三限目 決闘血統もう結構 中編
「ではこれより特訓を始めます!」
「おーっ!」
動きやすい運動着に着替え、意気揚々と拳を突き上げる。
「今日はもう遅いから何をしていくかだけ説明するね」
「はい!」
「やることは主に二つ。一つは木の魔法の練習。魔法の制御と操作を重点的にやっていくよ。魔法の基礎理論はわかってるよね?魔法を扱うにあたって最も重要な要素は?」
「はい!構造理解です!火や風がどうやって起きてどんな動きをするかを理解しなければ魔法は使えません!」
「さっすがシェニーちゃん!座学は完璧だね」
「えへへ・・・」
エミーは徐に手を伸ばす。その意図を察したシェニーは手が届くよう体を屈めた。
優しく頭を撫でる小さな手はとても暖かく、妹がいたらこんな感じなのかと若干失礼なことを考えながら撫でる手を受け入れる。
「構造理解は基礎中の基礎。けど扱う属性によってその難易度は大きく違う。木は特に難しいんだけどなんでかわかる?」
「えっと・・・わかりません」
「生きてるからだよ」
エミーはそう言ってポケットから杖と細い小枝を取り出した。
その小枝を実習場の土に刺し、杖を構える。
「
エミーの声に呼応して杖の先端から光が放たれる。光は小枝を包み込み、シェニーの指くらいしかなかった小枝は光と共にぐんぐん成長する。
光が治まる頃にはエミーの背を越えるほどの木に成長していた。
「わぁっ!すごいです!」
(へぇ、やるじゃない)
「木の構造と生態を理解し命を花開かせる。それが木の魔法だよ。はい、やってみて」
エミーから小枝を手渡される。
「えぇっ!?今からですか!?」
「木なら使えるんでしょ?まずはお手並み拝見」
歯を見せてにっかり笑うエミーの後押しを受け、もらった小枝を地面に刺す。
そして杖を向けて呪文を詠唱する。
「創樹大成!」
当然ながら万象礼術では何も起きない。
「・・・あれぇ?おかしいなー?」
何も起きないことを不思議がる素振りを見せながら小枝に近づいて指で撫でる。エミーが先んじて見せてくれたおかげでこの小枝が何の木かは分かっている。
学園内にも広く群生しているクスキドの枝だ。この国に広く分布しているものでシェニーもよく知っている。
指を介して血の魔力を注ぎながらその一生を頭の中で思い浮かべる。
クスキドを成長させるのはさほど難しくはなかった。一から作り出す物質化と違い、元となる枝があるからだ。
容易く手折れそうだった小枝はシェニーの魔力を糧に瞬く間に成長し、エミーが作った木をあっさりと抜いて更に大きく太く育つ。
幹は太く、複雑に枝分かれした枝葉は青々と茂り、やがて三メートルはあろうかという大きさまで成長した。
「・・・」
「どうでしょうか?」
「す・・・すごーーい!!すごいよシェニーちゃん!こんなにできるなんて思わなかった!」
「えへへっ、ありがとうございます!」
まるで自分のことのように飛び跳ねて喜ぶエミー。しかし、ヴィレッタの反応は正反対なものだった。
(まだまだね。無駄が多すぎるわ)
「何がダメなんですか?」
(木一本に魔力かけすぎ。あんたのバカ魔力だからどうにかなってるけど、並みの奴なら三本で限界よ)
「うっ・・・。三本じゃ何もできないです」
(安心なさい。操作と集中を続ければ改善できるはずよ)
「はい!」
まだまだ課題が山積みながらもエミーが課した第一の試練をどうにか乗り越えることができた。
シェニーが作った木を触って魔法の出来を確かめていたエミーは満足そうに頷いてシェニーに向き直る。
「うん!初めてでこれなら上出来だね!本当に使えるようになったんだね」
「えへへっ」
「じゃ、次の特訓いくよ!次はレンデちゃん対策!私がレンデちゃん役やるからレンデちゃんだと思って攻撃して。杖を奪えたら合格だよ」
「攻撃!?で、できませんよ!」
攻撃しろと言われ焦るシェニーを無視して杖を掲げる。
「
呪文を唱えたエミーを中心に風が巻き起こり、小さな体は空へと舞い上がる。
風に乗って空を飛ぶ風魔法だ。
エミーはぐんぐんと高度を上げ、先ほど生成した木を見下ろすほどの高さで止まった。
そしてシェニーに杖を向け、
「旋風の嚆矢!」
風の矢を一斉に放った。
放たれた矢はどれも当たらず実習場の地面を軽く抉る。
当たらなかったのではない。わざと当てなかったのだ。
「えぇっ!?ちょ、ちょっと待って!!本当に戦うの!?」
「その方がわかりやすいでしょ?次は当てるよ!」
ここからが本番だと言わんばかりに二の矢三の矢を撃ち込んでくる。
「ちょっ!待っ!わぁっ!?」
息つく暇もなく撃ち込まれる風の矢はまるで雨霰のよう。
撃った側から新たな矢が発生し、切れ間なく撃ち出される風の矢。
容赦なき猛攻に成す術なく、ただ逃げ回るだけで精一杯だった。
次々と飛来する矢を走り、跳び、時には立ち止まって回避する。
今尚立っていられるのはヴィレッタの激烈なしごきのおかげだ。
だが、避けるだけでは意味がない。
「すごいすごい!でも、逃げてばっかりじゃ勝てないよ!ちゃんと反撃しないと!」
「反撃って・・・どうすればいいのぉーーーっ!!?」
空に浮かぶエミーに渾身の叫びをぶつける。
相手は空を飛んで常に高所を取りながら攻撃を繰り出している。対するこちらは空を飛ぶ術も相手を撃ち落とす武器もない。
はっきり言って勝てるわけがない。
空飛ぶ鳥を相手に地を這う虫がどうやって戦えというのか。
「言っておくけど、レンデちゃんはこんなものじゃないからね?その調子じゃレンデちゃんに勝つなんて夢のまた夢だよ」
「・・・っ!」
その言葉に逃げる足が重くなる。
そんな怪物に本当に勝てるのか?
疑念と諦観が足に絡みつき呼吸を乱す。
(馬鹿!足を止めるな!)
「もらったぁっ!」
「きゃあっ!?」
心を乱す弱さを見逃すほど相手は甘くない。
動きが鈍った隙を突いて放たれた風の矢はシェニーの軸足を払い地面に転倒させる。
「いったぁ・・・!」
「はい。終わり」
「・・・っ!?」
先ほどまで遠くから聞こえていたはずの声がすぐ近くから聞こえてくる。
驚いて顔を上げるとさっきまで飛んでいたはずのエミーがすぐ横で杖を向けていた。
「今、諦めたでしょ?」
「・・・」
図星を突かれ目を逸らす。エミーは杖をポケットにしまい、地に伏せたままのシェニーに手を差し伸べた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「うん」
手足に力を込め、ふらつく体をゆっくりと起こす。
全身がズキズキと痛み動くだけで体が悲鳴を上げる。それでも自分の力だけで立ちたかった。
手を貸さずに様子を見守っていたエミーはシェニーの服についた汚れを手で払う。
「勝つための武器ってなんだと思う?」
「えっと、強い魔法ですか?」
「半分正解。力も大事だね。でもそれだけじゃダメ。もう半分は・・・」
そこで言葉を止め、緩く握った拳でシェニーの胸を軽く叩く。
「心だよ」
「心?」
「いくら強くたって心が諦めたら絶対に勝てない。負けるかもって思っちゃうとそれが自分を縛り付けちゃうの。さっきのシェニーちゃんみたいにね」
「はい。レンデリアさんはもっと強いって言われてそんなの勝てるわけないって思っちゃいました」
「素直なのはいいことだよ。でも、相手の言葉に惑わされちゃダメ。口だって立派な武器なんだから」
「はい!次からは耳栓つけて戦います!」
(違う。そうじゃない)
「あははっ。それじゃ危ないよ」
和気藹藹とした雰囲気に染まったのも束の間。シェニーは胸の前で拳を握りエミーの目を見つめる。
「わたしにできるでしょうか?」
「どうかな?でも、いっぱい頑張れば・・・」
「うまくなる。ですよね?」
「その通り!明日からビシバシやるから覚悟しててね!」
「はい!」
特訓初日は波乱のまま幕を閉じた。
何もかもが不十分で課題は文字通り山積みだ。足りないものが多すぎることを痛感すると同時にレンデリアに勝つという目標がどれだけ困難なものかを思い知った。
だからこそ、全てをここから始められる。
「よーし!がんばるぞーー!!」
エミーと別れて寮に戻る道すがら、天に拳を突き上げて決意を新たにする。特訓はまだ始まってすらいない。こんなところで腐ってる暇はない。
特訓が始まって早三日。成果は五分といったところだった。
魔法の成果は上々。
エミーとの特訓と寮に帰ってからの操作と集中の特訓により少しずつではあるものの魔法の扱いに慣れてきた。
より早く正確に。最小限の魔力で木を生成するのは魔力以上に神経と集中力がいる。
何より大切なのがどのような状況でもブレない胆力だ。走りながら木を生成したりエミーの攻撃を避けながら蔦を出したりとあらゆる事態を想定して魔法を使ううちに体が使い方を覚えてきた。
問題はレンデリア対策だ。
攻撃を避け続けたおかげで目と体が動きに慣れてきた。だが、いくら避けれても杖を奪えなければ意味がない。
この数日、回避できても攻撃手段がなく徐々に追い詰められるという敗北パターンを繰り返していた。
どうすれば杖を奪えるか。
いいアイデアが浮かばないまま特訓は四日目を終えた。
「はぁ・・・」
肩を落としため息を零しながら帰路につく。
今日も大した成果を得られなかった。
今回は生成した木を足場にして跳ぶという方法で肉薄しようと試みた。
木を足場に跳び上がったまでは良かった。
だが、相手には空中を自在に飛び回る飛行魔法がある。捕まえようと伸ばした手は虚しく宙を切り、格好の的と化したシェニーはそれはもう気持ちがいいほど袋叩きにされた。
闘春祭まで後三日。
成果は得られなくともその時は刻一刻と近づいている。操作と集中の特訓が終わったら寝るまでにいい手を考えよう。
そう考えながら歩くシェニーの背を聞き慣れた声が呼び止める。
「シェニーちゃん!」
声だけでわかる。ルジーだ。
近づいてくる足音に振り返るとルジーが小走りで駆け寄ってきていた。
「今帰り?」
「うん。ルジーちゃんも?」
「うん。調整してたら遅くなっちゃって」
「前にも言ってたね。あれどうなったの?」
「もうすぐできるよ。できたら真っ先に見せるね」
「ありがとう!楽しみだなぁ・・・」
合流したルジーとおしゃべりしながら寮への道を歩く。
先ほどまで暗く沈んでいた気分もルジーとおしゃべりを楽しむうちに心も足取りも軽くなっていた。
最近は特訓で忙しくあまり会えなかったことから話は雑談から近況報告に変わる。
それすらも終わって会話が尽きてきた頃、ルジーが徐に切り出した。
「本当に、レンデリアさんと戦うの?」
「えっ?」
「昨日見たよ。エミー先生と特訓してるんでしょ?」
「見てたの!?全然気づかなかったよ・・・」
実習場は校舎からそれなりに離れた場所にあり、テスト期間でもなければ放課後に人が来ることはまずない。
まさかルジーが見ていたとは思わなかった。
「ごめんね」
「どうして謝るの?」
「私が食券を賭けたからでしょ?それならもういいよ。あの時はあぁ言ったけど、こんなになるまで頑張って欲しくない・・・」
ルジーの指が首筋を這う。そこにはこれまでの特訓でついた生傷の片鱗が刻まれていた。
それを見つめるルジーの目には悲しみの色がありありと滲んでいる。
「わたしこそごめん。また心配かけちゃったね」
幼馴染をまた悲しませてしまったことに胸が痛む。
ルジーの気持ちはよく分かる。軽い気持ちでやったことで大事な友達が傷つくのは誰だって悲しい。
だが、ルジーは一つ勘違いをしている。戦う理由は一つだけではないのだ
「心配してくれてありがとう。でも、ルジーちゃんこそ気にしないで」
「えっ?」
「好きでやってることだから、ルジーちゃんが責任を感じることはないよ」
「どうして?そんなに傷ついてまで勝ちたい理由って何?レンデリアさんに勝ってなんの得があるの?」
「うぇっ!?それは、えっと・・・」
理由を理解できないルジーが詰め寄ってくる。ルジーを安心させるにはその理由を答えるしかない。
だが、困ったことにどう答えていいかが分からない。
その理由がひどく私的なものだからだ。いくらルジーでも納得してくれないかもしれない。最悪の場合もっと悲しませることになる。
どうすればいいかと答えあぐねるシェニーに思わぬ助け舟が現れた。
「ミス・ドワルホルン。少しいいかな?」
ルジーは名前を呼ばれて振り返る。シェニーもそっちを見ると手にノートを持ったイーベルジュがこちらに近づいてきていた。
「イーベルジュ先生。こんばんは」
「こんばんは!」
「こんばんは。ミス・ローレリアも一緒だったか」
「はい!これから帰るところだったんです」
「そうか。呼び止めてすまなかったね」
「いいんです。私に何かご用でしょうか?」
「あぁ。これを返そうと思ってね」
そう言って手に持っていたノートをルジーに手渡した。それを受け取り表紙を見たルジーはあっと声を漏らす。
「これ、探してたんです!どこにあったんですか?」
「預かったまま返し忘れていたんだ。申し訳ない」
「いいんです。よかったぁ・・・」
ルジーにとってはよほど大切なものらしい。受け取ったノートを大事そうに抱き締めるルジーの表情は安堵に満ちていた。
(こいつ、どこかで見たような・・・)
「倒れてたわたしを助けてくれた先生です」
(あぁ、あの時の。・・・ん?)
言葉を止めたヴィレッタの視線がイーベルジュの右手に注がれる。視線の先には彼女がよくつけている特徴的な指輪が嵌まっていた。
「指輪がどうかしたんですか?」
(これ、どこかで見た気がするのよね・・・)
口元に手を当てて指輪を凝視するも答えは出ないらしい。眉間にシワを寄せてうんうんと唸るヴィレッタを見ているとイーベルジュが声をかけてきた。
「ミス・ローレリア。何か用かい?」
「えっ?いえ!なんでもないです!」
ヴィレッタに釣られて自分も凝視していたようだ。慌てて否定すると再びルジーに向き直った。
「ミス・ドワルホルン。今少し話せるかな?先日の課題のことで少し聞きたい事があるんだ」
「えっと・・・」
ルジーが横目でこちらを見る。気を遣っていることは感じ取れたが先ほどの質問を有耶無耶にする好機はここしかない。
「先に帰るね!おやすみルジーちゃん」
「うん。おやすみ、シェニーちゃん」
大きく手を振って別れを告げ、急いで寮へと戻った。
地獄のトレーニングをこなしつつ授業を受け課題をこなし、エミーと特訓する。
それがここ数日のルーチンとなっていた。
今日も今日とてそれらをこなして特訓に挑む。
特訓五日目。
明後日にはもう闘春祭当日だ。もう後がない。
魔法の特訓を終え、いよいよレンデリア対策の実戦が始まる。
「今日は絶対に取ります!」
「うん!その意気だよ!」
空に浮かぶエミーに力強く宣戦布告する。
当然無策の蛮勇ではない。今日のシェニーには秘策がある。
(手はず通りにいくわよ!)
「はい!」
エミーが杖を振って風の矢を放つ。ここまでは昨日と変わらない。
それを最小限の動きで避けつつ手で地面に触れ、地中から木を生やす。瞬く間に背の高い大木となった木は飛んできた風の矢を防ぐ盾でありシェニーを空へと誘う足場でもある。
ある程度矢を回避したところで更に木を増やす。
攻撃には呼吸のような緩急がある。ここ数日の戦いで分かったことだ。
最初は避けるので精一杯だったが、目と体が慣れてくると攻撃が緩まるタイミングが掴めてきた。
単に避けるのではなく攻撃が緩まる隙を見つける。それを意識することで反撃に転じれる時間を見つけられた。
今がその時だ。
「たぁっ!」
生成した木を蹴り上がるように登り、頂上の枝を足場に空へと跳ぶ。
自分を見下ろし優位に狩りを進めていた鳥と対等な高度に立つ。だが、これでは昨日の繰り返しだ。
「それじゃ昨日と同じだよ!」
向かってくるシェニー目掛けて風の矢が放たれる。
足場のない空中。ここで攻撃されれば回避はまず不可能。昨日はそれで敗北した。
だが、今日は違う。
(今よ!)
「はい!」
ヴィレッタの合図で両手を大きく広げ、腕から直接蔦を複数生成して伸ばす。
そして腕と腰を思いっきり捻って体を回す。
長く伸びた蔦は遠心力によってシェニーごと高速で回転し、空中で体勢を変える。
シェニーを狙った矢は当たることなく空を切った。
「なっ!?」
思わぬ方法で矢を避けられ目を見開くエミー。想定外の事態に固まったその一瞬で勝機を手繰り寄せる。
「ここだぁっ!」
右手を突き出すようにエミーに向ける。その両腕に先ほどまで伸びていた蔦はない。
血唱術は血の魔力を使う魔法。
魔力の操作と集中を学び魔力の移動を難なくできるようになれば理論上体のどこからでも魔法を発動することができる。
そして血の魔力によって作られた木は生物であると共に魔力で形作られた被造物である。創るのも消すのも自由だ。
今度は右掌から蔦を伸ばす。
掌から伸びた複数の蔦は網のように広がってエミーを包み込む。
相手を囲い込む蔦の牢。空を飛べても閉じ込められれば逃げられない。
だが、易々と思い通りにはならない。エミーは包囲を狭める蔦に動じることなく杖を向ける。
「
詠唱と共に蔦が細切れになる。
鋭利な風の刃を飛ばして対象を切断する風魔法だ。風の刃はシェニーに当たることなく蔦の牢獄だけを切り刻む。
こうもあっさり突破されるとは・・・。
「残念だったね」
「いえ。作戦通りです!」
「えっ?」
右手の蔦は完全に切り刻まれた。だが、蔦は一本だけではない。
怪訝な表情を見せるエミーに軽く会釈し、後ろ手に隠していた左手を見せる。
その掌からは糸のように細い蔦が伸び、エミーの左足に巻きついていた。
「しまっ・・・!」
「まだまだぁっ!」
細い蔦に全体重をかけてエミーにぶら下がる。想定外の加重にエミーが体勢を崩す。
その隙に再び右手を突き出した。
今度は蔦ではなく細長い木を生成し、寸分狂わずまっすぐに伸ばす。
狙いはエミーの右手。蔦が巻きついているため避けることはできず反撃も間に合わない。
「旋風の・・・っ!」
勢いよく伸びた木が反撃の呪文を詠唱しかけたエミーの手から杖を弾き飛ばす。
杖が手元から離れたことで飛行魔法が効力を失い、二人の体は重力に従い落下していく。
「やったぁ!やりましたよ先生!」
(上出来よ。及第点ってとこかしら?)
「えへへっ」
(で?どうやって降りるの?)
「・・・えっ?」
勝利に浮かれる時間は一瞬で終わり、ヴィレッタの言葉に現実に引き戻される。
エミーの手には杖がなく、木の魔法しか使えないシェニーでは空を飛べない。
はっきり言って詰んでいる。
「ど・・・どうしましょーーーっ!!?」
(そんなことだと思ったわよ馬鹿ーーー!!)
いくら叫んで後悔したところで現状は何も変わらない。
「エミーちゃん助けてぇーーっ!」
「もぅ。本当に無茶しかしないんだから・・・」
呆れたようにため息をつくと羽織っていたローブの左ポケットからもう一本の杖を取り出した。
「遊天の羽衣!」
飛行魔法が発動し、全身が心地いい浮遊感に包まれる。落下は中空で停止し、二人はゆっくりと地面に降り立った。
永遠とも思えた落下の感覚から解放されて地上に帰ってきたシェニーはしばし呆然と座りこんでいた。
「大丈夫?」
「はい・・・」
「今回はどうにかなったけど、もうこんな無茶しちゃダメだよ?」
風の刃で足に絡みついた蔦を切断しながらシェニーの無茶に釘を刺す。
その様子をぼーっと眺めていたがようやく思考が状況を理解する。
そして弾かれたように立ち上がり、エミーに勢いよく抱きついた。
「・・・エミーちゃん。あ、ありがとぉーーーっ!!」
「きゃあっ!?」
「エミーちゃんは命の恩人だよ!本当にありがとう!!」
「ちょっ、苦し・・・!」
女子の中でも比較的長身なシェニーと教師とはいえまだ幼い子供なエミー。抱きしめられたエミーはなすがままにもみくちゃにされていた。
「もぉーー!離して!」
「あっ、ごめんね」
エミーの一喝で解放する。
解放されたエミーはしばらく恨めしそうな顔を向けていたがすぐに気を取り直して手を差し出す。身を屈めると小さな手が優しく頭を撫でてくれた。
「おめでとう。最初はどうなるかと思ったけど、あそこまでできるなんてびっくりだよ」
「えへへっ。こちらこそ、特訓に付き合ってくれてありがとうございます」
「悩める生徒を教え導く。教師として当然のことだよ」
「エミーちゃんかっこいいです!」
「だから先生だってば!」
二人は顔を見合わせて笑い合う。一つの課題を乗り越えた喜びをひとしきり共有したところでエミーは頭から手を離し、地面に杖を向ける。
「堅牢なる大地よ ここに集いて我らを守りたまえ。|
エミーの呪文に呼応して地面から何かが生えてくる。城門のように巨大な土の壁だ。
それも一枚ではない。最初の壁から等間隔に壁が出現し、最終的には十枚もの巨大な壁が行く手を阻むかのように聳え立つ。
「すごい・・・。これ、何に使うんですか?」
「シェニーちゃん」
「はい?」
「今から見せる魔法をもしレンデちゃんが使ってくるようだったら・・・」
ここで言葉を切って沈黙する。そしてシェニーの目をまっすぐ見つめながら断言した。
「迷わず降参して」
「えぇっ!?どうしてですか?」
「見ればわかるよ」
エミーはそう言って壁と対峙する。左掌を上に向け、そこに杖を向ける。何が始まるのかと首を傾げるシェニーの前でその詠唱は始まった。
光陰矢の如しとはよく言ったものでシェニーの決意から闘春祭開幕までの時間はあっという間に過ぎていった。
そして迎えた闘春祭当日。
闘春祭は二日にわたって行われる。一日目は一年から四年、二日目は五年から六年生が決闘を行う。
会場は学園に隣接する競技用の闘技場。
普段は思い思いに休日を過ごす生徒達だが今日ばかりは闘技場に詰めかけていた。場内は生徒達で埋め尽くされ熱気は最高潮。
試合が始まる度に歓声が湧き、勝っても負けても相手への尊敬の理念を忘れず惜しみない称賛を送る。
「勝者!ストラリーチェ・パナック!!」
「ゴリウッホが負けた!?」
「なんだよあの三年!?」
遠い昔の校長が唱えた理念が形になったかのような空間がそこにはあった。
決闘と大仰な呼び方をするがその実まともな試合になるものは多くない。
ある試合では力量差がありすぎて開幕で勝負がつき、またある試合では習いたての魔法で精一杯戦う微笑ましい光景が見れたりと戦いの質は千差万別だ。
まだ本格的な魔法を覚えていない三年生までの決闘は早々に終わり、いよいよ四年生の決闘が始まろうとしていた。
その最中、ルジーは不安げに客席を見渡していた。
「シェニーちゃんどこぉ・・・?もうすぐ始まっちゃうのに」
不安の種はシェニーの不在。
今朝方部屋まで起こしに行ったがその姿はなく、今に至るまでシェニーに会えていない。
友人にも訊ねたが誰も見ていないとのことでルジーの不安はますます募る。
「シェニーちゃん・・・」
何かあったのだろうか?まさか特訓で大怪我を・・・?
嫌な考えが頭をよぎり咄嗟に頭を振る。
思い出すのはあの夜に見た生傷。
戦ってもらいたかったがあんなにボロボロになってまで頑張って欲しかったわけではない。
ちょっと戦って負けてくれればそれでよかったのだ。
戦ってくれなければ食券を賭けた意味がない。しかし大事な幼馴染が必要以上に傷つくのは本意ではない。
生半可に戦って傷つくくらいならいっそこのまま不戦敗になった方が・・・。
思わぬ誤算に頭を悩ませている間にも試合は進み、ついにその時が訪れる。
「これよりシェリンドル・ローレリアとレンデリア・ユフェルコーンの決闘を始める!!」
審判が高らかに宣言すると歓声は最高潮に達した。
「始まっちゃった・・・!」
急いでリングを見るがシェニーの姿はなく、レンデリアが悠然とその時を待っているだけだった。
姿を見せないシェニーに観客がにわかにざわつき始め、ついに審判が右手を高々と上げる。
「シェエリンドル・ローレリア不在により、レンデリア・ユフェルコーンの不戦しょ・・・」
「待って下さーーーーい!!!」
審判の声を遮るほどの大声が闘技場に響き、空から一筋の流星が降り立った。
早起きしたシェニーはその足でエミーを訪ね、ウォーミングアップを兼ねた最終調整に付き合ってもらった。
エミーが繰り出す風の魔法を目と体で覚え、思いつく限りの戦術を検証したりと時間の許す限り可能性を模索し続けた。
仕上げは万全・・・というところであることに気づく。
夢中になるあまり時間を忘れてしまっていたのだ。
慌てふためくが後の祭り。
闘技場と実習場は反対方向にあり走っても間に合わない。どうすればいいのかと途方に暮れるシェニーに手を差し伸べてくれたのがエミーだった。
飛行魔法で送ってくれたエミーのおかげで闘技場に降り立ったシェニーは静まり返った闘技場をぐるりと見回す。先ほどまでの歓声は成りを潜め、何が起きたかわからないという沈黙に包まれていた。
「ミス・ローレリア。遅刻は感心しないな」
「すみません・・・」
審判を務める教師、セイスタット・クリアスタに諌められ素直に頭を下げる。
2mはあろうかという筋骨隆々の巨漢だが担当科目は天文学。
その意外性と実直で真摯な性格から生徒からの信頼も厚い教師の一人だ。
「ごめんね、レンデリアさん。待った?」
「はい。お待ちしていました。迷いは晴れたようですね」
「うん。やっとわかったからね」
「・・・?」
「シェリンドル・ローレリアは『なんか』じゃない!」
胸に手を当てレンデリアをまっすぐ見据えて言い放つ。その言葉がお気に召したのか、レンデリアの口元がわずかに綻んだ。
「手加減は致しません。お覚悟を・・・」
「うん。全力でやろう!」
「これよりシェリンドル・ローレリアとレンデリア・ユフェルコーンの決闘を始める!始め!!」
開始の合図と共にシェニーは地面を力いっぱい踏みつける。
次の瞬間、地面を突き破って芽吹いた大木がレンデリアを覆い尽くした。その場にいる誰もが予想しえなかったであろう光景が眼前に広がっていた。
「何?どうなったの?」
「木?」
「レンデリアさんは?」
レンデリアがいた場所には五メートルはあろうかという大木がそびえ立ち青々と葉を茂らせている。
突如現れた認知の異物は観客が許容できる理解の範疇を超えていた。だがそれを起こした当人は勝利に拳を突き上げるでもなくただじっと大木を注視している。
警戒は的中。大木が内側から爆ぜ、羽化した蝶が飛び立つようにレンデリアが飛び出した。
「お見事です。これほどの木の使い手は見たことがありません」
(そう思うならちょっとは痛がりなさいよ)
「えへへっ、ありがとう」
「次はこちらから・・・旋風の嚆矢!!」
詠唱と共に杖を振る。魔法によって作られた旋風の矢が背後の空間に出現し、シェニー目掛けて射出された。
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