第92話

「どうした⁉︎気分悪いか⁉︎」



 急にそんなことをした僕に、宗くんが焦った声で言った。僕の両肩をつかんで。

 僕は宗くんの肩に乗せた頭を左右に振った。



「………ありがとう、宗くん」

「………え?」

「お世辞にもお守りに見えない『これ』を、今日まで大事に持っていてくれて」

「だからそれはっ………」

「それと、保育園で。僕を待っていてくれてありがとう。行けなくてごめんね。お別れもできなくてごめんね。毎日毎日、宗くん悲しかったよね………?」



 そこまで言ったら、宗くんは。



 宗くんは、つかんでいた僕の肩を離して、僕が宗くんにしているように、僕の肩におでこをくっつけるように乗せた。



 宗くんの肩から下が見えていた僕の目にうつったのは、何故かぎゅっと握りしめられている両手だった。



「たろちゃんを持っててくれてありがとう。捨てないでいてくれてありがとう」



 宗くんはそれに、小さくうんって言っただけだった。






「こんなこともあるのねぇ」

「ね。びっくり」



 それからまた宗くんに自転車に乗せられて、帰って来た家。



 今日は冴ちゃんも実くんも居て、じゃあふたりでネックレスのことを話そうって、宗くんにあがってもらった、冴ちゃんの寝る部屋兼居間。



 4人でテーブルを囲んで事情を話して、4人で帰ってきたたろちゃんネックレスと、それを入れていた冴ちゃん作のお守り袋を見ていた。



「………ごめん。俺が見つけてすぐ返せば良かったのに」



 宗くんは実くんがおやつにって出してくれた手作りわらび餅にも手をつけないまま。

 言いながら、俯いた。



「ボクは、今まで捨てずに持っててくれただけですごいと思うよ?」

「うん。私もそう思う。だって宗くん、中身も見てないんでしょ?よく捨てずにいてくれたと思う。コレ、我ながらひどいデキだもの」

「それは………袋に明って書いてあるから」

「だからそれがすごいって。明くんのだから捨てずにいてくれて、明くんのお守りだから開けずにいてくれたんでしょ?」

「そうよ〜?しかも明くんのだから自分で返したかったなんて。んもうっ、宗くんったら感動するぐらい一途っ」

「だよねぇ。こうして奇跡的に再会できたけど、実際はまた会えるかどうかも分からなかった訳だからね」



 一生懸命、冴ちゃんと実くんがそう言っている。凹み具合が見るからにすごい宗くんを、一生懸命フォローするように。



 フォローというか、本当にそう。ふたりの言葉にウソはない。

 僕も思う。本当にすごいと思う。冴ちゃんの一途って言葉は意味が違うんじゃない?とは思うけれど、宗くんは僕を、そこまで大事に、そこまで思ってくれていたんだって。感動レベルで。



 だから僕は僕で、そんな宗くんを覚えていないことへの罪悪感がすごい。

 僕も同じように、大事だと、仲良しと思っていたからショックすぎて忘れたのかもしれなくても、それにしたって。



「………でも、こんな大事なものが入ってるって分かってたら」



 ふたりの言葉にさえ、俯いたまま呟いた宗くん。

 それを見て、冴ちゃんと実くんが顔を見合わせてどうしようかとでも言うように眉を下げた。



「………私はね、宗くん。何でか分からないんだけど、このネックレスはいつかひょっこり出てくると戻ってくると思ってたの」

「………え?」

「何でかしらね。でも、探しながらちょっとね、そう思ってた」



 冴ちゃんの言葉に、宗くんはやっと、顔を上げた。

 泣きそうな顔を。



「たろちゃん、宗くんのところでの役目が終わったのね、きっと」

「………役目?」

「役目。本当にお互いが大好きで仲良しだったのに、ちゃんとお別れができないままお別れしちゃったから、頼む宗くん、明くんを忘れないでやってくれって。たろちゃんはそう思って、宗くんのところに居たんじゃないかな」

「………冴ちゃん」

「………」

「そっか。で、宗くんはずっと明くんを覚えていてくれて、ふたりは無事に再会、か」

「そう」



 いたずらっぽくうふふって笑う冴ちゃんと、優しく穏やかに笑みを浮かべる実くん。



 そして、ふたりの言葉に唇を噛んで泣きそうな顔をしている宗くんと、涙が溢れそうな僕。



「おかえりなさい、たろちゃん」



 冴ちゃんの、つんつんってたろちゃんネックレスをつついてのおかえりなさいは、今までで聞いたどんなおかえりなさいよりおかえりなさいの気持ちがこもっていて、涙がぽとりとテーブルに落ちた。

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