五限目 学生の本分は勉学にあり 後編
テストまで一週間を切った放課後。
期末テストまでもう間がなくなり、誰も彼もがテストに向けて殺気立っていた。
ぶつぶつと教科書を音読しながら歩く生徒や語呂合わせを必死になって覚えようとする生徒、実技試験に向けて実習場で魔法の特訓に励む生徒等々。
自分なりのやり方で期末テストに挑もうとする気迫がそこかしこから感じ取れる。
シェニーもその例に漏れず、過去問や四年の参考書を探すべく図書室にいた。
いつもは穏やかな静寂に包まれた図書室もテスト期間ともなれば戦場と化す。
本を探すだけでなく静かで集中できる場所を求める生徒達でごった返すからだ。
その大半は教科書と参考書片手に机にかじりつき、一つでも多くの知識を刻みつけようと知識の大海原でもがいていた。
そんな生徒達を横目に本を探すが目ぼしい本は全て借りられていた。
あまり期待していなかったものの一足遅かったことにがっくりと肩を落とす。
友達に頼んで見せてもらおうかと思案するシェニーの視線がルジーの姿を捉えた。
机に本を積み上げて黙々と読み耽っているルジーにゆっくりと近づきその肩を軽く叩く。
「ルジーちゃん」
「ひゃあっ!?」
よほど熱中していたのか、ルジーの肩がビクリと跳ねる。
「もぅっ、びっくりしたよぉ・・・」
「ごめんね。ルジーちゃんも勉強?」
「ううん。ちょっと息抜き」
そう言って読んでいた本の表紙を見せてくれた。
「怨霊の屋敷」と書かれたその表紙には古ぼけた屋敷に取り憑くおどろおどろしい幽霊の絵が描かれている。
「そうなんだ。・・・あっ!」
本に挟まれた栞に気づき、思わず声を上げる。その声に周囲の視線が一斉にこちらを向いた。
「ここ図書室!」
「ごめんごめん。これって・・・」
シェニーが指さしたのは本に挟まっている栞。そこに入っていた黄色い押し花に見覚えがあった。
「うん。前にもらったクレメリアだよ。押し花にして栞を作ったの」
「そんなに大事にしてくれるなんて・・・嬉しいよルジーちゃーん!」
「きゃっ!もう・・・」
贈った花を大切にしてくれる幼馴染の優しさに胸が歓喜で満たされる。喜びのままルジーに抱きつくと彼女は快く受け入れてくれた。
「それって怖いやつだよね?そういうの好きだったっけ?」
ルジーから離れ、傍らに積まれた本のタイトルを目で追う。
そのどれもが悪霊、怨霊が出てくる怖い話ばかり。
それなりに長い付き合いだが怖い話を読んでいるところを見たことがない。
「もう子供じゃないんだよ?これくらい読めるよ」
「そっかぁ。あんなに小さかったルジーちゃんがねぇ・・・」
「誰目線?」
「わたしも読んでいい?手ぶらで帰るのもなーって思ってたんだ」
「うん。いいよ」
ルジーの隣に座って本を取り、合間の息抜きが始まった。
本を読んでは小声で笑ったり待ち受ける恐怖の展開に身を震わせたりと勉強には全く役に立たない時間が流れていく。
積み上げられた本を全て読み終わる頃には胸に充足感が満ち溢れていた。
「ふぃ~、楽しかったねぇ」
「そうだね。どれが面白かった?」
「うーん・・・全部!」
「あははっ。シェニーちゃんらしいね」
「一つ選ぶなら『首なし男爵物語』かな?ルジーちゃんは?」
「『十年目の逃避行』かな?駆け落ちした幼馴染が悪霊に立ち向かって結ばれるなんてロマンチックで素敵だなって」
「うんうん!ハッピーエンドが一番だよね!」
「そうだね・・・」
本の感想を言い合うことに夢中になっていたシェニーはルジーから向けられている視線に気づかなかった。
「子供の頃にも似たようなことあったよね。覚えてる?」
「あったあった。絵本の読み合いしたんだっけ?」
「そうそう!読めないのにすごく難しい本書斎から持ってきてたよね」
「それシェニーちゃんでしょ」
「そうだっけ?」
「もぅ・・・」
読み終わった本の話はいつの間にか二人の思い出話に変わる。
学園に入学するよりずっと昔のことを思い出しては口々に語り合う。
その話題も終わりかけた頃、ルジーはシェニーの目をじっと見ながら口を開いた。
「最近、何かあった?」
「えっ?」
「元気ないみたいだから何かあったのかなって」
「・・・わかる?」
「わかるよ。すぐ顔に出るんだもん」
そんなに出てるかな?
顔をペタペタと触ってみるが答えは出ない。その様子がおかしいのか、ルジーは指を口に当ててクスクスと笑っていた。
「もしよかったら話して欲しいな。話せば何か気づくかもしれないし」
「うん・・・」
しばし考えた末に話すことにした。
付き合いが長く、いつも寄り添って話を聞いてくれるルジーになら話せると思ったからだ。
嫌な事があった時も魔法が使えなくて落ち込んでいた時もルジーはいつも傍にいてくれた。
ただそこにいて話を聞いてもらうだけで立ち上がって前に進むことができた。
時々・・・否、ほぼ毎回抱き着いて甘えても快く受け入れてくれる。
弱く情けない自分を笑うことなく受け止めてくれる優しさに何度救われたか分からない。
どう話せばいいか考え、ヴィレッタを魔法の特訓に付き合ってくれる友達ということにして今回の騒動を説明した。
話を聞き終えたルジーは眼鏡を外して眉間を指で揉み始めた。
「どうしたの?」
「本の読みすぎかな?目が疲れちゃって・・・」
しばらくそうしていたルジーはシェニーに向き直って問いかける。
「シェニーちゃんはどうしたいの?」
「仲直りしたい。このままなんてやだ」
「でも自分が間違ってるって思ってないんだよね?」
「うん。わたしにとってはどっちも大切なことだから。どっちかを捨てるなんてできないし、意味がないなんてやっぱり思えないよ」
「譲れないなら謝っても仕方ないと思うなぁ」
ルジーは視線を上げてしばし黙り込む。
そしてシェニーの少し上、本来なら何もない空間を見上げながら静かに言った。
「譲れないならそう言えばいいんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「仲直りはしたいけど相手の言葉を認める気はないんでしょ?なら自分が大切にしたいものがどれだけ大事か伝えたらいいと思う」
「それでもダメだったら?」
「残念だけどそれまでだと思う。友達の大切を大切に思えない人と付き合ってもうまくいかないよ」
その相手が普通の人間ならそれでもいいだろう。だが、相手は普通ではない。
それっきりになってもヴィレッタは四六時中くっついてくるのだ。本格的に切れてしまったらそれこそ気まずくて仕方ない。
一方でルジーの言い分も一理あると受け止めている自分もいた。
「そうだね・・・。うん!今夜話し合ってみる!ありがとうルジーちゃん」
「どういたしまして。シェニーちゃんならきっと大丈夫だよ」
眼鏡をかけ直したルジーは胸の前でぎゅっと拳を握る。シェニーはその拳に自分の拳を軽く当てた。
(あんたさぁ・・・私がいること忘れてない?)
「ひゃあっ!?」
「シェニーちゃん?」
今まで黙っていたヴィレッタが突然話しかけてきた。驚きのあまり変な声が出てしまう。
(今夜が楽しみね。精々私を納得させてみなさい)
「はい!」
改めてルジーにお礼を言って図書室を後にする。寮に戻ったシェニーは約束の時間までテスト勉強に勤しむのだった。
そして来る約束の時間。
すっかり日が落ち夜の静寂に包まれた部屋でシェニーはヴィレッタと向かい合うように座っていた。
「先生。お話があります」
(いや、そんなかしこまらなくても・・・)
「最初に言います・・・ごめんなさい!」
(えっ?)
初手で謝られると思っていなかったのだろう。深々と頭を下げられたヴィレッタは気の抜けた声を漏らす。
「ずっと考えたんですけど、やっぱりテストに意味がないなんて思えないんです。だから先生の言うことは聞けません」
(なるほどねぇ。でも、それだけじゃ納得できないわよ?)
「ダメですか?」
(当たり前でしょ。ただ勉強に追われるだけで他のことが疎かになるだけじゃない。だったらそんなもの適当に切り上げて必要なことを詰め込む方がよほど効率的でしょ?)
ヴィレッタの言葉にシェニーは押し黙る。それもまた事実だからだ。
しかし、その言葉は想定内。
ここで言い負かされてはいつまでもこのままだと拳を握って己を奮い立たせヴィレッタを見据える。
「はい!その通りだと思います。でも、試験も修行も意味だけでやるものじゃないと思うんです」
(どういうこと?)
「うまく言えないんですけど、試験勉強もずっと勉強漬けってわけじゃなくて皆とトレーニングしたりルジーちゃんと本を読んだりして勉強から離れた時間もたくさんありました。でも、そんな時間もあったからやるぞー!頑張るぞー!って気持ちになれたんです!」
そこで言葉を切ってヴィレッタに顔を近づける。
「それは修行も同じだと思うんです!意味がなくて役に立たないことだったとしてもいつか大きな力になっていくとわたしは信じてます!」
それがテスト期間中に出した結論だ。
先ほど言った通り、後輩に参考書を貸して分からないところを教えたり運動や読書で息抜きをしたリと勉強してない時間も多々あった。
だが、それら全てが無駄だとはどうしても思えない。
人に教えることで自分の中で理解が深まりより深く知識が刻み込まれた。
息抜きをすることで頭がすっきりしてまた勉強に向き合えた。
傍から見れば無駄で無意味なことかもしれないがそれが励みになった。
それは修行も試験勉強も変わらないと信じている。
話を聞き終えたヴィレッタは考え込むように目を逸らし・・・
(・・・ごめん。全然わかんない)
「あぅっ」
すっぱりと切り捨てた。
もう打つ手がない。
俯いて寝間着の裾を握るシェニーの耳が捉えたのはヴィレッタの楽しそうな笑い声だった。
(でも、あんたの間抜け面が笑えたから許してやるわ)
「えっ?」
思いがけない返答に顔を上げる。そこでようやくヴィレッタと目が合った。
一月も経っていないというのに数年ぶりに合ったかのような錯覚さえ覚える。
(正直、私も焦リ過ぎてたわ。あの女のせいでね)
「イーベルジュ先生ですか?」
(私たちの関係はかなり危ういものよ。誰かに知られれば私もあんたもどうなるか分からない。だからこそ、早くあんたを強くしてどんな奴もねじ伏せられるようにしなきゃって焦ってたわ。ごめんなさいね。シェニー)
「せ、先生ーーー!!ふぎゃっ!?」
感極まったシェニーはヴィレッタに抱きつこうと駆け出す。しかし霊体であるヴィレッタに触れられるはずもなく体をすり抜けて壁に激突した。
「痛い・・・!」
(まぁ、言うこと聞かなくなっても困るしね)
最後に呟いた言葉は壁に激突して目を回すシェニーには届かなかった。
テスト前最後の週末。かねての約束通り談話室で勉強会を開くことになった。
談話室に向かう途中、隣を歩いていたルジーが顔を寄せてそっと耳打ちする。
「うまくいったんだね」
「わかる?」
「うん。いい顔になった」
「えへへっ」
二人は顔を見合わせ笑い合った。
集合した五人はそれぞれのノートや参考書を持ち寄り、足りない部分を教え補い合っていくことでより効果的に互いを高め合う。
「流石は先輩方!小生も身が引き締まる思いであります!教わってばかりで不甲斐ないですが・・・」
「そんなことはありませんよ。ドナさんは単語や年数等をとても細かく覚えているじゃないですか」
「レンデ殿・・・!」
「シェニーせんぱーい・・・連徹しても疲れない魔法薬って作れませんかー?」
「リーチェ氏。それはもう敗者の考えなのだが?」
「あるけど危険薬物だよー」
「あるのですか!?」
「ふふっ。勉強会って楽しいね」
和気藹藹と勉強を進める仲間達をルジーは微笑ましげに眺める。
勉強会を始めて十分ほどが経った頃、リーチェが徐に立ち上がり鞄から綺麗にラッピングされたカップケーキを取り出した。
「シェニー先輩!これゴリ君からです!この間のお礼だそうです!」
「わぁっ!おいしそう!今度お礼言わなきゃ」
「シェニー殿は果報者ですなぁ。ナババ氏の作るお菓子は絶品ですぞ!」
(手作り!?)
「後で皆で食べましょう!」
「・・・リーチェ氏。一個足りぬのだが?」
「えっ!?なんでわか・・・あっ」
「間抜けは見つかったようですな」
「ドナひどーい!!」
「あははっ!!」
目の前で展開される微笑ましいやり取りにその場の全員が笑い合う。
ヴィレッタにはあぁ言ったもののこれが何の役に立つかは分からない。もしかしたら何の役にも立たないかもしれない。
それでも今この瞬間が無駄で無意味なものだと思えないし思いたくもない。
これがいつか自分の糧になり力になっていくのだろうと信じて目の前の出来事に取り組む事。
それが強くなる近道なのかもしれない。そう思いながら脱線気味な友人達を眺めていた。
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