二限目 成果は一日にしてならず 後編
昼の決闘後、学園内は大騒ぎとなった。
上級生が下級生に薬を盛り私欲のために決闘を挑むという暴挙は瞬く間に学園中に広まり、即座に事実確認が行われた。
カップのすり替えを行った生徒は協力しなければ家を潰すと脅されたと自供し一週間の停学。
主犯のルースは容疑を認め退学となった。
生徒も教師も立て込んだ一日となり、ようやく魔法の特訓に着手できるようになった頃には夜も更け、寮で消灯を待つのみという状況になっていた。
(さぁ、魔法のレッスン始めるわよ!)
「はい!」
(まずは基礎から説明するわ。準備はいい?)
「はい!しっかりメモし・・・あれぇ!?メモ帳がない!?」
メモ帳を取り出そうとしたが定位置であるローブのポケットにその姿はなかった。
「えぇっ!どこ!?どこいっちゃったの!?」
鞄をひっくり返し、文机の引き出しを隈なく探し、ベッドの下も覗いてみたがメモ帳は影も形も見当たらない。
(どっかに落としたんじゃない?)
「そんなぁ・・・お気に入りだったのにぃ」
肩を落として項垂れるシェニーをヴィレッタは一喝する。
(なら別のを使えばいいでしょ!時間ないんだからさっさとしなさい!)
「はい・・・」
シェニーが力なく座ったところでヴィレッタは咳払いして話し始める。
(始めに一番大事な事を教えるわ)
「はい!」
(魔法を使うために勉強した知識全部捨てなさい)
「えっと、知識を全部捨て・・・えぇっ!?」
あまりにも予想外な言葉に素っとん狂な声を上げる。
「捨てちゃうんですか!?」
(
「ばんしょーれいじゅつ?」
(はっきり言うわ。あんたの体じゃ万象礼術は使えない。努力は認めるけどね)
そう言って部屋の一角にある本棚とテーブルに視線を移す。そこには魔法の特訓のために買い集めた参考書等が所狭しと並べられていた。
(前々から気になってたけど、よくこれだけ揃えられたわね。あんたの家金持ちなの?)
「一応領主の娘です」
(・・・はぁっ!?あんた貴族だったの!?・・・貴族)
意味深にぽつりと呟いたかと思えば俯いて肩を震わせ始めた。どうしたのかと顔を覗き込んだ次の瞬間、ヴィレッタの大笑いが部屋中に響き渡った。
(あーーはっはっはっはっは!!貴族!?あんたが!?特別入学の平民だと思ってたわ!)
「笑うことないじゃないですか!」
(ふふっ・・・!もうだめ・・・!笑いすぎてお腹痛くなりそう。じゃあ何?パーティーにドレス着て行ったり踊ったりするわけ?)
「えっと、はい」
(あはははっ!!馬子にも衣装ってこのことね!!)
「ひどい!?」
シェニーが貴族だという事実は予想以上にツボに入ったらしい。ヴィレッタの声なき笑い声は彼女が笑うのに飽きて気を取り直すまで続いた。
(これから学ぶのは
「けっしょーじゅつ?あの、魔法って二つあるんですか?」
(説明が面倒ね・・・。体貸して)
「はい!」
入り込んでくるヴィレッタを手を広げて受け入れる。
乗り移ったヴィレッタはとても綺麗な字でメモ帳に何かを書き始めた。
「まずは万象礼術。あんたらが魔法って呼んでる技法よ。これは自然界に存在する火や水、風等の魔力に魔道具である杖や詠唱で働きかけることでそれらを操る魔法なの。ここまでは知ってるわね?」
(はい!)
「属性の知識と杖の扱い方、対応する呪文さえ覚えられれば理論上は使えるわ。でもあんたは使えなかった」
(・・・)
突きつけられた事実に黙り込む。だが、次の言葉で暗澹とした前途に一筋の光明が差す。
「その理由は一つ。あんたの血に宿る魔力が強すぎて万象礼術の術式に干渉していたからよ。あれじゃ何百回やったってできっこないわ」
(・・・っ!!もしかして、その血の魔力?っていうものが使えたら魔法が使えるんですか!?)
「ご明察。血の魔力、それがこれから教える血唱術の動力よ」
次のページを開き新しい情報を書きつける。
シェニーにとっては見るも聞くも初めてな知識だったが要点を抑え簡潔にまとめてくれているおかげでするすると頭に入ってきた。
「血唱術は簡単に言えば自然界に存在する魔力ではなく生物に備わっている血に宿る魔力、血の魔力を使う魔法よ。血の魔力の総量は先天的に決まっている、直接使うから消耗が激しくコントロールが難しい、使える属性は血によって決められていて汎用性がないと難点はたくさんあるけど入門の身体強化だけならコツさえ掴めば誰でも使えるわ」
(誰でも!?すごいです!)
「自然界の魔力に干渉するっていう基本原理はどっちも同じだけど万象礼術は杖と呪文を介して自然界の魔力を動かす魔法。血唱術は血の魔力で動かす魔法。だから杖も詠唱もいらないわ」
(はい!・・・えっ!?無詠唱で使えるんですか!?)
「その分操作が難しくて扱いづらいんだけどね。ここまでで質問は?」
(血唱術ってどうやって使うんですか?血の魔力を使うって言われてもよくわからなくて・・・)
「何言ってんの?毎日使ってるじゃない。何のために基礎練やってたと思ってんの?」
その言葉にこれまでのことを振り返る。ヴィレッタから教えられたのは魔力を使った身体強化だけ。
(もしかして、あれが血唱術だったんですか!?)
「正解♪血の魔力は体と密接に繋がってる。だから体を鍛えつつ魔力のコントロールを体に覚えこませる必要があったのよ」
(そんなことまで考えてたなんて・・・ヴィレッタ先生すごいですっ!)
「はんっ!当然でしょ?でも驚いたわ・・・まさか四日で魔力の集中ができるなんて」
(魔力の集中?)
「発熱薬の匂いよ。鼻に魔力を集中させて嗅覚を強化したんでしょ?」
(はい!)
「やるじゃない。部分的な強化はかなりの高等技術よ」
(そんなにすごいことだったんですか!?)
咄嗟に取った行動だったがどうやら一般的な技術ではなかったらしい。
「これは期待できそうね。今から言う通りにやってみなさい」
(はい!)
ヴィレッタは体を離れてシェニーの傍らに戻る。
(まずは魔力の操作と集中からやるわ。簡単に言えば思い通りに魔力を動かす練習よ。利き手を開いて上に向けなさい)
「はい!」
(その掌の中心に魔力を集中させる。最初は小さな玉を作るイメージで。いきなりは難しいから少しずつ慣らしていきましょう)
言われた通りに右手を開いて上に向け、掌の中心に魔力を込める。
四日という短い時間だがほぼ毎日のように身体強化をかけて過酷なトレーニングを行ってきたおかげでどこに魔力を移動させればいいかは感覚的に掴めてきていた。
イメージするのは掌の上を漂う水。
指の隙間や縁から零れ落ちようとする水を溢さないよう手を傾ける感覚で中心に集めていく。
魔力を集めるうちにまとまりのない水は次第に形を変えてヴィレッタの言う小さな玉を形作った。目には見えないが玉が掌を転がる感覚がある。
「できました!」
(えっ、一回で?・・・じ、上出来よ。もしかしたらあれもできるかもしれないわね)
「あれ?」
(ダメ元でやらせるか・・・。シェニー、次は
「物質化?」
(血の魔力を対応する属性の物質へと変換する方法よ。例えばあんたの血の魔力が火の属性を持ってたら魔力が火に変わるわ。これは血唱術だけしか使えない魔法よ)
「それって、何もないところから土とか水を出せるってことですか?」
(理論上はね。言っておくけど、物質化は血唱術の中でも難度の高い高等技術よ。血の魔力の扱いももちろんだけど万象礼術同様属性の知識と理解が必要になるわ。ある物を動かす万象礼術と違って無から生み出すわけだから消耗も激しいしコントロールも難しい。私の時代でも物質化を使える人間はかなりの使い手と見なされてたわ)
ヴィレッタの金言を胸に刻みながら掌に集めた見えない魔力をじっと見つめる。
魔法一つ使えなかった自分にそれができるのだろうか?
(安心しなさい。私だっていきなりできるとは思ってないわ。まずは目を閉じて色々なものをイメージしなさい。その中で魔力が沸き立つものがあったらそれを思い浮かべながら魔力を動かして)
「はい!」
(動かすイメージは一番やりやすいと思う方法でいいわ。例えば、集めた魔力に火をつけて燃やすとか竜巻に変えるとか)
言われた通りに目を閉じ、様々なものを思い浮かべる。
まずは学園で教わるお馴染みの四大魔法。燃え盛る火、揺蕩う水、流転する風、荘厳なる土。
そのどれもが違うらしく掌の魔力は未だ手の上で揺れ動いている。
ルジーがよく使う鉄や前に本で読んだ雷、風の応用魔法である音、水の応用魔法である氷。
基本だけでなく応用分野にも手を広げるがやはり魔力は沸き立たない。
ひょっとしたら、もしかしたら・・・。
実らないアプローチが暗雲となり心に影を落としていく。
だが、心は矛盾するものだ。
理由をつけて魔法が使えない言い訳を並べ立てる自分もいればやっと掴んだ一筋の光明を死に物狂いで握り締める自分もいる。
ようやく掴んだ可能性。その先に待つ未知に目を輝かせるその姿は曇りかけたシェニーの心を奮い立たせた。
諦めずにあらゆる属性を試し続ける。始めてどれだけ時間が経っただろうか。
「・・・きた!」
(えっ?)
ついに魔力が沸き立った。
属性を自覚したシェニーはそれに合った最もイメージしやすいやり方で魔力を動かし始める。
それは成長する木。
掌を土、魔力を種と考え土に根を張った種は土を通じて体から魔力を吸い上げ次第に熱を帯びる。
始めはほんのり暖かい程度だったそれが次第に熱くなり、あまりの熱さに思わず手離しそうになる。
手離さないよう耐え続けているうちに熱が治まり、質量のある何かが掌の上を転がった。
目を開けた先には小さな楕円形の木の実があった。
(物質化まで・・・!?)
「わぁっ!グンドリです!」
掌に生まれたのはシェニーもよく知るグンドリという木の実だった。
毒があって人間には食べられないが栄養価が高く、動物や魔物が冬を越すための栄養源として重宝している木の実だ。
(シェニー?)
「やっ・・・」
グンドリの実をじっと見つめたまま動かないシェニー。
それも束の間。肩を震わせ目を見開いたかと思うと消灯時間間近ということも忘れ歓喜の声を上げた。
「やったやったーー!!使えた!わたし、魔法使えました!」
(え、えぇ。そうね)
「うぅ・・・ぐすっ!やった、やったよぉ・・・!!」
(はぁっ・・・。泣くことないじゃない)
泣き出したシェニーをヴィレッタは呆れたように見下ろしていた。
このグンドリの実に込められた意味は並大抵のものではない。
一年生から今日まで一度たりとも魔法を使えたことがなく、信じて寄り添ってくれた人達の期待に応えられない自分に膝を抱えたことが何度もあった。
それでも、それでもと歯を食いしばり研鑽を続けてきた結果こそがこの小さなグンドリの実なのだ。
(あーもう!これから嫌ってくらい使うのよ!?一々泣かれてたらきりがないじゃない!ほら、続けるからさっさと泣きやみなさい)
「ぐすっ・・・はい」
ハンカチで涙を拭ったところでヴィレッタが口を開く。
(木の実ができたってことはシェニーの血は木属性みたいね)
「やっぱり木なんですね。ってことはお花とかも作れるんですか?」
(えぇ。・・・でも、難儀なの引いたわねぇ)
自分の属性がわかって喜ぶシェニーとは対照的にヴィレッタは複雑な表情を浮かべていた。
(知っての通り、魔法で大事なのは構造理解。火や風がどうやって起きてどんな動きをするかを深く理解しなくちゃ使い物にならないわ。取り分け木の難易度は全属性の中でも異次元。植物がどうやって生まれてどんな形に育つかを完全に把握しなければ花どころか種すら作れない。これからはトレーニングと平行して植物の知識もつけていくわよ)
「フランフィラ、クレメリア、リンモクドウ、センドルセン・・・わぁ!季節のお花勢ぞろいです!ほら!全部生花ですよ!」
(・・・待って!?私の理解置いてかないで!!)
「ひゃあっ!?」
突然叫び出したヴィレッタに驚き危うく生み出したばかりの花々を落としそうになった。
「えっと・・・私、何かしちゃいました?」
(言ったわよね!?木の難易度は異次元だって!グンドリ一個で泣いてたのは何!?なんで説明した傍からポンポン花出せるの!?花一本作るのだって花の一生知り尽くしてなきゃできないのよ!?)
「多分実家のおかげだと思います」
(実家?)
「うちの領地は農業が盛んで自然豊かな場所なんです。わたしも子供の頃からそんな自然に触れて暮らしてきました。領地の人達から色んなことを教わって自分でも調べるうちに植物にちょっと詳しくなったんです」
(育った環境があんたの魔法にうってつけだったってこと?どんな幸運よそれ・・・)
「自慢になっちゃうんですけど魔法薬で学年首位取ったこともあるんですよ」
(嘘でしょ!?だからあんなに詳しかったのね)
「えへへっ。勉強してきたことが役に立って嬉しいです♪」
(もしかして、とんでもない奴引き当てた?)
あまりにも規格外な存在に頭を抱えるヴィレッタの思惑などつゆ知らず、シェニーは鼻歌混じりに魔法で花を量産していくのだった。
「ルジーちゃん!」
魔法の特訓を始めてから早二日。シェニーは本を抱えて廊下を歩いているルジーに声をかけた。
「シェニーちゃん。どうしたの?」
「えっと、食堂でのこと謝りたいなって」
「食堂?」
なんのことかわからないと首を傾げるルジーにシェニーは勢いよく頭を下げる。
「本当にごめんなさい!」
その様子をきょとんとした様子で見つめていたルジーはすぐに柔和な笑顔を浮かべた。
「・・・あぁ。もういいよ。全然気にしてないから、ね?」
「ルジーちゃん・・・ありがとぉっ!!」
「きゃっ!もぅ、シェニーちゃんったら」
感極まって抱きついてきたシェニーをルジーは優しく抱きとめる。仲直りの抱擁をひとしきり終えて離れるとシェニーはルジーの前に開いた右手を差し出した。
「・・・?」
「見てて!」
何が起きるのかと疑問符を浮かべるルジー。その目の前でシェニーの掌から小さな芽が生えてきた。
「えぇっ!?」
目を丸くするルジーをよそに芽はどんどんとその背を伸ばし、やがて蕾をつけ大輪の黄色い花が開花した。
「魔法使えるようになったんだ!すごいでしょ?」
花に負けない満面の笑みと共に花を差し出す。
ルジーはそれを困惑したように見つめながら聞こえないくらいのか細い声で呟いた。
「えっ?なんで・・・」
「えっ?」
「・・・す、すごーい!すごいよシェニーちゃん!!これクレメリアだよね?」
「ルジーちゃんにあげる!クレメリア好きだったよね?」
「ありがとう!大事にするね」
黄色い花を手渡すと花に負けずとも劣らない大輪の笑顔が花開いた。
あの時の事を謝れて喜んでいるとルジーがあっと小さく声を漏らす。
「魔法が使えるなら
「うぇっ!?無理無理!まだお花出すくらいしかできないよ!」
「参加するだけしてみようよ。まだ時間あるし、シェニーちゃんは頑張り屋さんだからもっとすごいことできるようになってると思うな」
(とうしゅんさい?何それ?)
その言葉に食いついたヴィレッタにしまったと顔に手を当てるが後の祭り。
説明しろという無言の圧に観念して説明することにした。
「簡単に言うと参加した生徒同士が決闘する春の恒例行事です。わたしは魔法が使えないから毎年見学し・・・」
(出なさい。特訓の成果を見せるチャンスよ)
「でもまだお花しか出せな・・・」
(教師命令)
「・・・はい」
有無を言わさぬ横暴な圧力に負け、シェニーの闘春祭出場が半ば強引に決定した。
闘春祭の参加は至って簡単。
指定された用紙に名前を書き、この時期だけ学園のエントランスに設置される学年ごとの投票箱に入れるだけ。参加すると箱がその時点でエントリーしている生徒達の中から無作為に相手を選んで対戦カードを組む。
学年ごとに分かれているのは同学年としか決闘できないというルールがあるからだ。
ヴィレッタとルジーに参加を促されたシェニーは生まれて初めて用紙に名前を書いて箱に入れる。
「い、入れちゃった・・・」
「ドキドキするね」
「もぅ、他人事だと思って・・・」
(死ぬわけじゃないんだしいいじゃない。今のあんたならこの眼鏡程度なら簡単に倒せる。家庭教師として私が保証するわ)
「先生・・・!」
他愛もない会話をしながらその時を待っていると突然箱の穴から青と緑の煙が吹き上がった。
「わぁっ!なになに!?」
「決まったみたいだね」
次々とあふれ出る煙はエントランスの天井付近まで立ち上っていき、道行く生徒達も立ち止まってそれを眺めていた。
「あの色・・・四年生か!」
「誰が当たるんだ?」
ギャラリーがざわめきだしたところで青い煙は徐々に形を変え、規則正しく並んだ文字へと姿を変えていく。
「シェリンドル・ローレリア。わたしだ!」
「相手は・・・」
青い煙が描くシェニーの文字。そして緑の煙も文字へと変わっていく。
浮かび上がったその名前は、
レンデリア・ユフェルコーン
「「・・・えぇーーーーーっっ!!!??」」
(あいつ同級生だったの?)
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