第91話

「………ごめん」

「………え?」



 たろちゃんって泣く僕に、何故か宗くんの謝罪の言葉が聞こえて、僕はびっくりして宗くんを見た。



 宗くんは僕の涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を見て、もう1回ごめんって眉を寄せた。



 僕は袖で涙と鼻水を拭いた。汚いとかいうのはこの際無視で。



「………宗くん?」

「見つけた次の日に渡そうと思った。でも、次の日から明は休んで、それから来なくて、来ない間に俺が引っ越した。………家に届ければ良かったんだ。それか、先生に渡すとか。母親が入院してたから母親にも親父にも言えなかったけど、だったらせめて政に言えば………。俺が直接渡す以外にも方法はあったのに、俺が直接明に渡したいってそればっかで………。引っ越しが迫って来てやばいって思ったけど、結局誰にも俺………頼めなくて………」



 そうか、これを無くしたのは、僕が宗くんの引っ越しを聞いた日だったんだ。



 その日僕は大泣きし過ぎて倒れて熱を出してしばらく寝込んでいる。保育園に復帰するまでしばらく間が空いている。その間に宗くんは引っ越してしまったけれど、それまで宗くんはずっと僕を待っていてくれたんだ。



 毎日毎日、これを持って待っていてくれた。



 迫り来るタイムリミットに、自分で渡したいという気持ちと、頼もうにも頼めない気持ちを抱えながら。



 お母さんが入院していたら、それは言えないと思う。お母さんにはもちろん、辰さんにも。政さんだって色々忙しかったと思う。



 プラスで宗くん曰く重度の人見知り。

 人見知りは今もで、学校でも基本的にひとりで居るところを多く見ている。



 確かに、宗くんが勇気を出して政さんに言うとか、先生に言うとかしてくれていたら、うちで大騒ぎになることも、ネックレスをもうひとつ作ることもなかったのかもしれない。



 確かに、そうかもしれないとは思っても。



「………ごめん。中までは見てなかったから。そんなのが入ってるなんて思わなくて」

「え?」

「………ん?」

「宗くん、中、見なかったの?」

「見てない。開けてない。『お守り』って書いてあるから」

「え?」

「『お守り』は開けたらダメだろ」

「………え?」



 あまりにも普通に、ごくごく普通に宗くんは言っている。『お守り』は開けてはいけないって。

 僕も何となく聞いたことはある。

 でもそれは神社の、ちゃんとした『お守り』のことであって、この、いかにも手作りなものにまで、そんな。



「『明のお守り』なんだ。そんなの俺が開けたら絶対ダメだろ」

「………宗くん」



 僕の、だから。

 手作りでも何でも『僕の』、だから。



 胸の奥が、宗くんの言葉と開けないでいてくれたという事実にきゅうっとなった。



 つかまれたみたいな。収縮のような。



 僕があまりにも宗くんを見ていたからか、宗くんは目を伏せた。



「それ、太郎さんの形見?明がいつもつけてるやつと同じに見えた。実も同じのつけてる」

「………あ、形見っていうか」



 僕がいつもネックレスをしていることにも宗くんは気づいている。それが実くんと同じデザインであることも。



 僕が思うよりずっと、宗くんは優しくて僕をちゃんと見てくれている。



 それを、きゅうってなった胸の奥が、喜んでいるような気がした。



 そして僕はたろちゃんネックレスのことを宗くんに話した。






「………ごめん」



 話し終えての第一声がまた謝罪の言葉で、僕はかなり焦った。



 違う。謝ってほしいんじゃない。



「ううん、宗くんは悪くないよ。持ち歩いてた僕が悪いんだ」

「いや、ダメだろ。………今日実と冴華居るか?俺、ふたりに謝る」

「もっ…もちろんふたりに事情は話すよ?でも宗くんが謝ることじゃないよ」

「謝ることだろ。太郎さんにも」

「宗くん」



 違う。宗くんは悪くない。全然悪くなんかない。



 僕はそう思うしそう言いたいのに、謝るってそれ一点の宗くんに言葉がうまく出てこない。



 直接僕に渡したいっていう、小さな宗くんの気持ち。

 来る日も来る日も来ない僕を待っていてくれた小さな宗くんの気持ち。

 待っても待っても来なくて、引っ越す日が迫ってくる中、お母さんにも辰さんにも政さんにも先生にも、言いたくても言えなかった小さな宗くんの気持ち。

 結局そのまま引っ越してしまった、小さな宗くんの気持ち。

 ずっとずっと、『僕のお守り』だからってずっと大事に本当に大切に持っていてくれた小さな宗くんから今の宗くんまでの気持ち。



 それの何が悪いっていうの。



 もし誰かが悪いって言うなら、宗くんじゃなくて僕。

 無くすといけないから外に持って行くのは大きくなってからって言われていたのに、持ち出したのは僕。落としたのは僕。



 僕は、僕の元に戻って来てくれた『僕の』たろちゃんネックレスを、冴ちゃんが作ってくれた袋と一緒にぎゅっと握った。



 そして。



「………っ⁉︎」



 僕は、すぐ側に立つ宗くんの肩に、そっと頭を乗せた。

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