第107話
「………明くん、病院行こうか」
実くんの静かな声に、僕は布団をかぶったまま頭を振った。
今日は土曜日。宗くんの剣道の試合の日。
確か今日は団体戦。
僕は剣道のことは全然知らないんだけど、政さんに聞いたっていう実くんから、何となくのルールを教えてもらった。
剣道の団体戦は5人。
その5人を、一番から順番に先鋒、次鋒、中堅、副将、大将と言うらしい。
勝った人数、もしくは面とか胴、小手なんかを取った本数が多い方が勝ち。この辺は少し素人には難しい。
宗くんは、三番手の中堅。
この中堅は、大将と同レベルや、大将の次ぐらい強さの人が選ばれることが多いと聞いた。エース的な。
二勝なら勝ちを決める、一勝一敗ならリーチを取る、二敗ならチャンスに繋げる大事なポジション。
頑張れ宗くんって、僕はお守りを作った。
先に簡単そうだった外袋から取り掛かった。
ネットで調べながら、それっぽいデザインを考えてフエルト生地で。
これはわりとすぐにできて、初めてにしてはそれなりのできだった。
苦戦したのはブレスレット。
そういえば光くんが手首につけていたなって思い出して、一緒に見に行けるか、行ってくれるか電話をしたときに聞いた。
もちろん、宗くんにお守りのブレスレットを作ろうと思ってってことも話して。
光くんがつけているのはミサンガというものだった。光一さんが光くんに買ってくれたものだけど、元は手作りだって教えてくれた。
光くんは試合も一緒に見に行ってくれると言ってくれた。
『明くん、無理しちゃダメだよ』とも。
ミサンガ作りは、初心者の僕には難しかった。なかなかうまく、納得のいくものができなかった。
金曜日の朝から作り始めて、作っては解き、作っては解きを繰り返した。
根を詰めれば詰めるほどうまくできなくて、時間がなくなってきて焦って失敗して、もっと簡単なものにすれば良かったのかもしれないと後悔した。
それでも諦めずに作って、納得いくものができたのは、いつもなら寝ている時間を大幅に過ぎた頃だった。
そこからお風呂に入って、布団に入ったけれど、今度は緊張で眠れなくて、そして。
………僕は久しぶりに、38度を上回る熱を出した。
どうして。
せっかく作った、できあがったミサンガを入れたお守り袋を持って、僕は小さい子みたいに泣いた。
どうして僕の身体はこんな風なの。どうしてほんの少し無理をしただけで熱なんか出るの。
これが今日じゃなければ、これが僕の身体なんだから仕方ないって思えた。でも今日はそんなこと思えない。思いたくない。
どうして。
布団をかぶったまま、声をおさえて泣く僕の頭を、実くんがふんわり撫でてくれる。
「病院、イヤ?」
優しい、柔らかな声。
それに僕は頷いた。
病院に行かないからって、応援に、これを渡しに行けるわけでもないのに。
「ボクが仕事を休んで渡して来るっていうのは?」
実くんからの提案。
それに僕は、少し悩んで首を振った。
自分で行けないなら、冴ちゃんは早番でもう出勤した後だから、実くんに頼むしかない。
でも僕は首を振った。
自分で渡したい。
渡せないのを承知で思う。僕が渡したい。宗くんに直接。
作ったのに。せっかく一生懸命作ったのに自分で渡せないなんて、実くんに渡してもらうなんて、そんなのイヤだ。
それに、実くんが渡したら何で僕が来ないのって宗くんは聞く。
僕が熱を出して寝ていると知ったら心配する。
そんなのイヤだ。試合を邪魔するようなことは、絶対にしたくない。
「どっちにしろ、今日は熱が少し高いから、仕事休むよ」
それにも僕は首を振った。
「ちゃんと寝てるから、仕事行って」
ひとりになりたい。ひとりにして。
今日はその優しさもツラい。慰めも聞きたくない。
泣いて震える声で言った僕に、実くんは少しの間黙っていた。
「………大丈夫だから」
「………分かった。じゃあ仕事行く準備してくるね」
今日は僕が絶対に言うことを聞かないって、諦めたんだろう。
実くんは小さく息を吐いて、もう一度僕の頭を撫でてから、部屋を出て行った。
キライだ。
僕のこんな、虚弱軟弱な身体なんか。
実くんが出て行ったひとりの部屋で、僕はううって、バカみたいに泣いた。
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