

「勿体ないお言葉です、陛下。聖女という大役を任されて日も浅く未熟な私ですがお力になれるなら、これ以上の幸いはございません」

「そうか…そなたの心遣いに感謝する。それでもそなたはこの世界の住人ではない。帰る家もあるのだろう。瘴気が落ち着いてきた今ならまた次の聖女に引き継ぐことも出来る。それも考えておくといい」


すみれは少し間を開けて「わかりました」と小さく頷いた。

笑顔を絶やさないすみれとは裏腹にクリスは暗い影を落とす。すみれが異世界からの来訪者だということを忘れていたわけではない。いずれはこの世界を去るのだと頭の片隅に置いていた。特にすみれは先代のローズの体調が思わしくないところに急遽呼寄せられた聖女だ。国中が瘴気に侵されていたところをすみれが各地の聖堂を巡り祈りを捧げた為、落ち着きを取り戻しつつある。聖女としては充分な働きだ。次の聖女に託しても良いと国王は考えていた。

次の聖女が必ずしもこの世界の住人が選ばれるとは限らない。それでも異世界から呼び出されたすみれがこれ以上この世界に留まる理由はないのである。


もしすみれ自身が帰りたいと望むならクリスには引き留めることは出来はしない。それはクリスにとっても望むところではなかった。すみれが選ぶ道をクリスが邪魔するなど以ての外である。それは聖女と騎士という間柄だからではない。友達だからこそすみれの意思を尊重したいのだ。ただこれまで一度も帰りたいと言わなかったすみれに、クリスはほっとしていたのも事実だ。

聖女である限り、各地への巡礼は義務だ。そしてそれに付き従う騎士が必要で、三人の旅はすみれが望む限り続く。クリスにとって何にも代えがたい充実した日々を手放したくなかった。


「クリス、クリスってば」


すみれはクリスの顔の前で手をブラブラと左右に振った。国王と面会を終えて大聖堂に帰って来た。大聖堂の部屋を与えられてまだ数か月、巡礼が多いので此処で休むことは滅多にない。それでも帰って来たと思えるくらいには居心地のよさを感じている。

少し休憩してから旅支度を整えようと、三人ですみれの部屋で食事をしているところだった。考えに耽っていたクリスは、はっとして顔をあげる。


「ああ、ごめん。なに?」

「スカーレットさんのところに寄ってから出ようかって言ったの」


薬はスカーレットが調合したものが良く効くので、旅のお供に最適だ。聖女の眼鏡にかなったと下町でも評判が良く、連日賑わっている。最近は遠くからも客が来るそうでスカーレットが嬉しい悲鳴を上げていた。


魔女の薬は良く効く。それでも魔女というだけで距離を置かれていた。これを機に地方に散らばる魔女のイメージが回復すれば良いと言って張り切っているのである。


「体調でも悪いのか」


オリヴィエはサンドイッチを頬張りながら訊ねた。長年の付き合いもあってか、憂いている様子もなく念のためにと訊ねてきた。


「そんなことないよ。元気満々」


証拠にと、手にあった一口齧っただけのサンドイッチにかぶりつき一気に食べきってみせた。オリヴィエは「そのようだな」と半笑いで自分の皿に残っていた最後の揚げたジャガイモのスティックを口に放り込んだ。


「マヌエルさんは急がないって言ってたけれど早く行った方が良いよね」

「そうね。大精霊といえば、あいつが狙っていてもおかしくないでしょうし」


大精霊ウンディーネから万能薬の葉を貰った際のことを思い返す。呪術師は躊躇いなくウンディーネに瘴気の矢を放った。もしその場にすみれたちがいなければどうなっていたかわからない。シルフにも魔の手が伸びている可能性は十分にあった。


「準備が出来次第すぐに向かおう。フラーメン村は馬車でもかなり時間を要する」


すみれとクリスは頷いた。

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