第90話

「………これ」

「保育園の教室で見つけた。明が帰った後」



 変に心臓がどきどきした。

 これは、もしかして。これは、もしかしたら。



 僕の中で、『これ』をもらったときの会話がぶわっと再生された。



『明くんはまだつけられないから、冴ちゃんが作ったこれに大事にしまっておこうね』

『え?これ、さえちゃんがつくってくれたの?』

『うん。冴ちゃんが作ったの。ごめんね。おばあちゃんみたいに上手にできなくて』

『ううん、じょうずだよ?ありがとう、さえちゃん。ぼくこれ、だいじにするね。だいじにたろちゃんをいれておく』



 この記憶は随分前だ。よく覚えていたなと思うぐらい、小さい頃の。

 ここまではっきりと思い出せたのは、『これ』がその時の僕の印象に強く強く残っていたから。



 不器用で家事が苦手でお裁縫なんてもってのほかの冴ちゃんが、僕のために一生懸命『これ』を作ってくれた。縫ってくれた。そのことがすごく印象的で。

 確か、いっぱい指刺しちゃったって。



『これ』。



『これ』は、冴ちゃんが作ってくれたお守り袋。

 たろちゃんのネックレスを入れておくための。

 僕はまだ、ネックレスをするには小さかったから。できなかったから。



 ………え?



 僕は、僕の名前が入ったたろちゃんのネックレスを無くしている。

 今僕がつけているたろちゃんネックレスは、まだ残っていた遺髪で新たに作って、でも、もし僕のが見つかったときのためにって、名前はいれなかったやつ。



 そして『これ』は、冴ちゃんが僕のために作ってくれた、『僕のネックレス』を入れておくための袋。



 僕は今日一番どきどきしながら、緑色の袋を開けた。

 袋は巾着のように閉じる部分が何もない、マジックやボタンもない、簡単な作りのものだった。ただ、袋状に端が3箇所縫われているだけ。

『オマモリ メイ』の文字も、刺繍と呼ぶには程遠い。



 でも僕は知っている。この袋に、冴ちゃんの想いがどれほど詰まっているか。



 そうだ。僕はこれをいつも枕元に置いて寝ていた。

 冴ちゃんが作ってくれた袋。たろちゃんのネックレス。

 たろちゃんが居なくなって寂しい気持ちを、冴ちゃんが悲しそうで悲しい気持ちを、僕はこれを近くに置くことで我慢して。



 ………何故これを、宗くんが持っているの?



 中にネックレスがあるかどうかを知るのがこわくて、手が震えた。



 どこで無くしたかの記憶がまったくない、たろちゃんのネックレス。

 もしかしたら家のどこかから出て来るかもしれないって、片付けるたびに探して、そのたびに見つからなくて落胆して、ここまで見つからないということは、捨てるものに紛れて捨ててしまったのかもしれないってさらに落胆して。



 たろちゃんにたくさん謝った。

 冴ちゃんにたくさん謝った。

 実くんにたくさん謝った。



 でも、どれだけ謝っても、罪悪感は募りに募って………。



 袋を開いて、僕はもう片方のてのひらの上で袋を逆さまにした。



「………っ‼︎」



 しゃらん。



 袋の中から緑色の、たろちゃんのダイヤがついた、僕の名前が刻まれたネックレスが。



 あった。出てきた。信じられないことに。



「………たろちゃん」



 僕は、僕の手に戻って来てくれたたろちゃんネックレスをぎゅっと握って、ぼろぼろとぼろぼろと、たろちゃんって何回も呼びながら、ごめんなさいって何回も言いながら、ぼろぼろと。



 ………泣いた。

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