第108話
光くんに連絡しないと。
今日はせっかく部活が休みだったのに、僕が誘ったから予定を空けておいてくれている。
誘ったときの『僕でいいの?』って電話口の声は、光くんを誘ってよかったって思う声だった。僕の方が嬉しくなる声だった。
ベッドから起き上がって、机の上のスマホに手を伸ばした。
頭がくらくらする。暑い。頭が痛い。重い。
ヘッドボードには、実くんが置いて行ってくれただろう濡らしたタオルが、実くんが集めている陶芸作家さんのお皿に乗っていた。
僕はそれでありがたく涙と鼻水にまみれている顔を拭いて、深呼吸をしてから光くんに電話をした。
『もしもし、明くん⁉︎大丈夫⁉︎』
「………え?」
夏休み最初の土曜日だからのんびりしていて、もしかしたらすぐには繋がらないかなと思っていたのに、光くんはまさかのワンコールで電話に出た。
しかもそれだけでなく、大丈夫?って。
大丈夫って………何で。
「あ、えっと光くん………」
予想外の出方だっただけに、びっくりして言葉が続かない。
『あ、ご、ごめんね、明くん。えっと………おはよう』
「う、ううん。あの………おはよう」
そして今さら感満載の挨拶をすると、光くんの向こうで『おっはよー、めーいくーん』って、多分ノリからして天ちゃんさんの声。
『天ちゃん、ちょっと静かにしててっ』
『はーい、天ちゃんちょっと静かにしまーす』
『ごめんね、明くん。うるさくして。えっと、どうかした?』
光一さんと光くんで住んでいる部屋に、こんな時間から天ちゃんさんが居るって、仲良しだなあ、なんて、熱でぼんやりする頭でそんなことを思っていた。
血が繋がらない親子関係の、でも多分何か特別な関係の光一さんと光くん。
光一さんと親戚だという天ちゃんさん。
安易に聞けないぐらい、彼らは複雑そうで不思議な関係に見える。
『明くん?大丈夫?』
「あ………あの、あのね。ごめんなさい。僕、熱が出ちゃって」
『やっぱり⁉︎』
「え?」
『あっ…えっと‼︎めっ…明くんもしかしたらっ…ミサンガを一生懸命作り過ぎて、むっ…無理しちゃうんじゃないかなって‼︎思ってて‼︎』
電話にワンコールで出て、しかも大丈夫?とかやっぱり?とか。
何でだろうと思ったけれど、少し光くんの様子がおかしいなとは思ったけれど、光くんの説明に、そういうことかと納得でもあった。
『熱、高いの?』
「………8度5分」
『うわ、高い』
「………うん。だから今日、行けなくて」
気持ちとしては行きたい。
でも、気持ちだけでは行けない。
これで例え冴ちゃんか実くんが休みだったとしても、さすがにこの熱じゃ連れて行ってもらえない。
ここで無理をしたら、その後どれぐらい寝込まないといけないか。
きっと、それは結構な日数になるから。
ごめんねって、もう一回謝った声は、また込み上げてきた涙で震えた。
『………明くん』
「ごめんね、光くん。僕が誘ったのに、僕が行けなくてドタキャンで」
『ううん、僕は全然いいよ。大丈夫。明くんの方がツラいよ。熱もだけど、せっかく宗くんのために頑張ったのに………』
光くんの言葉に、込み上げてた涙がぼろっと落ちて、熱のせいもあって、それは後から後から続けて落ちた。
こんなに泣いたら、光くんが困るのに。
「………僕は、何でこんなに弱い身体なんだろう。ちょっと無理しただけでこんななんて………」
こんなことを言たって仕方ない。
しかも光くんに言ったって、光くんだけじゃなく、誰に言ったって仕方ない。
でも、今日は、今日だけは言わずにはいられなかった。心の底からこんな身体をイヤと思った。
『明くん、一回電話切ってちょっと待ってて‼︎』
「………え?あ、ごめん‼︎忙しいよね?もう切るよ」
『違う‼︎そうじゃなくて‼︎何とか宗くんに渡せないかなって考えるから‼︎ちょっと一回切って待ってて‼︎』
「………え?」
何とか、宗くんに。
え?って思っている間に、絶対待ってて‼︎って光くんは言って、電話は切れた。
僕は何が何だか分からなくて、通話が切れたにも関わらず、しばらくぽかんとスマホを耳にあてていた。
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