第96話
「でも、それが一緒に住まない理由にはならないですよね?宗くんにも言ったけど、ボクたちはむしろ持っていてくれてありがとう、なんだから」
向こうの部屋に行きましょうって、散々政さんも実くんも立ったまま話してから実くんに促されて、僕たちは冴ちゃんの寝る部屋兼居間に移動した。
「宗は昔から難しくて、兄である俺にもよく分からぬ」
「まあ、分かっていたらアナタがひとりのときにわざわざうちに上がるなんてないですよね」
「………それは………まあ………な」
「明くん、他に何か心当たりある?」
六畳の部屋に大人が3人と僕。
全員で集まるより人数が少ないのに、圧迫感を感じるのは、こうやって話を振られるからなのかもしれない。
3人の視線がまた、実くんの言葉で僕に集まった。
「………うん」
「あるのか⁉︎」
「………あ、あの、こっ…このネックレスを返してもらった日、僕が宗くんを覚えていないことを宗くんに伝えました。だからもしかしたら………」
それは、自分でも情けないぐらいの小さい声だった。
ごめんねって言って、たくさん言って、死ぬほど言って、それで思い出したり、宗くんが許してくれるならどれだけでも言うのに。
ううん。思い出したり許してくれなくても、どれだけでも言う。でも、宗くんが聞いてくれないなら、僕は誰にごめんねって言えば。
3人の視線から逃げるために、意味もなくテーブルに落とした視界の端に、顔を見合わせた冴ちゃんと実くんが映った。
「………覚えて、いない?明くん、覚えていないとはどういうことだ?」
「………ご、ごめんなさい」
「いや、ごめんなさいではなく、どういうことか教えてくれないか」
今日も僕はいつものように部屋と部屋の間辺りに座っているのに、一番奥に居る政さんからの圧的なものをうわっと感じた。
説明はボクがしてもいいですか?って、政さんの横、僕の前辺りに座っていた実くんが言ってくれて、僕の保育園時代の記憶が一部欠落していることを、宗くんのことを覚えていないことを政さんに話してくれた。
「………それを先日宗に話したということか」
政さんはテーブルに肘をついて、頭を抱えるようにして呟いた。
「………ごめんなさい」
「いや、謝ることではない。明くんは悪くない」
「そうだよ、明くん」
「それぐらい宗くんのことが大好きだったってことよ?」
「………でも」
でも、だよ。
もし逆の立場だったら。僕が忘れられてしまった方だったら。
………そう考えると。
あの、宗くんの部屋の写真を見ただけに、宗くんのにおいにどきどきと懐かしさと安心を感じただけに、それなのに覚えていない、忘れている、忘れられている、なんて。
「もう一度言うが、明くんは悪くない。それは宗も分かっているだろう。だが………そうか。それは………なるほど、ショックだな」
政さんの言葉に部屋はしんって静かになった。
ごめんなさい。
宗くんにも、辰さんにも冴ちゃんにも政さんにも実くんにも。
ごめんなさい。僕が身体も心も虚弱軟弱なばかりに。
好きでこんな風に生まれた訳ではない。僕だって普通に健康な身体で生まれたかった。
そしたら心だってこんなにも弱くなかったかもしれない。
………なんて、どれだけ言ったところで。
「宗のやつは本当に………明くん一筋できてたからな。明くんも自分と同じ気持ちだと思っていただろうし」
「宗くん、いつも明くんが見ていないところで明くんに、すごく熱い、でも優しい視線を送ってますからね」
「そうなのよねっ。もうもう愛しくてたまらない〜って感じのねっ」
「そう、それ」
「同感だ」
「………え?」
宗くんの話、だよね?
3人が何を言っているのか、急に理解ができなくなって聞き返した僕に、3人が同時に『え?』って言った。
その『え?』に僕もまた『え?』を返す。
「………宗よ、心中察する」
「え?」
「………なるほど」
「え?」
「………明くんってば罪な子」
「え?」
そういえば、前も宗くんが一途とか何とか。
「あのっ………何か時々、まるで宗くんが僕のこと恋愛感情で好きみたいに聞こえるのは、きっ…気のせい、だよね?」
言っていて、聞いていて恥ずかしくて、顔に熱が集まるのを感じた。
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