五限目 学生の本分は勉学にあり 前編

 一心同体、ツーカーの仲。

 片時も離れることなく共にある者達を指し示す言葉は古くから存在する。しかし、常に一緒にいても分かり合えるとは限らない。


「どうしてわかってくれないんですか!?」

(必要ないからに決まってるでしょ!そんなことにかまけてる時間があったらもっと魔法を磨きなさい!!)

「それが大事なのはわかります。でもこっちだって大切なことなんです!」

(あっそ!じゃあ好きにしなさい!!)


 時にはすれ違うことだってある。




 前哨戦となる中間テストを乗り切り期末テストまで残り一ヶ月を切った。

 学園中がテスト一色に染まる中、今日も皆で地獄のトレーニングに励んでいる。

 むしろこんな時だからかもしれない。勉強漬けでは色々と参ってしまうのだ。


「はぁ・・・」


 走り込みをするシェニーの表情は浮かないものだった。

 その理由は些細なこと。

 何が原因なのかはよく分かっているがどうすればいいかが分からない。

 今回ばかりはヴィレッタに助言を乞うことができず視線を送っても無言で目を逸らされてしまう。

 結局ため息を吐いて思案に耽るしかないのだ。


「シェニー・・・シェニー!」

「・・・!?わぁっ!ごめん!」


 レンデの呼び声に我に返って振り返る。そこで後続を三メートル以上も引き離していたことに気づき慌てて立ち止まった。

 追いついたレンデとリーチェは浮かない顔のシェニーを心配そうに見つめる。


「身が入っていないようですが、何かあったんですか?」

「うん。ちょっとね・・・」


 誰かに話せば気が楽になるだろう。しかし、とうとう言い出せなかった。

 レンデに弱いところを見せられないと思う自分がいたからだ。

 今の関係があるのは闘春祭でレンデに勝ったからだ。だがそれはヴィレッタが言うように勝たせてもらった関係でしかない。

 だからこそ弱く情けないところはあまり見せたくない。

 ちっぽけな意地でしかないことは分かっている。

 それでもレンデの前では少しでも強くありたかった。


「もしかして、勉強うまくいってないんですか?」

「えっ?まぁそんなとこかな?」


 リーチェの推察は当たらずとも遠からずなので肯定しても嘘ではない。

 その答えに納得していないレンデはシェニーの目を見据えて言う。


「それは人に話せないことですか?」

「うん。ごめんね」

「そうですか。残念ですが、そう言うのであれば何も聞きません」

「ありがとう」

「みんなー。何かあったのー?」


 追いかけてくる声に振り返る。

 鉄の魔法によって地面から浮き上がり、滑るように移動する絨毯のように大きくて薄い鉄の板。それに乗ったルジーとドナがこちらに向かってきていた。


「流石はルジー殿!鉄の魔法に斯様な使い道があったとは!」

「うん。結構便利なんだよ」

「ずるーい!それじゃトレーニングの意味ないじゃん!」

「はははご冗談を。小生達は脳みそ筋肉族ではありませぬ故、走って追いつくなど土台不可能ですぞ」

「脳みそ筋肉族!?」

「それより、何かあったの?」

「なんでもないよ。ちょっと考え事してたらペース上げちゃってて・・・」


 大事になってきたので何とかはぐらかそうと言葉を濁す。そんな心情を知ってか知らずか、リーチェが急に大声を上げてシェニーに顔を近づけた。


「よっし決めた!!シェニー先輩!組み手しましょう!!」

「なんで!?」

「イライラやモヤモヤは全力で動けばスッキリします!やりましょう!是非やりましょう!!」

「リーチェ氏がやりたいだけでは?」


 突然の提案に思わずたじろぐ。

 どうしたものかと思案するも期待と闘志を秘めた焦げ茶色の瞳に圧されて組み手を受けることにした。

 一同は開けた校庭に移動し、シェニーとリーチェは三人が見守る中対峙した。


「組み手なので魔法は身体強化のみとさせていただきます。異論はありませんね?」


 審判を買って出たレンデが二人の間に入る。


「うん!」

「はい!」

「シェニーちゃーん。がんばってー」

「リーチェ氏ー!ちょっといいとこ見せて下されー!」

「よーし!頑張れアタシ!負けるなアタシ!・・・よし!2対1で応援勝負はアタシの勝ちです!」


 それ、わたしがわたしを応援したら同点になるんじゃないかなぁ?

 そう思いはしたが後輩の面子のためにあえて言わないことにした。


「それでは・・・始め!!」


 合図と同時に組み手が始まる。

 血の魔力を全身に巡らせ身体強化を発動させる。杖も詠唱も使わない血唱術なら即座に身体強化に移行できる。ここで殴り込めば一瞬で決着がつくだろう。

 決闘ならそれでいいのだが今回は組み手。同じ条件で戦わなければ意味がない。

 準備が整うのを待っていたが魔法を使うどころか杖を取り出す素振りすら見せない。

 まさか生身で戦うの?

 不安がよぎり始めたところでようやくリーチェが動く。腰の辺りで両手を固く握り、大きく足を開いて地面を踏み締め・・・叫ぶ。


「手加減はなしです!やるぞぉーーー!!!」


 それを合図に身を屈め、消えた。


「・・・っ!?」


 文字通り消えたとしか言いようがないほどの俊足。

 一体どこに・・・?その答えはすぐに分かった。懐だ。


「しっ!!」


 鋭く息を吐き拳を振るう。体重の乗った右拳が疾風の如き速さをもってシェニーに迫る。

 咄嗟に両腕を胸の前で重ねて防御姿勢を取る。その威力はすさまじく防御の上からシェニーを吹き飛ばし一メートルほど後ずさらせた。


「つっ・・・!!」


 両腕に鈍く重い痛みが走る。

 血唱術の身体強化を吹き飛ばすほどの怪力、杖も詠唱も使わない魔法。

 そんなものは一つしかない。


「これって!」


 喧嘩真っ最中なヴィレッタもへそを曲げている場合ではないと判断したのだろう。驚きが混ざった声で呟いた。


(えぇ。血唱術よ)

「なんでリーチェちゃんが!?」

(話は後!来るわよ!)


 久しぶりに話ができたのは嬉しいが語らいを楽しむ時間はない。疾風怒濤の猛攻に呑まれすぐにそれどころではなくなった。



「シェニーが圧されている・・・!?」


 レンデは苦戦を強いられるシェニーの姿に驚きを隠せなかった。この中で唯一彼女と戦いその実力を知るレンデだからこそ目の前の光景が信じられない。

 リーチェの攻撃は傍目から見ても重く強烈で一発でもまともに当たればそこで勝敗が決してもおかしくない。

 そんな拳打の嵐をシェニーは防ぐのではなく力をいなして捌いている。恐らく闘春祭で見せた木の防御魔法から着想を得ているのだろう。


「すごいねリーチェちゃん」

「はい!リーチェ氏の実力は三年生では頭抜けております故!先の闘春祭では鋼拳と謳われた実力者、ゴリウッホ・ナババ氏を彼の得意とする肉弾戦で打ち破ったであります!」

「身体強化だけならリーチェちゃんの方が有利ってこと?」

「そう言えますな」

「シェニー・・・」



 外野の声に耳を傾ける余裕など一片もない。次々と襲い来る攻撃を捌くので精一杯だからだ。

 最初は血唱術を使えるという想定外な事態とリーチェの実力に戸惑い後手に回るばかりだった。

 しかし何十、何百と拳を捌き続けるうちに目と体がリーチェの動きに慣れてきた。

 リーチェの戦闘スタイルは拳だけを使うものらしい。足は相手の懐に入るために距離を詰めたり攻撃に重さを乗せるためだけに使っている。どこで会得したかは分からないが非常に厄介な代物だ。

 身体強化が乗った鋭い拳が直撃しようものならそこで終わる。防御しても無駄なのは経験済みだ。防御の上からダメージを与えてくるほどの一撃をかわすには力を流していなすしかない。

 レンデとの戦いで攻撃を受け流すことを学んでいなければ早々に負けていただろう。

 しかし、それも長くは続かない。

 数え切れないほど攻撃を捌き続けるうちにあることに気づく。

 早くなってる・・・!?

 拳打の速度が早くなりそれに比例して拳もより重くなっていく。

 人間である以上腕は二本しかない。

 そんな常識はリーチェに通用しないらしく、二本どころか五本も六本もあるかのような苛烈な拳打が飛んでくる。

 最早目視では追いつけず予測と直感による回避でどうにか食らいついていた。

 だが、山勘にも限界がある。

 打ち漏らした攻撃はシェニーの体を掠め、着実にダメージを蓄積させていた。

 痛みと疲れから鈍りそうになる思考を気力と集中力で奮い立たせる。

 攻撃を防ぐだけではジリ貧だ。だが下手に反撃すればカウンターの餌食。

 いつもならヴィレッタが助言をくれるところだが今回はそれが望めない。

 だったら・・・!!

 ここで最初で最後の反攻に転じる。


「ふっ!しっ!しっ!!」


 かわされ続けることに焦れてきたのだろう。リーチェの動きが単調になってきた。

 反撃するならここしかない。

 そう囁く自分を押さえ込みその時を待つ。それは意外に早く訪れた。

 腰を大きく捻り右拳を振り上げる。そしてとてつもない威力が乗っているであろう拳を打ち出してきた。

 ここだ!!

 左掌に魔力を一点集中させて大きく開き、襲い来る拳を包み込むように受け止めた。


「くぅっ!」


 骨が砕けたかと思うほどの激痛が全身を駆け抜ける。

 あまりの痛みに一瞬意識が飛んだ。

 激痛に顔をしかめながら左手で拳を握って拘束する。


「たぁっ!」


 そして握った右手を支点に跳び上がり、両足で右腕を締め上げた。


「なっ!?」


 想定外の行動に意表を突かれたのだろう。

 右腕に全体重をかけられたリーチェはバランスを崩して転倒した。

 シェニーは押さえ込んだ右腕を起点にリーチェの体を両足で締め上げる。

 永遠と思えるほど続いた攻防は唐突に終わった。


「あたたたたっ!!降参!降参です!!」


 どれだけ早く強くても体を拘束して腕を封じてしまえば打つ手はない。リーチェはあっさり降参した。

 それを確認して技を解き、痛む左手を押さえながら立ち上がる。

 勝利と安堵の息を吐き、大の字で寝転がるリーチェに右手を差し伸べた。


「ナイスファイト!いい組み手だったよ!」

「・・・!ありがとうございます!!」

「わぁっ!!」


 リーチェは差し伸べられた手を引っ張って立ち上がり、その勢いのままシェニーの体を強く抱き締めた。

 柔らかく豊満な体に包まれ拍動が早まっていく。

 それも束の間。すぐさま駆け寄ってきたレンデに引き剥がされた。


「おめでとうございます。シェニー」

「ありがとう!」

「リーチェ氏の猛攻を捌き一瞬の隙を突いて押さえ込むとは・・・!小生感服致しました!」

「すごいよシェニーちゃん」

「あははっ!ありがとう!」


 激闘の末に勝利を納めたシェニーに惜しみない称賛が送られる。一身に注がれるそれを浴びながら期待に目を輝かせヴィレッタの方を見る。

 その淡い期待は口を閉ざしてそっぽを向いているヴィレッタによって呆気なく打ち砕かれた。


「ありがとうございます!おかげでスッキリしました!」

「負けるかもってヒヤヒヤしたよ。リーチェちゃんが使ってたあれすごかったね!どこで教わったの?」

「あれですか?兄k・・・お兄様が昔ストリートで使ってた格闘術なんです!路地裏ではキックが使えないからパンチだけに特化させたって言ってました!」

「そっちじゃなくて魔法だよ。杖も詠唱も使わなかったけどどうやったの?」

「んー・・・分かりません!」


 即答だった。


「分からないの!?」

「はい!やるぞー!!って気合入れたら力が湧いてくるんです!だからなんでそうなるのかは全然分かりません!」

「リーチェ氏。それは魔法とは言わぬのだが?」

「シェニーちゃんと同じ魔法・・・だよね?」

「ルジー殿?」

「えっ?あっ、すごかったよね・・・。そんな魔法聞いたことないよ」

「私もです。特別な魔力が成せる魔法なのでしょうか?」

「特別ぅ?あはははっ!うちみたいな成り上がりにそんな大層なものあるわけないじゃないですか!」


 血唱術を知らない三人は一様に首を傾げる。

 その正体を知っているシェニーは傍らのヴィレッタをもう一度見やる。


(大したものね。あんたが魔力量の天才ならこいつは使い方の天才よ。多分無意識で使いこなしてるんでしょうね)

「そんなことできるんですか?」

(普通は無理よ。誰でも入門できるからって独力でできるほど容易い業じゃないわ)

「ですよね」


 ヴィレッタの師事を受けて日夜鍛錬に励んでいるからこそその異常性が理解できた。

 こんなにすごい人が身近にいたなんて・・・

 リーチェに称賛の眼差しを向けるシェニーとは対照的にヴィレッタの表情は険しいものだった。


(・・・まずいわね)

「まずい?」

(いくら使いこなせるとはいえ所詮は無意識の我流。ちゃんとした操作を学ばなきゃそのうち暴走させて最悪死ぬかもしれないわ)

「死っ!?そんなに危ない魔法だったんですか!?」

(前に言ったでしょ?血唱術は体と密接に関わってる。だからこそ少しの暴走が大きな負荷になるの。まともな師に制御を教わってないならなおさらね)

「そんな・・・!どうしたらいいんですか!?」


 ヴィレッタに助言を乞うもお節介は終わったと言わんばかりに口を閉ざしてしまった。

 血唱術が危険な魔法だというのも驚きだが問題はリーチェだ。かわいい後輩に死の危険が迫っているなら放ってはおけない。

 自分が血唱術を危険なく使いこなせるのはそれに精通したヴィレッタがいたからだ。

 しかし、リーチェには師がいない。

 魔法のことなら教師に聞けばいいのだろうがそれも難しいだろう。血唱術は失伝したとイーベルジュが言っていたからだ。

 この学園、下手するとこの国にすらそれを教えられる人間がいないかもしれない。

 その名を知っているイーベルジュなら使えるかもしれないが先日のこともあってあまり信用できない。

 ならば・・・


「リーチェちゃん」


 三人がリーチェの魔法について話し合っている隙を突いてリーチェに耳打ちする。小声で話しかけられたことに何かを察したのか、リーチェも声を潜めた。


「なんですか?」

「その魔法のこと知りたくない?よかったら教えるよ」

「えっ!?知ってるんですか!?是非お願いします!」

「その代わり約束して。わたしから教わったってことは誰にも喋らないって」

「はい!絶対に墓場まで持っていきます!!」


 大丈夫かなぁ?

 本当に黙ってくれるか不安しかない。だが、これまでの付き合いの中で嘘をついたり約束を破るようなことはなかったため信じることにした。

 知らないなら知っている人が教えればいい。ヴィレッタ先生が、学園の先生達がそうしてくれたように。

 それがシェニーの結論だった。

 それでいいかとヴィレッタに視線を送るも目を合わせてはくれなかった。

 しかし、否定もしなかった。




 きっかけはほんの些細なことだった。

 期末テストに追われて魔法の特訓が疎かになっていたシェニーに業を煮やしたヴィレッタがそんなことしたって何の意味もないと言ったのが始まりだ。

 それは違うと思ったシェニーは真っ向から否定し口論に発展。ヒートアップしたヴィレッタが好きにしろと捨て台詞を吐いて以来一切口を利いてくれなくなったという次第だ。

 たったそれだけのことが拗れに拗れ、既に一週間近くが経過していた。

 しかし喧嘩していたところで試験は待ってはくれない。

 今できること、してあげられることを全力でやり抜くしかない。

 テスト二週間前の週末。

 シェニーは寮の部屋で去年使っていた選択科目のノートや参考書をまとめて鞄に押し込んでいた。


(・・・)


 何をしてるんだ?と言いたげな視線が背中に向けられる。


「すぐにわかりますよ」


 作業をしながら振り返らずに答える。知識がパンパンに詰まった鞄はとても重く肩紐が食い込んでくる。

 去年のわたしじゃ絶対持てなかったな。

 成長した自分に誇らしさを覚えながら鞄を担ぎ、まるで授業に向かうかのような装いで部屋を出た。

 やってきたのは学園の談話室。

 食堂と並ぶ学生達の憩いの場であり、今も多くの学生で賑わっている。

 普段ならそこかしこから楽しそうなおしゃべりが聞こえてくるが今日ばかりはそうもいかない。

 談話室はまさに勉学一色。

 様々な生徒が学年の別なく勉強に励み、時には互いの知識を交換して互いを高め合っている。

 テスト期間特有の空気を肌で感じながら鞄から一枚の大きな紙を取り出す。

 魔法薬 天文 生物 各三貸します

 そう書かれた紙を掲げると三人の奇抜な格好の女子生徒達が話しかけてきた。


「押忍!ローレリア先輩!おはようございます!」

「おはよう!勉強進んでる?」

「頭爆発しそうっす・・・」

「あははっ、わたしもだよ」

「あたいら魔薬だけは落とせないんっすよ!」

「アカったら親父にどやされる・・・」

「お願いします!ノートでも何でもいいんで知恵をお貸し下さい!」


 土下座する勢いで頭を下げる生徒達。シェニーは鞄から取り出したノートと参考書を彼女達に手渡した。


「はい!去年の期末範囲も押さえてあるよ」

「あざっす!!家宝にします!」

「ちゃんと読んでね」

「あざっす!このご恩は必ずや!」

「大袈裟だなぁ」

「先輩の知恵がありゃ百人力だ!テッペン取るぞおめーら!!」

「「応っ!!」」


 拳を突き上げて決意を表明すると女子生徒達は談話室の一角へと向かった。

 その背を見送っているとヴィレッタが体に入り込んできた。

 どうしたのかと疑問に思っているとローブのポケットからメモとペンを取り出して文字を書き始めた。


 何なのあいつら?


 直接言えばいいのに。

 どこまでも意固地なヴィレッタに苦笑しつつ答える。


(魔法薬の後輩です。おうちが医者一族らしいですよ)

 嘘でしょ・・・山賊かと思ったわ

(変わってるけど優しい子達なんですよ)

 で?そんな後輩に何したの?

(昔の参考書とかを貸したんです。去年はたくさん教わったから、今度はわたしの番です)


 期末テストは全学年が対象となる。そのためテストの先達である上級生の知識は重宝され、上級生が下級生に勉強を教えたり昔使っていた参考書等を貸すことも珍しくない。

 教師から生徒へ、生徒から更にその下の生徒へ。

 学びは途切れることなく連綿と紡がれていく。

 参考書を貸していたのを見ていたのだろう。他の生徒達も続々と集まってきた。参考書を貸して欲しいという生徒もいれば試験のことで聞きたいことがあると質問してくる生徒もいた。

 シェニーはその一つ一つに丁寧に答えていく。

 ある程度捌けてきたところで顔馴染みがやってきた。リーチェだ。


「おはよーございまーす!」

「おはよーリーチェちゃ・・・」

(でかっ!?)


 言いかけて思わず固まってしまった。

 リーチェの後ろにクリアスタにも引けを取らない筋骨隆々の巨漢が立っていたからだ。

 ローブと制服を纏っていることから生徒であることが伺える。

 ネクタイの色は黄色。三年生だ。


「えーっと、その人は?」

「ゴリ君です!」

「お初にお目にかかります。自分は3年のゴリウッホ・ナババと申します」


 ゴリウッホと名乗った巨漢の後輩は深々と頭を下げた。大きくてワイルドな見た目とは裏腹にとても礼儀正しいようだ。


「どうも。シェリンドル・ローレリアです」

「お話はパナックより伺っています。本日はローレリア先輩にお願いがあって参りました」

「お願い?」

「はい。突然で申し訳ないのですが、生物学の参考書等を貸していただけないでしょうか?」

「うん!いいよ。はいっ!」

「ありがとうございます」


 去年使っていた参考書を手渡すとゴリウッホは再び頭を下げた。


「やったねゴリ君!勉強会、頑張ってね!」

「あぁ。・・・ん?パナックは来ないのか?」

「ごめん。先約あるから」

「そうか。健闘を祈ってるぞ。ローレリア先輩、このご恩は必ず返します」

「返せる時でいいよ」


 去り際に一礼し、ゴリウッホは談話室を出て行った。その背を見送るシェニーにリーチェが声をかける。


「ありがとうございます!」

「どういたしまして。先約って言ってたけど、これから勉強会するの?」


 リーチェは気まずそうに頬を掻き、困ったような笑顔を浮かべた。


「実はあれ嘘なんです。あぁでも言わないと断れないなーって思いまして」

「嘘?」

「はい。流石に勉強会デートは邪魔できませんから」

「そっかぁ。じゃあ仕方ないよね・・・デート!?」

「ゴリ君彼女いるんですよ」

「えぇっ!?」

(意外過ぎでしょ・・・)


 思わぬ新情報に唖然とする二人にリーチェは静かに語る。


「先輩を紹介したのはちょっとした罪滅ぼしなんです」

「罪滅ぼし?」

「闘春祭で・・・あっ、先輩アタシの決闘見てないんでしたっけ?」

「うん。ごめんね」

「いいんです。アタシの相手がゴリ君だったんですけど、勝ったら彼女に告白するつもりだったらしいんですよ」

「ロマンチックだねぇ」

「はい!愛の告白なんて憧れちゃいますよね!」

「あはは・・・そうだね」


 目を輝かせロマンに浸るリーチェ。

 その愛の告白をされた人間が目の前にいるとは夢にも思わないだろう。


「でも、アタシがボコボコにしちゃったんですよねぇ」

(うわぁ・・・)

「えぇ・・・」


 現実は非情だったらしい。


「そんなことになってるなんて知らなかったんですよ!後で謝ったんですけど、本気で戦ってくれてありがとうってお礼言われちゃいました」

「それでよかったと思うよ。わざと負けたってナババ君も喜ばないと思うし」

「そうでしょうか?」

「うん」


 リーチェは納得がいかない様子だったが、シェニーにはある程度理解できた。

 その境遇が友人になる前のレンデに似ていたからだ。


「結局付き合うことになったらしいんですけど

 、やっぱり気が済まなくて・・・」

「それで罪滅ぼしってこと?」

「はい!だから本当にありがとうございます!」

「えへへっ、どういたしまして。・・・ん?リーチェちゃんはどうするの?生物取ってるんだよね?」

「心配ご無用!アタシには生物の先輩がいますから!」

「えっ?」


 意味が分からず首を傾げているとリーチェが突然胸に抱きついてきた。


「リーチェちゃん!?」

「お願いじまずぅっ!!先輩だげが頼りなんでずよぉっ!!」


 恥も外聞もかなぐり捨てて泣きついてきたリーチェの頭をポンポンと撫でながらあることを提案する。


「じゃあ今度皆で勉強会やろうよ。生物はわたしが、外国語はレンデちゃんが取ってるから教えてあげられるよ」

「ありがとうございますっっ!!」


 胸に顔を埋めて甘えてくるリーチェを受け止めながら近い未来に思いを馳せる。

 三人寄れば何とやら。ならば五人寄ればもっと多くの知恵を出せるだろう。

 一人では煮詰まって頭が破裂しそうになる試験期間も皆と一緒なら越えられる。

 明日にでも皆に提案しようと決意を固めるシェニーだった。

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