第97話

 どうやらやっぱりそれは気のせいだったらしく、3人が困ったように笑って目配せをしあっているのが分かって余計に恥ずかしかった。



 どうして時間は巻き戻らないのか。

 どうして一度発した言葉は消せないのか。



 恥ずかし過ぎて顔だけじゃなく、身体も熱い。



「………ちなみに明くんは宗のことをどう思っているのかと聞いてもいいだろうか」

「………え?ええっ⁉︎」

「ああ、もちろん無理にとは言わないし、ここで聞いたことは宗には言わない」

「どっ…どどどどうって………」



 そして集まる3人の視線。

 今日はいつも以上に僕に注がれる視線。

 いつもは僕以外で賑やかになることが多いのに。



「昔の記憶がないのに、宗におにぎりを作ってくれている。休みの日に一緒に出掛けてくれた。少なくとも嫌いではない。………と、兄としては思いたい」

「きっ…嫌ってなんかっ………ないです」

「………そうか。良かった。では、一緒に住むのはどうだろう。明くんは宗と住むのはイヤか?」

「そっ…それは………」



 宗くんは、黙っていると少しこわい。

 照れると不機嫌に見えるということが分かっても、鋭い感じの宗くんの目に黙ってじっと見られると、どきっとするし、落ち着かない。

 だからずっと思っていた。一緒に住んだらどうなるんだろうとか。



 ………でも。



 一緒に神社に行ったときは、そうでもなかった。

 不思議なことに、付き合いの長いあおちゃんと出かけるよりも、宗くんと出かけた時の方が疲れなかった。

 それは、宗くんが終始僕のペースに合わせてくれれいたから。こまめに休憩も挟んでくれたから。



 と言っても、あおちゃんが僕のペースを無視するというわけではない。あおちゃんだって僕を気にかけてくれて、合わせてくれる。

 ただ、そういうのが何故か宗くんの方が上手で。宗くんの方が。



「………僕、あんまり体力がなくて、すぐ疲れちゃんだけど………。この前、宗くんと保育園の近くの神社に行ったときは、そうでもなくて」

「………ほう」

「宗くんと一緒に居ると、何だか安心っていうか………居心地がいいって、思いました」

「なるほど」

「宗くんのにおいも、覚えていないのに、何だか懐かしくて」

「にっ………におい⁉︎においだと⁉︎宗のにおいが分かるほどに、ふたりは密着したということか⁉︎」

「え、えとっ………」

「………ちょっと政さん、興奮しすぎです。見て下さい。明くんドン引きしてますよ」

「え⁉︎あっ…す、すまない。つい………」

「どっ…⁉︎ドン引きなんてしてないよ⁉︎」



 においで反応になるものなの?って、びっくりしただけで。決して、引いては。



 ………実くんの視線が、痛い気がする。



「においはっ………えっと、自転車でふたり乗りをしたからでっ………」



 僕は咄嗟に、思わず、ウソをついた。



 本当は、宗くんのにおいは、政さんの言う通り、『密着』して分かったこと。

 でもそれはさすがに言えないから。



「ふたり乗りはやめようね。危ないからね」

「………ごめんなさい。僕もそう言ったんだけど」

「明くんは悪くない。ふたり乗りに関しては、宗のやつが乗れって聞かなかったんだろう」

「………な、何で分かるんですか?」

「昔そんなことを言っていた。大きくなったら明くんを自転車に乗せてやるんだって」

「………昔?………僕を」

「明は自転車なら気持ち悪くならず乗れるからって」

「………」

「うわ、宗くん、いじらしい」

「宗くんたらかわいい♡」

「………うむ。それには激しく同感だ」



 ………宗くん。



 やっぱり宗くんの言動に、僕の胸の奥が反応する。きゅっとなる。



 僕のどこかが宗くんを覚えていて、そこの部分が喜んでいるみたい。



 実くんと冴ちゃんの言葉に、腕を組んで満足そうに頷いていた政さんが、ふっと口元を綻ばせた。



「においが懐かしい、か」

「………はい。………ここだって、何でか、思いました」

「ここだ?」

「何がとか、僕にも分かりません。でも、ここだって、どきどきもするけど、すごく………安心できた」



 宗くんのにおいに感じたことを、僕はできる限り正直に話した。

 政さんは黙っていてくれると言ったし、黙っていてくれると思う。

 でももし、何かの弾みで宗くんの耳に入ってしまったら。

 そのもしのときに、ウソがないように。ウソじゃないように。

 恥ずかしいからって実際に感じたことと違うことを言って、それが元で宗くんを傷つけてしまわないように。



「………あら、明くんたら」



 うふって笑う冴ちゃんに、冴ちゃんって何かを制すような実くん。



「………?」



 恥ずかし過ぎて伏せていた顔を上げたら、冴ちゃんと実くんはにこにこと僕を見ていて、政さんは。



「政さん、変な人になってますよ」



 何故か上を向いて目元を覆っていた。



「………自覚はあるがすまない。いや………さすがキミの弟だ」

「明くんですか?ボクのかわいい弟ですけど、それが何か?」

「………まさかこの年で16才の少年に目を奪われるとは思わなかった」

「………はい⁉︎」

「ちょっと政さん⁉︎」



 何を言い出すの⁉︎ってびっくりしたのは実くんもらしく、僕たちはふたりで大きな声になっていた。



 僕たちの声に、政さんがそろりと、目元を覆っていた手を退けた。

 そしてそのままそろりと実くんを見た。



「………もしかしてキミも10代のときはこんなだったのか?」

「だから何で急にボクの話になるんですか⁉︎」

「ああ、すまない。明くんにキミが重なってつい。いや、さすが兄弟だ」

「だから何言ってるんですか‼︎ついって何⁉︎もう‼︎変なこと言い出すのは本当やめて下さい‼︎」



 やっと。

 やっといつものように僕以外で賑やかになり始めて、僕から意識がそれて、僕はちょっとほっとして、冴ちゃんはまたうふって笑った。

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