第95話
宗くんが新しい家に住まないと言っている。
理由を聞いても黙っている。
宗くんと僕で何かあったかと聞かれても。
あったと言えばあったし、なかったと言えばなかった。………と、思う。
「むっ…宗くんに、たろちゃんのネックレスを返してもらいました」
「ネックレス?」
ずっと持っていてくれた宗くんが袋を開けていなくて、中に何が入っていたか知らなかったのだから、たろちゃんのネックレスと言って政さんが分かるはずがない。
僕は慌てて、緑色のお守り袋をって言い直した。
言い直したら、あの袋の存在は知っていたらしく、ああ、あれかって。
「知ってるんですか?」
「知っているも何も………」
聞いた実くんに、政さんは一瞬、懐かしそうに笑って、引っ越してすぐの頃のことを話してくれた。
宗くんのお母さんは、実くんのお母さんの実家近くにある大学病院に入院した。
それは、その病院に宗くんのお母さんの病気の専門の有名な先生が居たから、とか、宗くんのお母さんがひとり娘だから、おじいちゃんおばあちゃんがお見舞いに来やすいように、とかの理由で。
それは隣の県。
わざわざ宗くんも引っ越したのは、辰さんと政さんだけじゃ宗くんの面倒を見きれなくて、おじいちゃんおばあちゃんの助けが欲しかったから、とか、まだ小さい宗くんをお母さんから遠く離すのがかわいそうだったからとか、そういう理由で。
平日は宗くんがひとりでおじいちゃんおばあちゃんの家に居て、週末に辰さんと政さんは泊まりに行っていたらしい。
引っ越してすぐの週末に、宗くんが緑色のお守り袋を持っていることに気づいた政さんが、それは何かと聞いて、僕のお守りだと知ったという。
「保育園に明くんの住所を聞いてみようとか、ダメなら保育園に送ればいいんじゃないかとか言ってみたのだが………」
宗くんは、とにかくずっとそのお守り袋を持っていた、と。
「大好きな明くんとお別れもできなかったということは知っていたから、俺も強く言えなくて………。その、兄弟お揃いのネックレスが入っていたのか?」
「………はい」
「それは太郎さんの遺品か何か?」
「これは、たろちゃんの遺髪からダイヤを作って、それをはめ込んだネックレスです」
「遺髪から⁉︎」
「はい。仏壇もお墓もない代わりにこれを。たろちゃんがそうしてくれと。冴ちゃんのネックレスもそうです」
途中から実くんが説明をしてくれて、僕はその間にお水を一口飲んだ。
実くんが説明を変わってくれたのは、正直ありがたかった。
喉がヒリヒリしているような気がする。
「そんな大切なものを………。それは申し訳なかった」
立ったままの政さんが、僕たちに向かって深々と頭を下げた。
だからそれは、もし誰か悪いとしたら、絶対持って行った僕なのに。
「本当に返したいと思っているなら、返せる日までちゃんと持ってろ、とね。宗に言ったんだ」
「………宗くんはその言葉を守ったんですね」
「…………そうだな」
僕はたろちゃんネックレスを握った。小さな宗くんがずっと持っていたたろちゃんネックレスを。
小さな宗くんは、どんな思いでこれを、これが入っているあの緑の袋を持っていたのだろう。
考えて、思って。
僕の胸の奥がやっぱりきゅっとなって、鼻の奥がつんとした。
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