第94話

 宗くんの試合っていうのは、部活の試合ではなく、宗くんが通っている剣道道場から出る結構大きな大会の試合なんだっていうのを、僕は冴ちゃんから聞いた。



 そして去年、宗くんがその大会の中学生の部で優勝した、とも。

 今年は高校生の部になるから優勝できた去年とは全然違うって、強い人がいっぱいいるって、毎日遅くまで練習しているらしい。



「宗くんって強いんだねぇ」

「ねー。私、辰さんに去年の大会の動画を見せてもらったけど、すごかったの」

「あ、ボクも今度見せてもらおう」

「うん、是非見せてもらって‼︎私剣道ってまじまじと見たの初めてだったけど、久しぶりに血が騒いだから」

「冴ちゃん戦う系好きだもんね」

「うふ♡大好き♡だってカッコいいじゃなーい。ちなみに実くんの合気道も大好き♡実くんはカッコいいっていうより美しい、だけどね」

「はは、それはどうも」

「明くんも見せてもらってねっ。本当カッコいいから」

「………うん」



 夕飯のとき。

 ふたりの宗くんの話に、僕の胸がきゅってなっていた。



 今日も僕は宗くんに会っていない。



 ほんの少し前までそれが普通だったし、その方が良かった。僕は宗くんを覚えていなかったし、宗くんと僕の関係上、どう接していいのかも分からなかったから。



 ………どう接していいのか分からないのは、今も、だけど。



 僕は、すっかり我が家の定番メニューになった、光くんにレシピを教えてもらった『山煮』を食べながら、今日はもうごちそうさまをしたいって、思った。食欲があまりない。食べたいと思えない。



 それでもいつもよりゆっくり、いつもの半分ぐらいを食べたときだった。



 実くんのスマホが鳴って、ワンコールで切れた。



 その合図は政さん。



 こういう早い時間ならまだ良くても、遅くなるときもあるからインターホンを鳴らすのが忍びないって、政さんがご飯を取りに来るときはそうなっているらしい。



 実くんがはーいって言いながら玄関に行って、僕は箸を置いた。



「宗くん来ないと寂しい?」

「………え?」

「最近明くん、すごく楽しそうだったから。宗くんが来なくなってから、元気ないし」

「………そんなこと」



 僕が楽しそうだった?



 そんな自覚はなかったし、宗くんが来ないから寂しいって、そんなことも。



 ただ、きゅってなる。きゅっとなる。胸の奥が。



 そんなことないよって、最後まで言えないまま、僕はたろちゃんネックレスを握った。

 宗くんがずっと持っていてくれたネックレスを。



「夜分に申し訳ないが、ちょっとお邪魔する」



 政さんひとりで来るときはほぼ外で夕飯を受け取るだけなのに、今日は何故かそう言いながら政さんは来た。



「どうかしたんですか?」

「………それが」



 政さんの後ろから台所に入って来た実くんの質問に。政さんは。



「それが、宗のやつが」



 ………宗くん。



 言いにくそうな政さんに、イヤな予感しかしない。

 これで、政さんのこの言い淀みとこの表情で、嬉しい話、楽しい話のはずがない。



「宗のやつが、新しい家には住まない。俺のマンションに住むと言い出して………だな」

「え?」

「そんなっ………」



 ずきん。



 さっきまできゅってしていた胸の奥が、政さんの言葉で痛みに変わった。



 新しい家には住まない。政さんのマンションに住む。



「何でまた急に?」

「………分からん。別に俺はそれでも構わないのだが、宗は再婚の話も反対ではなかったはずなんだ」

「理由は聞いてないんですか?」

「聞いてもだんまりだ。だから聞きたくて。………もしかして明くん、宗と何かあったか?」

「………え?」



 ………僕?



 突然の矛先と、政さん、冴ちゃん、実くんの視線が一気に集まって、僕の頭がぽんっと真っ白になった。

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