四限目 花は短し花見よ乙女 前編

「シェリンドル・ローレリア・・・」


 インセィズ魔法学園四年生。現在16歳。

 ローレリア領領主、クラーフマン・ローレリアとイメルナ・ローレリアの間に生まれ領主の娘として育つ。

 13歳で魔法学園に入学。

 生徒、教員からの評価も高く素行も良好。

 選択科目は天文学、魔法薬学、生物学。座学、特に魔法薬学の成績は優秀で学年首位を取った実績もある。

 しかし、入学から今日に至るまで魔法を使えたことがなく、実技試験は常に評価不能。


「まぁ、こんなものか・・・」


 独力で調査した情報は当たり障りのないものばかり。経歴だけ見れば多少の欠点が愛嬌になるほど優秀な生徒にしか見えない。

 鬼神の如き剛力で魔物を蹂躙し、周囲を血と肉片で彩られた極彩色の庭園に塗り替えたあの日の彼女とはどうあっても一致しない。

 何不自由なく育った少女がどうして魔物を素手で討伐できる?

 家庭の事情か、あるいは今まで力を隠していたか・・・。

 深く深く思考を掘り下げていくものの持ちえるカードだけでは真相にたどり着くことはできない。


「やはり直接聞くべきか・・・」





 闘春祭から早二週間。

 誰もが予想しえなかった勝利を掴み取ったシェニーの名は一躍学園中に響き渡った。

 しばらくは多くの生徒がその姿を一目見ようと集まっていたが数日もすれば成りを潜めた。代わりにもっと厄介な問題が浮上することとなる。


「ローレリア先輩!アタシと手合わせして下さい!!」

「えぇ・・・」


 決闘大好きな血の気の多い生徒達に挑まれることが増えたのだ。

 決闘での傷が癒えてから今日までで既に両手では数え切れないほどの決闘をこなしてきた。

 おかげで外を歩くのもおっかなびっくりだ。

 今まさに挑もうとしているネズミ色の髪の少女もその一人だ。中庭を移動中に声をかけてきた彼女の大きな声を聞きつけ他の生徒達が集まってくる。

 瞬く間にギャラリーが形成され、決闘をしなければならない空気が完成してしまった。


「あれ?あなたどこかで・・・あっ!ルジーちゃんの隣で応援してくれた子!」

(あぁ、そういやいたわね)

「ルジー?よく分かりませんけど、確かに応援はしてました!」


 両手を胸の前で力強く握り、期待と闘志を秘めた焦げ茶色の瞳でこちらを真っ直ぐ見据える少女に見覚えがあった。

 立ち上がろうとした自分を応援してくれた生徒だ。


「アタシ、ストラリーチェ・パナックって言います!」

「ストラリーチェちゃん?」

「リーチェでいいです」

「わたしもシェニーでいいよ。えっと、わたしと戦いたいんだよね?」

「はい!闘春祭での決闘、すっごく感動しました!あの日からシェニー先輩と戦ってみたいって思ってたんです!だからお願いします!アタシと決闘して下さい!!」


 勢いよく頭を下げるリーチェ。

 それを遠巻きに眺める観客達も決闘が始まるのを今か今かと待っている。

 その期待に応えたいのは山々だが、今はそれどころではない。


「ごめん!先約があるからまた今度ね!」

「えぇっ!?いつならいいんですか!?」

「うーん。しばらくテスト続きだし、当分は無理かな?」

「そんなぁ・・・」


 つれない返事にがっくりと肩を落とす。目に見えて落ち込む姿に罪悪感を覚えたがこちらにも予定がある。

 もう一度謝ってこの場を後にしようとするシェニーに声がかかる。


「シェニー。ここにいましたか」

「レンデちゃん!」


 レンデの登場に驚いた群衆は彼女に道を開け、レンデは二つに割れた人波を悠然と歩いてきた。


「ごめんね。待たせちゃった?」

「お気になさらず。ここで何を?」

「この子に決闘挑まれてたの。先約があるから無理だって言ったら落ち込んじゃって」

「そうでしたか」

「ところで、話って何?」

「はい。朝のトレーニングのことで提案がありまして・・・」

「立ち話もなんだし、食堂で話そう?」

「はい」

「トレーニング!?」

「わぁっ!?」


 落ち込んでいたリーチェがトレーニングという言葉で再起動した。

復活したリーチェは恐るべき速度で距離を詰め、鼻先が触れそうなほど顔を近づけてきた。


「それって秘密の特訓ってやつですか!?強くなるための極秘メニューとかそういう感じの!」

「別に隠してるわけじゃないけど・・・」

「アタシもご一緒していいですか!?」

「えっ!?・・・いいかな?」

「はい。異論はありません」


 レンデは急接近してきたリーチェを引き剥がしながら同意する。

認めてもらえたリーチェは両手を突き上げ雄叫びのような声を上げる。


「やったーーー!!ありがとうございます!あっ!メニューの話し合いですよね!ご一緒していいですか!」

「えっ!ちょっ!」


 まだいいと言ってないのだが、グイグイと押してくる勢いに根負けしてしまう。

 食堂に向かう道すがら、シェニーとレンデは顔を見合わせて苦笑いを浮かべ合った。




 それからも決闘希望者は現れたがしばらくするとぱったりと現れなくなった。

 夏休み前に立ちはだかる中間テストと期末テストでそれどころではなくなったからだ。

 ようやく平穏が戻り、今日も今日とて地獄のトレーニング。

 変わったのは・・・


「ふぅっ。誰かと流す汗は心地よいものですね」

「はい!流した汗は裏切りません!」

「二人ともお疲れー。ちょっと休もうか」


 トレーニング仲間が増えたくらいだ。

 その一人であるレンデは汗を拭いながら水を飲み、リーチェは疲れた体を芝生に投げ出し大の字で寝転がっている。


「おつかれさま。リーチェちゃん」

「ありがとうございます!」


 水が入った水筒を渡すとリーチェはお礼を言って受け取った。


「暑くなってきましたねぇ」

「もうすぐ夏だからねー。はぁ、もう少ししたら期末テストかぁ」

「期末テスト・・・。気が重いです」


 ポカポカ陽気が少しずつ汗ばむような暑さに変わってきた今日この頃。もう二ヶ月もすれば楽しい夏休み。

 だが、その前に中間テストと期末テストが待ちかまえている。学生諸子には頭の痛い問題だった。


「このような言い方は失礼かもしれませんが、その・・・お二人は頭が悪いのですか?」

「ストレートすぎない!?」

「すみません。人と話すのはまだ不慣れでして・・・」

「うぅ。否定できません」


 突きつけられた言葉にリーチェは肩を落とす。


「座学はいいんだけど実技がちょっと・・・。わたし木の魔法しか使えないし」

「アタシも身体強化しか使えません!」

「一つのことに熱心に打ち込むのは素晴らしいことですが、それだと実技点は期待できないかもしれませんね」

「あぅ・・・」


 魔法の実技試験は魔法への理解が問われるため全属性が試験の対象となる。

 属性の構造を学び、万象礼術に精通したレンデのような優秀な魔法使いなら得意の風以外でも試験に受かるくらい余裕だろう。

 しかし、一点特化型のシェニーやリーチェはそれが絶望的だった。


「あっ!アタシいいこと思いつきました!身体強化して火を起こせれば火の魔法を使ったことになるんじゃないでしょうか!」

(なるかぁっ!!)

「あっ!それ名案かも。木なら火も起こせそうだし実技点アップだね!」

「それは盲点でした。形に囚われぬ柔軟な発想・・・素晴らしいです」

(ツッコミ役確保してから口開いて)


 試験の話題を避けたいのか、リーチェが唐突に話題を変えた。


「前から思ってたんですけど、レンデ先輩ってちょっとしゃべり方固くないですか?」

「固いでしょうか?」

「はい!ちょっと距離を感じます」

「わたしも思ってた。他人行儀というかよそよそしい感じがするんだよね。もうちょっと力を抜くとか砕けた感じにしてみるのはどうかな?」

「力を抜く・・・砕けた・・・。あっ!」


 何かを思いついたのか、レンデは徐に立ち上がると肘を曲げたまま左手を顔の高さに上げて言った。


「おっはー!最ぇ斤マジホットでダルポヨだけどバイブスガンアゲでキメてこっ☆」

「砕けすぎだよ!?」

(あーっはははははっ!!!最高っ!!あんた最っ高!!)

「あははははっっ!!砕きすぎて砂になってますよそれ!」

「経済学の同級生を真似てみたのですが、言葉とは難しいものですね」

「そんな人いるんだ・・・。ん?レンデちゃん経済取ってるの?」

「はい」

「わたしの友達も経済取ってるの!ルジーちゃんって言うんだけど、知らない?」

「シェニーがいつも話している方ですよね?・・・すみません。存じ上げません」

「そっかぁ・・・」


 偶然見つかった思わぬ接点が潰えて落胆しているとリーチェが身を乗り出してレンデに迫った。


「そうだ!慣れてないなら特訓すればいいんです!」

「特訓?」

「はい!今度の観樹会かんじゅかいに友達連れて行きますから一緒にお話しましょう!」

(かんじゅかい?何それ?)

「学園の敷地でお花見するイベントです」

(この学園なんでもあるわね)


 それはいいアイデアだと感じたシェニーも同調する。


「うん!それいいかも!わたしもルジーちゃんと行こうかな?」

「お気持ちは嬉しいのですが、よろしいのですか?知らない相手と一緒というのはご友人方が気まずいのでは?」

「大丈夫大丈夫!レンデちゃんすごく優しくていい人だし、きっとすぐ仲良くなれるよ!」

「アタシの友達も結構人見知りなんでいい薬になると思うんです!」


 多勢に無勢。期待の眼差しを向けられたレンデはついに折れ、観樹会への参加を約束したのだった。



 来る週末。いよいよ観樹会の日がやってきた。

 観樹会は普段は許可がなければ入れない庭園で行われる。一般開放された広大な庭園には多数の生徒達が集い、思い思いの時間を過ごしている。

 この催しも闘春祭と同じくずっと昔の校長が提唱した理念に基づくものらしい。普段その力を借りている自然の息吹を感じ、魔法を使うということの意味を今一度振り返るという目的があるという。

 そんな理念を知ってか知らずか多くの生徒は森や野原を駆け回って遊んだり仲のいい友達とお菓子を広げて談笑したりと自然の中で過ごす時間を目一杯楽しんでいた。

 シェニーは皆が余裕を持って座れるほど大きめなレジャーシートを肩に担いで待ち合わせ場所であるサグラの木を目指していた。


「レンデちゃん待ってるかなぁ・・・」


 暑くなってきたとはいえ今日は風が強く少し肌寒い。長いこと野晒しでいたら風邪を引いてしまうかもしれない。

 際場所取りを買って出たレンデの身を案じるほど足取りは速くなる。

 待ち合わせ場所には既にレンデの姿があり、サグラの木の下で涼やかに佇んでいた。

 風に乗って薄桃色の花弁を揺らすサグラの木の下で待ち人を待つその佇まいの美しさに一瞬見惚れて立ち止まる。


「おまたせ!待った?」

「いえ、私も今来たところです」

「よかったぁ・・・」


 あまり待ってないという言葉にほっと胸を撫で下ろす。その時に下げた視線がレンデの胸元で光る銀のペンダントを捉えた。


「それ綺麗だね!すごく似合ってる!」

(流石金持ち。いいものつけてるわね)


 それはレンデの瞳と同じ深緑の宝石が中央にあしらわれた銀のペンダントだった。

 とても豪奢な作りではあるもののその存在感を下品にひけらかすことなくレンデの美しさを引き立てていた。


「ありがとうございます。これは母から受け継いだ何にも代え難い宝です」

「そうなんだ。でも、今までつけてなかったよね?」

「いつ何処で決闘を挑まれるかわからなかったので大切に保管していました」

「大切なものだもんね」

「はい。今となっては身に付けていなくてよかったと思っています」

「どうして?」


 首を傾げるシェニーの耳元にレンデの顔が迫り、突然距離を縮めてきたことでシェニーの鼓動が跳ね上がる。

 待っている間に移ったのだろう。レンデの髪からほんのりとサグラの花の香りが漂っていた。


「れ、レンデちゃん・・・?」

「これをつけた私を最初に見るのがあなたでよかった。意中の相手には綺麗な自分を見てほしいですから、ね?」

「・・・っ!!」


 耳元で愛を囁かれ、つま先から頭のてっぺんまでが瞬く間に赤らんでいく。

 レンデは悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべてそっとシェニーから離れた。


「レンデリア、さん?」


 かけられた声に振り返る。そこには鉄の筒のようなものを胸に抱えたルジーが立っていた。

 大きく目を見開き筒を強く握り締めるその姿はどう見てもただならぬ様子だった。そんなことは露知らずルジーへと駆け寄る。


「いらっしゃい、ルジーちゃん!」

「う、うん・・・」

「ドワルホルン、さん?」

「知り合いなの!?知らないって言ってなかった?」

「はい。ルジーさんという方は・・・。もしや、ルジェッタでルジーさんなのですか?」

「うん」

(いきなりあだ名言われても分かんないわよね)


 シェニーの言葉で得心がいったように手を叩く。そしてルジーの元に歩み寄り右手を差し出した。


「シェニーからお話は聞いています。改めてよろしくお願いします」

「シェニー?うん。こちらこそよろしく」


 ルジーはおずおずと手を差し出し握手を交わす。その手を離すと今度はシェニーのローブの裾を摘む。


「シェニーちゃん。ちょっと・・・」

「えっ?」


 レンデに頭を下げたルジーはシェニーを引っ張って少し離れた木陰へと移動した。


「友達ってレンデリアさんのこと?いつの間に仲良くなったの?」

「決闘の後だよ。あれから一緒にトレーニングするようになったの」

(プロポーズもされたしね)

「先生!」

「レンデリアさんが来るなんて聞いてないよぉ。何話したらいいの?」

「知り合いじゃないの?」

「授業で顔合わせるくらいだよ。ほとんど話したことないし・・・」

「そっかぁ。でも大丈夫!きっと仲良くなれるよ」

「もぅ、強引なんだから・・・」

(こいつも苦労してるわね・・・)

「なんですか?」

(なんでもなーい)

「シェニー先輩!レンデせんぱーい!遅れてすいませーん!!」


 リーチェも到着したようだ。二人は今一度待ち合わせ場所に戻った。


「・・・?」

「えぇっと・・・」

(何あれ・・・?)


 待ち合わせ場所に現れたリーチェの友人。彼女を一言で表すならば・・・異様だった。

 それはこの場にいる誰よりも小柄な少女だった。

 腰まで伸ばした黒髪は目元を覆うほどに伸び、辛うじて見える目元からは四角いフレームの眼鏡が覗いている。

 大きな箱を小脇に抱えたリーチェに半ば引きずられるようにして現れた少女は首をブンブンと振りながら小さな声で必死に抗議していた。


「待たれよ待たれよリーチェ氏!これはどう考えても無理なのだが!?小生の如き陰の魔力の使い手が斯様な陽の方々と引き合わされたが最後小生の存在が塵一片も残さず消滅してしまいますぞ!?竹馬の友が死んでしまいますぞ!?」

(また濃い奴来たわね)

「死なない死なない!はい!この子、ドナって言うんです!!」


 差し出すように引き合わされた少女はドナというらしい。ドナはしどろもどろになりながら言葉を絞り出すように自己紹介した。


「お、お初にお、お目にかかりましゅっ!しょ、小生はド、ドナーク・ギーグカールとも、申す!以後よ、よろしくおね、お願い・・・できませぇん!!」


 言うや否や顔を隠して逃げ出そうとする。しかし、その足は遅く、リーチェにあっさり捕まった。


「無理無理無理無理無理ぃっ!!消滅する!これ以上陽の魔力に触れたら小生消えてしまうであります!」

「まだ何も話してないじゃん!消えてないからいけるいける!」

「わたしはシェリンドル・ローレリア。シェニーって呼んでね」

「私はレンデリア・ユフェルコーンと申します。よろしければレンデとお呼び下さい」

「オゥフ・・・!よ、陽の気で目が、目が・・・!!ぞ、存じております。お二人は闘春祭でナイスバウトを演じた有名人故・・・!」


 レンデは身をわずかに屈めて必死に言葉を絞り出すドナの顔を覗き込んだ。

 突然の行動に驚いたのか、ドナは両手で顔を隠して後ずさる。


「ひぃっ!?な、なにか!?」

「間違っていたら申し訳ないのですが・・・どこかでお会いしませんでしたか?」

「えっ?・・・いえいえいえいえ!!小生の如き暗黒最下層の亡者が貴殿の如き天上人と面識があるなど恐れ多きことですぞぉっ!?」


 緊張で体を震わせながら目を合わせずに話す姿から居心地の悪さを感じていることが伝わってくる。

 野獣に囲まれた野ウサギのように縮こまってしまったドナに申し訳なさを覚えるシェニーの横で別の再会が交わされていた。


「あっ!先輩を応援してた人!先輩の友達だったんですか?」

「うん。私はルジェッタ・ドワルホルン。ルジーでいいよ」

「アタシはストラリーチェ・パナックって言います!リーチェって呼んで下さい!」

「よろしくね。リーチェちゃん」

「はい!」

「なぬぅっ!?」

「ひゃあっ!?」


 突如奇声を発したドナはルジーにツカツカと歩み寄る。


「貴殿がドワルホルン殿!?」

「う、うん。そうだけど・・・」

「このようなところでお会いできるとは!まさに僥倖!ドワルホルン殿が編纂なされた考古学のレポート!まさに珠玉の逸品でした!」

「レポートって去年の?」

「はい!特に三十二ページ五行から始まるこの国には空白の歴史があるという独自解釈!突拍子もないデカデカワードかと思いきやそれを想起、あるいは証明する論拠を提示し歴史の謎に迫る迫真の瞬間!!まさに脱帽ものの出来でした!斯様に素晴らしい物を書かれたドワルホルン殿と一度お会いしてみたいと思っていたであります!」

「ありがとう。読み込んでくれて嬉しいよ」


 どうやらルジーのことを知っていたらしい。

 憧れの相手に会えて興奮を抑えきれないのか、先ほどまでの弱々しさが一転。

 歴史の話や質問等を矢継ぎ早に繰り出してきた。ルジーも自分のレポートを読み込んでくれた後輩に会えて嬉しいのか、その全てに嫌な顔をせず丁寧に答えていた。


「ドナちゃんとも仲良くなれそうだね」

「そうですね・・・。私も親しんでいただけるでしょうか?」

「ちょっとずつでいいよ。誰も急かしたりしないから」


 そろそろいいかな?


「みんな揃ったし、観樹会始めよっか!」


 レジャーシートを敷いたシェニーの一声で皆が準備を始め、楽しい観樹会が幕を開けた。



「はい。どうぞ」

「ありがとう!」

「ありがとうございます!」


 紅茶担当のルジーは紙でできたティーカップに持ってきた鉄の筒から紅茶を注いで全員に手渡す。

 鉄の筒に入っていた紅茶は今淹れたかのように熱く、心地よい温もりを掌に与えてくれる。


「暖かくて香り高く、今しがた淹れたかのように瑞々しい・・・。これはどうやって淹れたのですか?」

「淹れたお茶を試作品に入れてきたの」


 そう言って先ほど紅茶を注いだ鉄の筒を全員に見せる。


「あっ!それって前に話してたやつ?」

「うん。中に入れた飲み物の温度を一定に保てるように鉄の術式を刻んだ水筒なの。これがあればいつでも暖かいものや冷たいものが飲めるよ」

「そのようなものが・・・!素晴らしいです」

「なんですかその神アイテム!?まるで魔法ではありませぬか!」

「だから魔法なんだって」

「すごいよルジーちゃん!これ絶対売れるよ!」

「あははっ、気が早過ぎるよ」

「しかし、術式が万全に機能するよう刻印を刻むのは並大抵のことではありませぬぞ。まるで魔力の流れが見えているかのような神業ですな!」

「う、うん。ありがとう」


 火や氷の魔法が使えるなら物を冷凍保存したり氷を生成して冷やすことや暖め直すことも容易だ。

 しかし、この水筒はどちらでもない。熱しやすく冷めやすい鉄の性質を利用して内部の温度を一定に調整しているのだ。

 ルジーはさも当たり前のように出してきたがこれが革命的な代物であることはここにいる全員が理解していた。

 暖かいお茶を囲む皆の嬉しそうな顔を見ているとつられて笑みが零れてくる。

 先ほどまで難色を示していたドナも今では笑いながらお茶会に加わっている。その様子を満足げに見ていたシェニーはあることに気づいた。

 お茶の飲み方が洗練されすぎている。

 大貴族の子女であるレンデに負けず劣らずの堂に入った佇まいにしばし見惚れているとリーチェが声を上げて皆の注目を集めた。


「おいしい紅茶にはおいしいお菓子がないと!ということで持ってきましたー!じゃーーん!!」


 お菓子担当を熱心に買って出たリーチェは先ほどまで小脇に抱えていた箱を皆の前に差し出し勢いよく蓋を開けた。


「おぉーー!!すごーーい!」

「おいしそう・・・」

(おぉっ!やるじゃない!)

「・・・んなーーー!!?」


 箱に入っていたのは大小様々な色取り取りのお菓子だった。

 プレーンなものからチョコチップ、ナッツ等多種類のクッキーに始まり木イチゴやチョコレート等がふんだんに使われたカップケーキ、軽い口ざわりのメレンゲ菓子など意匠を凝らした数多くのお菓子達がシェニー達を待っていた。


「り、リーチェ氏ーー!!どういうことでありますか!?これはリーチェ氏がテストのお供に欲しいと言っもが・・・っ!!」

「ささ、召し上がって下さい!」

(チョコチップ!)

「はい!」


 何かを抗議しようとしたドナの口を塞ぎ、皆に食べるよう促すリーチェ。その様子に多少疑問を覚えたものの甘いものの前では些事にも等しい。

 早速チョコチップクッキーを手に取って口に放り込む。


(んーーー!!おいしい!)

「おいしい!甘過ぎないから紅茶にもよく合うよ!」

「でしょう!」

「リーチェさん。こちらのお菓子はどうなされたのですか?どこかのお店で買ったものであれば是非名前を教えていただきたいのですが」

「それは売り物じゃないですよ!ねっ!ドナ!!」


 全員に注目されて観念したのか、ドナは俯きながら白状した。


「それは・・・小生が作ったであります」

「えぇっ!!ドナちゃんが!?」

(意外過ぎでしょ)


 今日一番の衝撃情報だった。


「はい!ドナってお菓子作り超うまいんですよ!」

「あっ、いえ。一人で黙々とできる作業が得意なだけでして、その・・・」

「うん。これならお店開けるかも」

「ルジー殿!?」

「ドナが店開いたら毎日お菓子もらいに行くね!」

「それはただのたかりなのだが!?」

「ドナさん!我が家でその腕を振るってみませんか?」

「まさかの専属契約!?」

「あははっ!」


 庭園に咲き誇る花々に負けないほどの笑顔を咲かせながら五人は思い思いに語り合う。まずは無難に選択科目や待ち受けるテストのこと。

 女子が揃えばなんとやら。ただそこにいるだけで話題は尽きず、取りとめもない雑談に少し疲れてきたシェニーはふと上を見上げる。

 待ち合わせ場所に指定したサグラの木には満開の花が咲き、花びらを散らしながら木の下で女子会を開くシェニー達を見下ろしていた。


「んー、今年もサグラが綺麗だねぇ」

「うん。綺麗に咲いたよねぇ」


 シェニーの言葉に呼応するように皆もサグラの木を見上げる。

 サグラは春のほんの数週間だけ花を咲かせる木で毎年この季節になると一斉に薄桃色の花が開く。

 奇しくもその時期が入学式や卒業式と被ることから出会いと別れの花としても知られる。

 そして花が散った後は花と同じ色の小さな一対の果実、サグラッコが実り、春の名物として親しまれている。


「今年もいいサグラッコが取れそうですね!兄k・・・お兄様がサグラッコ酒大好きなんですよ」

「うむ。サグラッコのタルト、パイ、ジャム・・・今年も忙しくなりますぞぉ」

(うっ・・・どっちも食べたい)

「お酒は飲めませんよ」


 しばし花に見惚れていたもののやはり若いうちは花より団子。

 花の話題はたちまちサグラッコの話に切り替わり、好きな食べ方や料理の話で盛り上がることとなった。

 サグラッコの話題が一区切りつき、喉を潤そうと水筒に手を伸ばす。

 その最中、今ここで聞こえるはずのない声が耳元で囁いた。


「仲よきことは美しきかな」

「ひゃあっ!?」


 背後からの声に驚いて振り返る。シェニーの後ろにいたのは考古学の教師、エレノアール・イーベルジュだった。


(・・・!!いつの間に!?)

「イーベルジュ先生!」

「やぁ、ごきげんよう」

「ごきげんよう・・・」


 ただならぬ様子に全員がシェニーの方を見る。


「イーベルジュ先生!」

「イーベルジュ御大!何故ここに!?」

「ミス・ドワルホルン、ミス・ギーグカール。君達も来ていたのか。観樹会、楽しんでいるかい?」

「はい!一時はどうなるかと思いましたが、皆よい方々であります!」

「そうか。それは何よりだ」


 そう言うとイーベルジュはシェニーの肩に手を置いた。


「楽しみに水を差すようで悪いが、ミス・ローレリアを貸してくれないか?話したいことがあるんだ」


 イーベルジュの頼みに全員が静かに頷く。


「じゃあ行こうか」

「は、はい」


 話ってなんだろ?

 考古学を履修していないシェニーとイーベルジュの接点はほとんどない。そんな彼女が自分に何の用なのか。

 皆に断りを入れ、イーベルジュの先導に従って庭園の奥にある森へと足を運んだ。

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