第127話

「………バカじゃね?」

「あおちゃん」



 静かになった後、あおちゃんが俯いてぼそっと言って、さすがにそれはと思って思わず呼んだ。



 あおちゃんが個人的に宗くんのことを好きになれないなら仕方ない。人間にはどうしたって合わない相手がいる。

 宗くんもあおちゃんも僕にとっては大事な存在。だから、仲良くしてくれたら嬉しいけれど、それを押し付けるのは違う。それはしない。



 でも、さすがに。



「ガキの頃に決めたから何だっつーの。明くんはそのガキの頃を覚えてねぇんだよ。なのにそうやってガキの頃持ち出して、わざと明くんの罪悪感煽って、明くんが断れないようにしてるだけなんじゃねぇの?」

「お前は明がそんなやつだと思うのか?」

「ずっと離れてたお前に明くんが分かんの?」

「分かる。明はそんなやつじゃない。明は、言い出すまでに時間はかかるかもしれないけど、イヤなことはちゃんとイヤって言える。俺の本気を、罪悪感があるから受け入れるなんてことはしない」

「………っ」



 あおちゃんがまた、言葉を失った。黙った。

 僕は僕で、宗くんは僕をそんな風に思ってくれていたんだって驚いて黙った。

 実くんは多分、敢えて黙ってくれている。これが僕たち3人の問題だから。



 続く沈黙。



「………あおちゃんには、分からないよ」



 それを今度は、僕が破った。



「………明くん、それ地味に効くからやめて」

「それは………ごめん。でも、分からない。そうでしょ?」

「………何でだよ。何がだよ」

「だってあおちゃんには、ができたことない」

「あおは………恋愛は、しねぇよ」

「うん。………僕は、確かに宗くんのことは覚えていない。でも、僕のどこかが覚えてる。僕ね、宗くんと居るとすごく落ち着く。安心する。宗くんを、この人だって、ここだって思うんだ」

「………」

「だからって、あおちゃんと居るのがイヤだとか言ってるんじゃない。そうじゃない。ただ、宗くんが………すごくすごく、自分でもびっくりするぐらい、特別」

「………今は気分が盛り上がっててそうでも、裏切られる日が来るかもしれない。ここまでしといて、ここまであおたちに言っといて、そうなったらどうすんだよ」

「どうもしないよ」

「は⁉︎」

「どうもしない。だって宗くんは僕を裏切ったりしないから」

「そんなの分かんねぇだろ⁉︎人生これからのが長いんだぞ⁉︎」

「………うん。でも、宗くんは僕を裏切ったりしない。それに僕は………宗くんにならいいよ」

「はあ⁉︎」

「僕は、宗くんになら裏切られてもいい」

「何言ってんだよ‼︎本っっっっっ気で本っっっっっ当バカじゃねぇの⁉︎」

「バカでいいよ。すごく感覚的なことだから、うまく説明できないし。とにかく僕は、宗くんは僕を裏切ったりしないと思っていて、もし仮に裏切られても、いいと思ってる。だからあおちゃん。いい加減機嫌直して。そんなことしてる間に夏休みが終わっちゃうよ?」

「〜〜〜〜〜っ」



 途中から、宗くんが僕の手を握ってくれていた。

 宗くんは僕を裏切ったりしないって言った辺りから。

 僕はそれに、やっぱりそうだよねって、思った。



 宗くんは、僕を裏切ったりしない。



 例え死ぬまで、死ぬほどって決めたのが保育園時代で、そんなのは小さい頃のことなんだからって、あおちゃんに、誰に、どんなに言われても。



 僕はそうは思わない。何度でも言う。



 宗くんは昔も今も本気でそう思っていて、当時の記憶はなくても、僕も同じように同じ気持ちを持っていたと思う。そしてそれは今も。



 じゃなければ説明ができない。

 ここだっていう、この人だっていう、この気持ち。



 僕も宗くんの手を、ぎゅっと握り返した。



「バカじゃねぇの⁉︎何で実くんは反対しねぇんだよ‼︎」



 宗くんや僕に黙らされたあおちゃんが、今度は実くんにその矛先を向けた。



 実くんはボク?って自分を指差して、そうだねぇってのんびりと言って。



「明くん、あの写真見せてあげたら?」

「写真?」

「ほら、保育園の。宗くんとふたりで写ってるやつ」

「………ああ」



 何でここで写真なんだろうと思いつつ、僕は宗くんの手からそっと抜け出して、宗くんとふたりで嬉しそうに写っている、保育園時代の写真を部屋に取りに行った。

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