第130話

 洗い物を終えてから、ボクちょっと買い物行って来るね〜って、実くんは出掛けて行った。



 政さんが今日はどうしても魚料理が食べたいらしく、そのリクエストに応えるべく、少し離れたところにある商店街の魚屋さんに。

 政のワガママなんか聞かなくていいのにって宗くんは言ったけれど、いいのがなかったらスルーするから大丈夫って、暑い中出掛けて行った。



 また宗くんとふたりきりになったうち。僕の部屋。

 静かな部屋で、何となくベッドを背もたれにして床に並んで座って、何となく手を繋いでいた。



「さっきの、嬉しかった」



 しばらく黙っていた後、こてんって宗くんが僕の肩に頭を乗せてぼそっと言った。



 さっきの?って宗くんを見ようとして、すぐそこに宗くんの頭があったから、ちょっとかわいいかもって、僕はそのまま宗くんの頭にキスをした。



「菊池に言ったやつ。『宗くんは僕を裏切ったりしない』って」

「僕も嬉しかったよ?あおちゃんに『死ぬまで死ぬほど………』って言ってくれたのも、『明はイヤなことはちゃんとイヤって言える。俺の本気を、罪悪感があるから受け入れるなんてことはしない』って言ってくれたのも」

「………だって、そうだし。だって、そうだろ?」



 そうだし、は、死ぬまで、死ぬほどで、そうだろ?は、宗くんの本気を、罪悪感があるから受け入れるなんてしない。



 何だろう。



 僕の中の何かが壊れたみたいに、宗くんへの気持ちが溢れて来ている気がする。



 僕はもう一度宗くんの頭にキスをして、宗くんの頭にほっぺたを寄せた。

 ん?って穏やかな声。どうした?って。



 これは、僕とふたりで居るときだけの声だ。

 穏やかで甘みが加わった声。



「あおちゃんにもこんな人があらわれたらいいのに」



 そう思わずにはいられない。

 恋愛はしないなんて、言わずに。



「こんな人?」

「好きって気持ちが溢れて止まらない人」

「………」



 僕の言葉に宗くんは黙って、僕の肩に乗せていた頭を起こした。

 そのまま至近距離で見つめられる。見つめられた。繋いでいない方の手で、ほっぺたに触れられた。



 どきどきする。

 宗くんのこの目でじっと見られると。



 好き以上、大好き以上を語る、宗くん目。



 僕も繋いでいない方の手で、宗くんの目元に触れた。



 どきどきする。

 どきどきするのに落ち着く。ここだ、この人だって、僕の全部が安心して安堵して、そして歓喜する。



 あおちゃんにも、こんな人が。



 ふっと、ものすごい至近距離で宗くんが笑った。笑んだ。



 この顔も、僕とふたりのときにしかしない顔。僕だけが知っている顔。



 僕は少しだけ顎を上げて、ものすごい至近距離にある宗くんの顔の宗くんの唇に、一瞬の、触れるだけのキスをした。

 宗くんはそれにびっくりして、僕だけの笑みを深くした。



「明は本当、昔からキス好きだよな」



 宗くんは呟くようにそう言って、僕に、僕の唇に、宗くんの唇を乗せた。



 僕の中の何かが壊れたみたいに、こんこと溢れ出る湧き水みたいに、溢れる気持ち。



「違うよ」

「………違わねぇだろ」

「違う」

「違うの?」

「僕は………宗くんが好きなんだよ」



 言った瞬間、僕は床に押し倒されて。



 実くんが帰って来るまで、窒息しそうな、とけそうな、蕩けそうな、甘くて激しいキス攻撃を受け続けた。

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