三限目 決闘血統もう結構 後編

 決まりきった勝負、勝てるわけがない。

 誰もがそう思っていた。

 片や魔法が使えない魔法使い、片や入学から一度も負けた事がない無敗の女王。

 結果など分かりきっている。

 そんな観客達の思いが、目の前で覆されていた。


「すごい・・・」


 誰もが予想だにしなかった光景に息を呑む中、ルジーもまたその試合に見入っていた。

『眼』に映る二人の動きは未だかつて見たことのない魔力の奔流だった。

 飛行魔法で空に陣取ったレンデリアが風の矢を放つ。それを野獣の如き速度で避け闘技場を駆け回るシェニー。

 まさに一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 ルジーの『眼』に映るレンデリアの魔法は最早学生の域を越えていた。

 同じ四年を過ごしたとは思えないほどに練り上げられた魔法の精度は非常に高く、空中という不安定な足場で正確無比な射撃を次々と繰り出している。

 しかし、そのすごさはあくまで常識の範囲内。知りえる知識の中での規格外。

 真の規格外はシェニーだ。


「あの魔法・・・」


 シェニーが展開する魔法は全く見覚えがないものだった。

 彼女自身の煌く色が全身を駆け巡り、手や足から形を持った色が生み出され命を芽吹かせる。

 以前エミーとの特訓を覗いた時もあの魔法を使っていた。

 ずっと疑問だった。

 この『眼』に映る色、生きとし生きる全ての生物が持つあの魔力を使う術はないのかと。

 子供の頃から慣れ親しみ、学校で教わってきた魔法は属性に備わった魔力を動かすもので体に宿る魔力は一切使わない。それが見えるからこそ誰よりも分かっていた。

 シェニーには魔法が使えない。

 何度も魔法の特訓に付き合っていたからこそ断言できる。

 魔法を唱える度にシェニーの魔力と属性の魔力がぶつかり合って術式が霧散するのだ。

 それはもう知識や技術以前の問題だ。

 ならあれは何だ?

 見ているだけで心が暖まる眩しくも優しいシェニーの色。あの色をそのまま魔力に変換できるなら、その魔力で魔法が使えるなら。

 それは一体どれほどの・・・


「すごいよね。シェニーちゃん」

「ひゃあっ!?」


 背後からかけられた声に驚き跳び上がる。振り返るとエミーがすぐ横に立っていた。


「エミー先生。おはようございます」

「おはよう。あれ?眼鏡してなくていいの?」

「えっと、遠視なので遠くは見えるんです」

「そうなんだ」


 会話もそこそこに決闘に集中する。

 避けていれば怪我はしないはずだと安堵するルジーとは対照的にエミーはその展開に難色を示していた。


「うーん。まずいなぁ・・・」

「ダメなんですか?」

「うん。避けてるだけじゃ勝てないからね」

「そうですか・・・」


 決闘の展開はよく分からないが現状が続けば負けるということだけは分かった。

 できるだけ怪我しませんように・・・!

 全く真逆の思惑を抱く二人をよそに決闘は新展開を迎えていた。



 エミーちゃんと特訓してよかった。

 あの特訓がなければ豪雨のような風の矢を避けきることなど不可能だっただろう。


 あの子はものすごく強いよ?風魔法だけなら私よりうまいと思う


 エミーの言葉が頭をよぎる。あれはお世辞ではなく事実だったのだ。

 レンデリアが放つ風の矢はエミーが使ってきたそれよりも速く狙いも正確。少しでも気を抜けば射抜かれるだろう。


「当たれば負ける!・・・けど!」 

(狙いがいい子ちゃんなのよ!!)


 次々と飛来するそれを最小限の動きでかわす。

 回避された矢は地面を抉り、リングを穿ち、その破壊力を遺憾なく発揮する。

 闘技場の観客席には余波を防ぐための風の防御魔法がかけられているので観客に被害はない。

 すぐ近くで行われる決闘は臨場感抜群で破片が飛び散る度に観客が悲鳴と歓声を上げていた。


(このままじゃジリ貧よ!上がりなさいシェニー!)

「はい!」


 防戦一方では早々に体力が尽きて負ける。シェニーは闘技場の柱に向けて腕を突き出し、魔力で生み出し急成長させた蔦を伸ばして巻きつけた。


「っ!?」


 その光景に目を見開くレンデリアの目の前で蔦を引っ張りながら飛び上がり、瞬く間に柱の上部へと到達した。


「蔦をロープのように・・・!」

「うん!これならいける!」


 迫り来る追撃をかわしシェニーは再び走り出す。そこからは目にも止まらぬ早業の応酬だった。

 レンデリアはリングの中央を陣取ったままシェニーに向けて旋風の矢を放ち、シェニーはそれをありとあらゆる方法で回避する。

 蔦をロープのようにして移動したかと思えば闘技場の壁に木を生やしてそれを足場に回避、滞空時間を狙った攻撃は両腕から生やした蔦を振り回し慣性の法則で体を傾けて回避。

 足の裏に粘着性のある植物を生成して闘技場の壁を走ったりと木の特性を活かした方法で決闘を進める。

 正攻法で当たらないと判断したのかレンデリアは新たな魔法を高らかに唱える。


破台の壊風はだいのかいふう!!」


 詠唱に呼応して小さな竜巻が地面に現れる。その数は4つ。

 それらは瞬く間に成長し、5メートルはあろうかという巨大な竜巻へと変貌する。

 成長した竜巻はまるで意志を持っているかのように動きで闘技場を蹂躙する。


(やっぱり使ってきたわね!)

「はい!エミーちゃんに感謝です!」


 当然これも織り込み済みだ。

 エミーが見せてくれた風の魔法の中にこれがあった。竜巻で攻撃を防ぐ盾の魔法、破矢の壁風と対を成す矛の魔法、破台の壊風。

 複数の竜巻が動き回り下天に破壊と蹂躙をもたらす風魔法だ。

 生み出された竜巻は縦横無尽に動き回り、シェニーの動きを大きく制限する。

 下手に動けば竜巻の餌食、動かなければ風の矢の餌食。

 まさに万事休すだ。

 どう足掻いても勝ち目はない。そんな状況にあってもシェニーは臆することなくレンデリアの目を見ていた。

 青緑の瞳に映る色。それが自分に向けられているというだけで力が湧いてくる。


「いくら強くたって心が諦めたら絶対に勝てない・・・」


 エミーに言われた言葉を反芻する。状況は依然絶望的だが諦めるのはまだ早い。

 何か打開策はないかと目を凝らす。その間も攻撃の手は緩まない。

 撃ち込まれる風の矢と迫り来る竜巻を避けているうちについにその時が訪れた。


「あっ・・・!」


 何発目になるか分からない風の矢を避け、着地した足が滑り体が傾ぐ。

 しまった・・・!!

 体勢を崩して止まったシェニーに竜巻が迫る。直撃すれば竜巻に巻き上げられ体が大空を舞うことになるだろう。

 目を開けていられないほどの風圧が竜巻の接近を告げる。咄嗟に右手を斜め下に向け、掌から細い木を生成する。勢いよく伸びた木は地面に直撃。その衝撃でシェニーの体は後方に飛んだ。

 空中で体勢を整え竜巻を警戒するシェニーの前で思いもよらないことが起きる。

 竜巻がシェニーを避けるように横に動いたのだ。


「・・・っ!?」


 想定外のことに頭が疑問符で埋め尽くされる。

 なんで?手加減した?ありえない・・・。

 困惑しながらも回避行動を取り続ける。竜巻と風の矢を避けて闘技場の柱の上に着地したところでヴィレッタに推論を述べる。


「先生・・・」

(何?)

「あの竜巻、同じ動きを繰り返してませんか?」


 注目したのは竜巻の動き。

 一見ランダムに動き回っているように見えた竜巻だがその実パターン化された動きを繰り返している。

 さっきの竜巻がシェニーに当たらなかったのはそのためだろう。

 

(あんたにしてはいい着眼点よ)

「えへへっ」

(あいつは今3つ同時に魔法を使ってる。私の時代でもこれだけの使い手はそういなかったわ)


 わがままで素直じゃないヴィレッタの飾らない賛辞。それを引き出せたことがレンデリアの強さを顕著に表していた。


(でも、全部まとめて動かしてたら身がもたない。だから竜巻だけ規則通りに動かしてるんでしょうね)

「ってことは・・・!」

(どこかに安全地帯があるはずよ!)

「はい!」


 ようやく見つけた細い糸ほどの勝機。それを手繰り寄せるために回避し続ける。

 今度はただ逃げ回るだけではない。勝つために避けるのだ。

 避け続けてわかったことは二つ。いいニュースと悪いニュースだ。

 悪いニュースは安全地帯はないということ。四つの竜巻はそれぞれの動きを補い合うように闘技場を動き回っているため竜巻が全く通らない安全地帯はなかった。

 そしていいニュース。竜巻が通過してから次の竜巻が通りかかるまでの時間が長い場所がある。

 つまり立ち止まって攻撃しやすい場所があるということだ。


「あそこからなら攻撃できるかもしれません!」

(そううまくいくかしら?)


 突破口を見つけて意気込むシェニーとは正反対にヴィレッタは懐疑的だった。


(あいつだって馬鹿じゃないわ。弱点くらい把握してるはずよ)

「じゃあなんで残してあるんですか?」

(多分罠よ。あんたを誘き出そうとしてるのかもしれないわ)


 ヴィレッタの言葉に心の中で落胆する。

 折角見つけた反撃の糸口。もしそれが罠だったら反撃どころかそこで終わるかもしれない。

 だが、他に打つ手がないのも事実だ。振り出しに戻っても避け続けることしかできない。

 依然勢いの衰えない攻撃を避けながらどうしたものかと頭を悩ませるシェニーにヴィレッタが知恵を授けてくれた。


(私にいい考えがあるわ)

「本当ですか!?教えて下さい!」

(あえて乗ってやりなさい。罠ごと踏み抜いてやるのよ!)


 そっと耳打ちされた助言を受け取り早速行動に出る。

 攻撃を避けながら向かう先は件の攻撃地点、ではなく竜巻に破壊された木の残骸。

 そこから枝を数本回収し攻撃地点に向かう。

 狙うは竜巻が通過した直後。

 それと悟られないよう大回りで旋回し竜巻が過ぎるのを待つ。

 そして通過したのを確認し即座に攻撃地点に足を踏み入れた・・・その時だ。


(思った通り!)


 先ほどまで規則性を持って動いていた竜巻が一斉にこちらに向かってきた。

 四方を囲む巨大な竜巻の壁。そして前門には杖を向けるレンデリア。

 まんまと罠にはまった。否、はまってやった。


(シェニー!)

「はい!」


 迫り来る竜巻、放たれた風の矢。

 退路を塞いだ上での集中砲火。誰もが勝負あったと思っただろう。

 竜巻同士がぶつかり合い巨大な暴風を巻き起こす。客席の観客すらも吹き飛ばしかねないほどの大爆発。

 その渦中にあったはずのシェニーは・・・遙か上空にいた。


(やるじゃない!)

「えへへっ」


 レンデリアよりも高所を取ったシェニーはそのままレンデリア目掛けて降下する。

 あまりの出来事に歓声すら成りを潜め、自分を見上げるレンデリアの表情さえ驚愕に満ちていた。

 やったことはただ一つ。

 全ての攻撃が到達する前に拾った枝を急成長させて巨大な木を生成したのだ。

 既にある枝に魔力を注ぎ込み成長させることでより素早く短時間で巨大な木を生み出した。万象礼術の知識の応用だ。

 勢いよく伸びた木はシェニーを上へと押し上げ攻撃から逃がす。

 そして竜巻の大爆発。これに乗って更に上空へと飛んだというわけだ。

 形成は少し有利になった。だが、空を自由に動き回れるレンデリアの優位は揺るがない。

 立ち直ったレンデリアはすぐさま迎撃を開始する。

 逃げ場のない空中で飛来する風の矢。

 回避は不可能。ならば防ぐのみ。


「やぁっ!」


 拾った枝を成長させ即席の盾を作る。太く大きな大木はシェニーに迫る矢を弾き、止まることなく突貫する。

 迎撃は不可能と悟ったのか、幹ごと落ちてくるシェニーを回避する。

 このまま落ちれば木ごと地面に真っ逆さまだろう。・・・このまま落ちれば。


「なっ・・・っ!?」


 落ちる木を見送ったレンデリアは目を見張る。

 木にしがみついていたはずのシェニーがどこにもいないのだ。

 慌てて周囲を見渡すレンデリアの体勢が大きく揺らぐ。

 原因は右足にかかった加重。 異変を察知して下を向いたレンデリアと目が合う。

彼女が探していたシェニーは右足に巻きついた蔦にぶら下がっていた。


「蒼駒の・・・きゃっ!」


 魔法を使われる前に枝から木を生成する。飛べると言っても許容できる重量は無限ではない。

 大木の重量は飛行魔法の限界をあっさりと超越。二人は吸い込まれるように落下する。


「降参して!早くしないと落ちちゃうよ!」


 大木にしがみつき、蔦を強く握り締めながら降参を勧告する。

 飛行魔法を封じ退路も塞いだ。もう戦う術はないはずだ。

 だが、レンデリアは右足の蔦を見つめるだけで降参の二文字を口にはしなかった。


「早く!!」


 地面までもう時間がないという焦りが声を荒げさせる。

 それを待っていたと言わんばかりに蔦に杖を向け、呟くように唱えた。


煌炎なる紅蛇きえんなるこうじゃ


 杖の先端から迸る真紅の炎。それは右足の少し下に垂れる蔦に当たり蔦を燃やしながら獲物を狙う蛇のようにシェニー目掛けて疾走する。


「・・・っ!?」


 ここで大きな勘違いをしていたことに気づく。血唱術しか使えないシェニーは木の魔法しか使えない。

 しかし、レンデリアは違う。万象礼術に精通した彼女は風以外も自在に使えるのだ。

 迫り来る炎を避けるために蔦を切り離す。


「遊天の羽衣!」


 自由になったレンデリアは飛行魔法で再び空へと浮上した。残されたシェニーは木と共に地上へと落下する。


(そいつを蹴って跳びなさい!)

「はい!」


 決死の攻撃が失敗したことを悟りすぐさま回避に移る。生成した木を蹴って大きく跳躍し闘技場の柱に着地する。

 残された木は地面に激突。轟音を立てて砕け散った。

 盤面は振り出しに戻った。これからどうするか・・・?

 レンデリアを注視しながら次の一手を思案するシェニーの頭上から声が降りかかる。


「お見事です。これほどの使い手とは思ってもいませんでした」

「えへへっ、ありがとう!」

「ですが、このままではお互いにきりがありません。一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」


 ヴィレッタに視線を送り伺いを立てる。無言で頷いたのを確認して頷き返すとレンデリアは飛行魔法を解いて地上に降りてきた。

 

「ありがとうございます」

「提案ってなに?」

「一騎打ちです。今から私が使う魔法を防いで下さい。防ぎきれば貴女の勝ちです。いかがでしょうか?」

「ちょっ、ちょっと考えさせて!」

「どうぞ」


 俯いて考える素振りを見せながら小声でヴィレッタに相談する。


「魔法って・・・」

(十中八九あれでしょうね)

「防げるでしょうか?」

(・・・無理ね)

「ですよねぇ・・・」


 脳裏をよぎるのはつい数日前の事。これを使ってきたら迷わず降参しろとエミーが見せてくれた魔法の記憶が蘇る。

 内容はともかく提案自体はとても魅力的だ。

 ここで防ぎきれれば勝利が確定する。頭を捻って突破口を見つける必要がなくなるのだ。

 エミーがあの魔法を見せてくれなければ二つ返事で受けただろう。

 だが、記憶の片隅にこびりつく圧倒的な破壊の奔流が返事を躊躇わせ二の足を踏ませる。


(・・・降参しましょう)

「えっ?」

(ここまで善戦できたのよ?それでいいじゃない。それに、あんなの食らったら死ぬわ)


 ヴィレッタの言う通り、ここが落としどころなのかもしれない。

 降参すればルジーが賭けた食券は無駄になってしまう。

 だが、優しい彼女はきっと自分の無事を誰よりも喜んでくれるだろう。

 勝てるわけないと決めつけていた観客の鼻を明かすこともできた。

 勝ちが見えているノーマークの試合に誰もが息を呑むほどに魅せられている。

 降参してもよくやったと褒めてもらえるだろう。

 しかし、それでは足りない。それでは満たされない。

 もう一つ、欲しい物ができてしまったのだから。


「先生。わたし・・・」


 決意を表明しようと口を開く。ヴィレッタに届くはずだったその声は・・・


「勝って!!シェニーちゃん!!」


 客席から投げつけられた大切な人の声に遮られた。




「・・・えっ?」


 ルジーは手で口を覆う。今しがた叫んだ言葉が自分でも信じがたいものだったからだ。

 勝って?どうして?

 自己矛盾を引き起こした心は体ごと硬直し、様々な思考が一瞬のうちに脳内を駆け巡る。

 負けて欲しいと願ったはずだ。負けて挫折すればまた前のシェニーに戻ってくれると。

 大切な幼馴染はあれのせいで変わってしまった。

 あの日から『眼』に映るようになった赤黒いあれ。得体の知れないおぞましいあれが彼女を変えてしまった。

 前はボロボロになってまで体を鍛えようとはしなかった。意味の分からない魔法を使わなかった。魔法が使えないことに思い悩み自分を頼ってくれた。

 だからこそ敗北を願った。

 そのために闘春祭に参加させた。レンデリアに当たるのは誤算だったが付け焼刃の魔法ならまず負けると思ったから。

 そのために食券を全部賭けた。負けた時に責任を感じてより一層一緒にいられると思ったから。

 全ては以前の関係に戻るため。あの優しい光を手元で愛でるため。

 そこまでして願った敗北を何故覆す?今更勝ちを願ってどうする?


「そうです!勝って下さいローレリア先輩!!」

「ここまできたんだ!最後までぶちかませ!」

「レンデリアさーん!がんばってーー!!」


 ルジーの叫びを皮切りに観客が惜しみないエールを贈る。

 もう勝敗の問題ではない。皆見たくてたまらないのだ。

この勝負の行く末を。


「まさか、あれを使う気!?」


 観客が湧き立つ中、ルジーの横で観戦していたエミーは危機感を露にしていた。


「あれ?」

「いくら決闘でもそれは許可できない・・・よね?ちょっと止めてくる!」

「あっ!先生!」


 言うが早いか飛行魔法を発動させて二人の元へと飛んでいった。




 背中、押されちゃったなぁ・・・。

 聞き慣れた声に振り返ると客席のルジーと目が合った。

 眼鏡が外れ、口元に両手を当てている姿からとても興奮気味に観戦していたことが窺える。

 ルジーの応援に呼応するように観客達も次々に声援を贈ってくれた。

 ルジーと観客達の応援を背に受け提案を受けようとした矢先に思わぬ横槍が入った。


「ちょっと待ったーーー!!」


 突如乱入してきたエミーだ。


「エミーちゃん!?」

「ガンダリン先生。今は決闘中です」

「すみません。クリアスタ先生、ちょっとよろしいでしょうか?」


 飛行魔法で降り立ったエミーはクリアスタの元に向かい、エミーに合わせて屈んだクリアスタに何かを耳打ちし始めた。

 お父様に内緒話してるみたいだなぁ・・・

 本人に言えば怒りそうだが年齢差を考えれば親子と言われた方がしっくり来る。

 これが教員同士の伝達というのだから驚きだ。

 伝言を受け取ったクリアスタはレンデリアの元へと向かう。


「ミス・ユフェルコーン。崩国の旋騎兵ほうこくのせんきへいを使うつもりか?」

「はい。全力を持って挑むにはそれ以外にないと思いました」


 淡々と答えるレンデリアの口から出た単語にシェニーとヴィレッタは戦慄する。


(やっぱりね・・・)

「悪いがそれは許可できない。学生の決闘に三節詠唱はやり過ぎだ」

「しかし、三節詠唱を使ってはならないというルールはありません」

「それは使っていいからではない。学生が使えるという想定が欠けていたからだ。使えるのであれば話は別だ」

「・・・」

「規定に盛り込まなかったのはこちらの落ち度だ。それはすまないと思う。だが、これは決闘である以前に学業の一環だ。生徒の命が危ぶまれるような魔法を許可することはできない」


 その巨躯から発せられる厳格な言葉の圧は凄まじく、レンデリアは黙り込んでしまった。


「従えないようであれば失格とする。いいな?」


 クリアスタの言う事は正しい。

 教師として生徒を守るのが彼らの責務だ。生徒の危機を止めるのは当然だろう。

 だが、それではもう納得できないのだ。自分も、レンデリアも。


「続けさせて下さい!」

「・・・っ!!」

「シェニーちゃん!?」

(シェニー!?)


 胸に手を当てて一歩前に踏み出す。


「使っちゃいけないってルールはないんですよね?それなら止める理由はないはずです!」

「ちょっ!忘れちゃったの!?使うようなら降参してって言ったでしょ!?」

(そうよ!私を殺す気!?)

「何故続行を求める?彼女が使おうとしている魔法はとても危険なものだ。最悪の場合命を落とすことになる」

「知ってます。エミーちゃ・・・ガンダリン先生に見せてもらいました」

「ならば何故?」

「わたし達が納得できないからです!そうだよね?」


 そう言ってレンデリアに視線を送る。レンデリアは深く頷きクリアスタに向き直った。


「私はこの決闘を心の底から納得できるものにしたいと考えています。だからこそ、ローレリアさんに私の全力を見て欲しいのです」

「レンデリアさん・・・」

「クリアスタ先生、ガンダリン先生。どうか決闘を続けさせて下さい」

「お願いします!」


 二人で深々と頭を下げる。それを見たエミーとクリアスタは二人に背を向けひそひそと何かを話し始める。

 ようやく話が終わったのか、こちらを向いた二人がほぼ同時に咳払いした。


「決闘の続行を認める」


 その言葉に二人は顔を見合わせて笑い合う。


「ただし!竜巻は二つまで!意味はわかるよね?」

「はい。続行を認めてくださるならそれで構いません」

(願ったりだわ。二つならなんとかなりそうね)


 思いがけない提案にヴィレッタはにやりと笑う。条件はこちらが圧倒的に有利。元々断るつもりはなかったがますます断る理由がなくなった。


「ミス・ローレリア。君はどうする?」

「もちろん受けます!やらせて下さい!」


 その言葉に観客は再び沸き立った。話がまとまったところでエミーは客席に戻り決闘が再開される。

 二人は一礼し、距離を取って対峙する。


「危険だと判断した場合即座に中断させる。・・・始め!!」


 先に動いたのはレンデリア。左掌を上に向け、そこに杖を向けて詠唱を始める。


「碧風の騎士。風帝の円卓に集いし狂嵐の徒よ。帝の命によって玉座に列し壊風の災禍を奏でたまえ」


 レンデリアの口から紡がれる呪文。それはあの日エミーが見せてくれた魔法と全く同じものだった。


(手はあるんでしょうね?)

「ありません!」

(でしょうね。そう思って考えておいたわ)

「さっすが先生!すごいですっ!」

(いい?まずは・・・)


 回収していた枝をポケットから全て取り出し、両手にありったけの魔力を溜める。

 レンデリアも準備ができたようで左手に変化が起きていた。

 その左手には輝く緑の球体が浮かんでいた。片手に納まるほどの球は二つの小さな竜巻が側面を周回している以外特に変わった様子はない。

 だが、それが視界に入った途端シェニーの背中から冷や汗が噴き出した。

 思い出すあの日の光景。城壁のようにそびえ立つ巨大な黄塊門を次々と貫通しその全てを一撃で破壊した災禍の暴風。

 レンデリアが今唱えている魔法は三節詠唱という区分に分類される。

 杖と詠唱によって属性の魔力を操る万象礼術において詠唱は大きな意味を持つ。

 強力な魔法の行使には魔力を制御するためにより長い詠唱が求められる。

 ただ呪文を唱えているだけに見えるがそれを行使するために必要な魔法の操作精度と集中力は一節詠唱の比ではない。

 その難しさから六年生でも使えることが稀な三節詠唱を四年生であるレンデリアが使えること自体が異例なのだ。

 魔力を溜め終えたシェニーは地面に両手をつける。

 それとほぼ同時にレンデリアは左手をシェニーに向けて突き出した。掌と球の間に風が集まり、圧縮された風はやがて暴風となり球を打ち出す起爆剤となる。


「崩国の旋騎兵!!」


 詠唱と共に射出されたそれは強化された目でも追いきれないほどの速度でシェニーに飛来する。

 対するシェニーは残った枝と地面に溜めた魔力の全てを注ぎ込む。

 その刹那、会場は森へと変貌した。


「なっ!?」


 闘技場を突き破って生えてきた大木の群れに押され、クリアスタは二人から距離を取る。

 森と形容すべき木々の群れに激突した暴風の球は木々をなぎ倒しながらシェニー目掛けて突貫する。

 着弾と同時に周囲を渦巻いていた竜巻が次々と破裂して加速する。

 一つ、二つ。

 竜巻が爆ぜるほどに掛け算式に加速していく球体は大木を小枝のように折り砕いていく。

 だが、シェニーも負けていない。

 折れたそばから魔力を注ぎ込んで木を復活させ球体の進行を阻む。

 それでも球体は止まらず少しずつ近づいてくる。

 このままでは突破されるのも時間の問題だ。

 そんなことは最初から分かっている。だからこそ、正面から受け止めない。


「はぁっ!!」


 球体を防ぎながら木々を生やす方向を少しずつ変えていく。正面ではなく横に逸らすように。

 狙い通り球体はわずかに、しかし確実に軌道を変えて逸れていく。

 後はこの球体を闘技場の壁にぶつけて無力化させるだけ。

 目前に迫った勝利に目が眩んでいたシェニーは気づかなかった。

 球体が肥大化していることに。


(シェニー!)

「・・・っ!?」


 ヴィレッタの一喝で我に返る。

 防ぐのに手一杯で頭から抜け落ちていた。この魔法最大の破壊は飛んでいる時ではない。

 災厄は止まった時に訪れる。


「くっ!!」


 散らばる木の破片に魔力を注ぎ自分の周囲に木々を生成する。進路を逸らすためではない。確定した破壊から自分を守るためだ。

 時間の許す限り木々の城壁を生成する。そんな努力を嘲笑うかのように球体は会場全体吹き飛ばさんほどの暴風を伴って爆発した。


 崩国の旋騎兵


 それは高難度に属する三節詠唱の風魔法であり、簡単に言えばたくさんの竜巻を圧縮する魔法だ。

 緑色の球体は荒れ狂う無数の竜巻を球の形に圧縮したもの。

 その見た目とは裏腹に内に秘められた破壊力は計り知れない。

 それに加速を補助する小規模の竜巻を伴わせそれらを時間差で爆発させることで掛け算式に加速。

 全てを使い切ったタイミングで本丸の球が爆発。

 解き放たれた竜巻の群れが更に大規模な破壊をもたらす二段構えの高等魔法である。

 この魔法は流石に応えたらしい。レンデリアは肩で荒く息を吐きながら土煙を上げる闘技場を見つめていた。

 客席の被害も甚大でローブや持ち物を飛ばされただけでなく自身が吹き飛ばされた生徒も数多くいた。


「すげぇ」

「あんな魔法見たことねぇ」

「死んだんじゃね?」


 あまりにも規格外な魔法に観客はどよめき困惑する。

 あんなものが近くで爆発したのだ。爆発の真っ只中にいたシェニーは当然無事では済まなかった。


「ぐっ・・・!」


 土煙を上げる壁から悲痛なうめき声が響く。

 そこには奇跡的に原型を留めているシェニーの姿があった。


「シェニーちゃん!」


 進路を逸らして直撃を避けたことと木を生成して防いだおかげで最悪だけは回避できた。

 だが、全てを防ぐことはできなかった。吹き飛ばされたシェニーの体は数度地面を跳ねて闘技場の壁に激突したのだ。

 体中に傷を作り、泥にまみれようともなお壁に手をついて立ち上がろうとする。

 しかしふらつく体ではうまくいかず手が滑って盛大に転倒してしまう。

 目が霞んで視界がぼやけ、頭も靄がかかったように朦朧としている。

 崩国の旋騎兵は防ぎきった。だが、ここで立てなければ勝てない。

 わかってはいるが体に力が入らない。まるで手足がなくなったかのようにぴくりとも動けない。


「ミス・ローレリア!!」


 駆けつけたクリアスタはシェニーを保険室に運び込むべく助け起こそうとする。


「待って、下さい・・・!まだ・・・終わって、ません」

「もう勝負はついた!これ以上の続行は許可できない!」

「防いだら、勝ち・・・なんです。立てば・・・わたしの勝ち、です」


 息も絶え絶えに救助の手を拒む。最早喋るだけでも精一杯だ。


(体を貸しなさい。私が立つわ)

「先生は・・・見てて、下さい・・・」


 ヴィレッタに代わればすぐに立てるだろう。

 だが、それでは意味がない。

 散々助言をもらいはしたがここだけは自分の力で立ちたい。

 でなければ手に入らない。今ここにあるもの全てが。


「シェニーちゃん!」

「ローレリア先輩!!」


 霞みゆく意識の中、自分を呼ぶ声が暗澹とした脳内に響く。

 視線だけを向けるとルジーと見たことのないネズミ色の髪の少女が客席の最前列で声援を贈ってくれていた。


「立てーー!」

「勝ってーー!!」

「立てば勝ちだぞーー!!」


 自分に贈られた声援が、自分だけの物が次々と手元に集まってくる。

 この所有物を失いたくない、裏切りたくない。

 全部、わたしのものだから・・・。


「・・・っ!!」


 長くは放置できないと判断したのか、クリアスタがレンデリアへと歩み寄る。

 恐らく勝利を告げようとしているのだろう。時間はもうほとんどない。

 動け・・・!動け・・・!!

 少しずつ力が戻ってきた手足に力を込めてゆっくりと体を起こそうとする。

 それに気づいたのか、こちらを向いたレンデリアと目が合った。


「勝者!レンデリア・ユフェルコ・・・」


 その名前が呼ばれることはなかった。

 シェニーが壁に手をついて立ち上がったからだ。

 そしてレンデリアの目をまっすぐに見据えか細い声で宣言した。


「わたしの勝・・・」


 言い終わる前に体が傾き地面に倒れる。


「先生。訂正を」

「あぁ。・・・勝者!シェリンドル・ローレリア!!」


 誰もが夢にも思わなかったであろう結末に動揺が走る。


「嘘・・・」

「レンデリアさんが負けた?」

「うぉぉぉぉっ!!ローレリア先輩ー!アタシ感動しましたー!!」


 程なくして一つの拍手が起こり、一つ、また一つと増えていく。

 それは死力を尽くしてぶつかり合った二人への惜しみない敬意と称賛へと変わっていった。


「私が、負けた・・・?」


 こうして、シェニーの初めての戦いは幕を閉じた。




 その後、保険室に運び込まれたシェニーはロタルクスにネチネチ嫌味を言われつつ入院することとなった。

 一ヶ月足らずで三回も運び込まれたら文句の一つも言いたくなる。

 地面を跳ね、壁に激突した外傷と魔力を使い過ぎた消耗で五日間の絶対安静を言い渡され、保険室で寝たきりの日々を送っていたが入院中も退屈することはなかった。

 レンデリアに勝ったシェニーを一目見ようと多くの人が詰めかけたからだ。以前からの友達から全く知らない人まで様々な人達が来てくれた。 

 しかし、その中にルジーの姿はなかった。

 そんなある日のこと。

 ベッドから半身を起こして課題をこなしていたシェニーはヴィレッタに聞けなかったことを思いきって聞いてみることにした。


「先生!」

(何?)

「前に約束しましたよね?わたしが強くなったら先生のことを教えてくれるって。レンデリアさんにも勝ったし、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」


 無敗の女王と渡り合い条件つきとはいえ勝利を納めた。それは十分強くなったと言えるだろう。

 黙り込んだヴィレッタに期待の眼差しを送る。肩を震わせ顔を上げたヴィレッタの返答は・・・


(ふざけるなぁっ!!)

「ひぃっ!?」


 却下だった。


(あんな体たらくでよく粋がれるわね!あんたは勝ったんじゃない!勝たせてもらったの!!わかった!?)

「は、はいぃ・・・。すみません」


 激昂するヴィレッタに平謝りしていると保健室のドアをノックする音が聞こえてきた。


「はーい?」

(あんたが返事してどうすんの?)

「だって誰もいないじゃないですか」


 ロタルクスは現在席を外しており、保険室にはシェニーしかいない。

 ロタルクスが帰ってきたのかと思ったがそれならノックをするのはおかしい。

 誰が来たのだろうと首を傾げていると待ち望んでいた声が聞こえてきた。


「失礼します」


 その言葉と共に保険室のドアが開く。そこには花束を抱えたルジーが立っていた。


「ルジーちゃっ・・・!いったぁっ!?」

「シェニーちゃん!?」


 駆け寄って抱き締めようとするも全身を走る激痛に止められベッドの中で悶絶する。

 異変に気づいたルジーが慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫!?先生呼ぶ?」

「だ、大丈夫。ちょっとビキッてなっただけだから」

「本当に?」


 痛みに耐えながら頷くと渋々ながらも納得してくれた。


「来てくれてありがとう!寂しかったよぉ・・・」

「ふふっ。私もだよ」


 小柄なルジーをすっぽりと包みこむように抱き締める。

 今も昔も変わらない匂いと温もりに心の底が安寧で満たされていく。


「どうして来てくれなかったの?」

「絶対安静って聞いたから、負担かけちゃダメかなって」

「気にしなくていいのに・・・。ルジーちゃんならいつでも大歓迎だよ!」

「ありがとう。あっ、そうだ。はい、これお見舞い」


 そう言って抱えていた花束を手渡す。この辺りで摘める春の花が散りばめられた小さな花束だ。


「こんなに!?ありがとう!!」

「どういたしまして。・・・シェニーちゃん」

「なに?」


 ルジーは俯いて言いよどむ。急かすことなく待っているとはにかんだような笑顔を見せてくれた。


「おめでとう」

「・・・っ!うん!ありがとう!!」


 花束を受け取ったところで話題は世間話に移り変わる。

 寝込んでいる間の学園の話はとても新鮮で楽しく、ルジーの話に聞き入っているとドアが開いてロタルクスが帰ってきた。


「あぁ。来ていたのか」

「ロタルクス先生。こんにちは」

「こんにちは。・・・ミス・ローレリア」

「はい!」

「さっき手紙を預かった」


 そう言うと白衣の胸ポケットから便箋を取り出しシェニーに手渡した。


「ありがとうございます!・・・レンデリアさん!?」

「えっ?」


 宛名を見るとレンデリアの名前が。便箋にはとても綺麗な字で用件だけが記されていた。


 三日後の朝、以前お話したあの場所に来て下さい


(果たし状?)

「えぇっ!?」




 そして三日後。

 まだ完治していないものの絶対安静が解かれたシェニーはあのベンチを目指していた。


「うぅ、本当に果たし状だったらどうしよう・・・」

(その時はボコボコにしてやりなさい!)

「先生それ好きですよね」


 益体もない話をしているうちに目的地にたどり着く。

 レンデリアは既に到着しており、ベンチに座って木々の囁きに耳を傾けていた。


「おはようございます。お待ちしていました」

「おはよう。遅くなってごめんね」

「いえ、私が早く来ただけです」


 遅参の段を謝りながらレンデリアの隣に座る。

 しばしの沈黙の後、シェニーに向き直ったレンデリアが深々と頭を下げた。


「まずは謝罪を・・・。以前は無礼なことを言ってしまい大変申し訳ありませんでした」


 謝るレンデリアをきょとんとした表情で見つめる。以前に心当たりがなかったからだ。

 思い返すうちにそれが去り際に言ったあの言葉なのだと気づく。


「気にしないで。わたしも失礼なこと言っちゃったし」

「はぁ・・・」

「むしろ感謝してるくらいだよ」

「感謝ですか?」

「うん。あぁ言ってくれなかったらきっと生半可な気持ちで挑んでたし、皆も応援してくれなかったと思う。ルジーちゃんが、皆が、レンデリアさんがいてくれたから勝てたんだよ」

「私が?」

「あの時、レンデリアさんが失望してた気がしたの。何を期待してるか分からなかったけど、その期待に応えたかった。だから戦おうって思ったんだ」

「・・・っ!」

「それだけじゃないよ。皆が応援してくれた時、レンデリアさんの顔も見えた。その顔がまだやれるはずだ、こんなものじゃないだろうって言ってるように見えてやる気が湧いたの!」

「鋭いですね。おっしゃる通り、私は貴女に期待していました。貴女ならば私に勝ってくれるかもしれない、心の底から納得のいく敗北をもたらしてくれるかもしれないと」

「・・・?それって、負けたかったってこと?」

「そうかもしれませんね。少し、身の上をお話してもよろしいでしょうか?」


 シェニーが頷くとレンデリアは一呼吸置いて話し始める。


「私は、本来ならばここに入学するはずではなかったのです」

「えぇっ!?」


 明かされたのはあまりにも衝撃的な真実だった。


「私の家のことはご存知でしょうか?」

「学園で知らない人いないと思うよ」

(有名なの?)

「この国有数の大貴族なんです」

(もうなんでもありね)

「王女様が通ってるって噂もあるんですよ」

(絶対嘘でしょ)


 ヴィレッタと話している間に身の上話が始まり慌てて静聴する。


「父は私の入学に反対である程度の教養を身につけた後はどこかの家に嫁がせようと考えていたようです。父なりに私を想っての事だったのでしょう。しかし、私は学園に通いたかったので父と話し合い・・・母と結婚する以前に付き合っていた女性と今でも親交があることを母の両親、父の義父母にお話すると言うと条件つきで納得してくれました」

(かわいい顔してえぐいことするわね・・・)


 それは脅迫なのでは?そう言いかけたが飲み込むことにした。


「その条件とは週に一度手紙を書くこと、そして・・・決闘で私に勝った方と結婚することです」

「結婚!?なんで!?」

「嫁がせたがっていたのでこの条件を提案しました。私も結婚するのであれば心から納得できる相手がよかったので」

「それであんなに決闘してたんだ・・・」

(逆玉狙えるなら薬盛るわよね)

「ですが、それももう終わりました。心から納得できる御方についに巡り会えたのですから」

「えっ?」


 レンデリアは困惑するシェニーの右手を両手で包み込むように握り、以前ここで話し合った時のような純真な瞳で告げた。


「シェリンドル・ローレリアさん。私は・・・貴女と添い遂げます!」

「えぇーーーーっ!!??」

(はぁーーーーっっ!!??)


 予想の斜め上全力投球な衝撃発言に理解が置いてけぼりを食らう。

 すぐに復帰してレンデリアに問いかけた。


「待って!わたし女の子だよ?」

「存じています」

「レンデリアさんのことよく知らないし」

「私もです。知らない同士ゆっくりと知り合っていきましょう」

「おうちの人は認めてくれるの?」

「認めさせます」

「一緒になってもお世継ぎはできないよ?」

「できる方法を探します。私も子供は欲しいので」


 強い、あまりにも強すぎる。

 何を言っても覚悟が二周三周先行している決意についに何も言えなくなった。


(こいつは本気よ。わかるでしょ?)

「はい。ねぇ、レンデリアさん」

「レンデとお呼び下さい。親しき者はそう呼びます」

「わたしもシェニーでいいよ。本当にわたしでいいの?うちはレンデちゃんの家とは不釣合いだし、わたしもレンデちゃんほど美人じゃないよ?」

「貴女でいい?とんでもない。・・・シェニーがいいのです」


 真っ直ぐに目を見据え愛を語らう。

 それは絵物語の中では王子様の役目で子供の頃はそんな告白に憧れたものだ。

 それを同年代の女の子にされるとはかつての自分でさえ夢にも思わなかっただろう。


「将来のことなので今は気負いせず考えて下さい」

「う、うん・・・」

「これから末永くよろしくお願いします。シェニー」


 その将来にレンデとの結婚が待っているかはわからない。

 だが、こんな美人に想われるのは満更でもなかった。

 レンデはもう一度頭を下げると花開いた大輪の笑顔と共に去って行った。


(・・・責任、取りなさいよ)

「なんのですか!?」


 こうしてシェニーの交友関係にまた一人、ただならぬ友達が増えたのだった。

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