第76話

 ケーキを食べ終えて、辰さんと冴ちゃんは雨が降っていないことを確認してからちょっと歩いてきますって出掛けて行った。

 残されたのは政さん、宗くん、実くん、僕。



 お皿は流しに持って行った。

 でも実くんは洗わずに部屋に居てくれている。

 政宗兄弟の間に残されたら、正直どうしていいのか分からないからすごくありがたかった。

 多分そんな僕を分かって居てくれているから。

 場繋ぎ的につけられたテレビが、よく分からない番組をやっているのに、誰も観ていなくて、余計に思った。実くんありがとうって。



「じつは明くんにプレゼントがあって、だな」

「………え?」

「彼に相談して、明くんはあまり物欲がないとのことは知っていたのだが、今回はどうしてもプレゼントしたくて」



 誕生日プレゼント。



 僕はもう何年も、自分から何か欲しいと言ったことはなかった。

 学校で必要なものはもちろん、服や眼鏡、コンタクトを含むファッション系の物は冴ちゃんと実くんが面白がって買ってくれていたし、僕がやることといえば編み物で、編み物に必要なものは全部おばあちゃんにもらったのがあるから特に必要ない。毛糸もおばあちゃんが送ってきてくれる。

 そして僕には残念なことに、編み物の他に特にこれといった趣味も特技も、できることもない。

 強いて言うなら本も読む。ただ、本は読みたいときに学校の図書室や市の図書館に行けば事足りる。



 だから毎年誕生日と言えば、実くんにケーキのリクエストをするぐらい。

 冴ちゃんは僕のために誕生日貯金をしてくれているって聞いている。

 いわゆる『教育費』とは別に、年に一度、はっきりとした金額は聞いていないけれど、僕が将来自由に使っていいっていう貯金を。



 だからプレゼント、なんて。



「宗には腕時計をプレゼントした。俺にはよく分からんが、今流行りのスマートウォッチというやつだ。それと同じのを明くんにもどうだろうと彼に聞いたら、多分明くんは喜ばないと言われてな。悩んだよ」

「………」



 彼、とは実くんのこと。知らない間にそんな相談を。

 実くんを見ると、実くんはにっこり笑って頷いた。



 確かに腕時計は、もらっても嬉しくはない。



「今回だけはどうしても時計を贈りたいなと、色々探して」



 政さんはテーブルの下の鞄をがさごそして、これって僕の前に小さな箱を置いた。

 それは、いかにもプレゼントですっていう派手な包みのものじゃなく、茶色いクラフト紙に包まれた箱だった。



 これも、もしかしたら実くんが?



 僕はプレゼントプレゼントした華美な包装が苦手だった。



「受け取ってもらえないだろうか」

「………あ、ありがとうございます」

「明くん、開けてみてよ」

「え?あ、えと」

「是非開けてみてくれ」



 年長組ふたりに言われて、僕は破かないようにそっとクラフト紙に貼られているテープを剥がして中の箱を取り出し、箱の蓋を開けた。



 そこには。



「………わ」



 時計。

 確かに、時計が入っていた。

 でも入っていたのは腕時計ではなくて。



「出していいですか?」

「もちろんもちろん」



 懐中時計。

 真鍮、かな。

 鈍い金色の僕のてにひらにすっぽりとおさまるサイズの。

 ごくごくシンプルな蓋があって、上の突起部分を押したら蓋が開いた。突起部分にはチェーン。

 開いた中もローマ数字の時計板が並ぶ、無駄なものが何もない、すごくシンプルな懐中時計だった。



「手巻きだから、少し面倒かもしれないが」

「………僕、こういうの好き。これ、もしかしたら昔のやつですか?」

「ああ、ちょうど同僚に詳しいのがいて、探すのを手伝ってもらった」

「ありがとう、政さん。嬉しい」



 昔、一時期僕たちはおばあちゃんの家に住んでいた。

 そのときのせいなのか、おばあちゃんが長い間使っていたものをもらうことが多いからか、僕は新品のものより、現代のものより、少し昔の年季の入ったものが好きだった。

 だからこれも。



 鈍い金色に時の経過を感じて、感じられて、引き込まれる。



「良かった。気に入ってもらえたみたいで」

「うん、僕これすごく好き。ありがとうございます。大事にします」



 政さんに時間の合わせ方、ネジの巻き方を教えてもらって、時計は時間を刻み始めた。



 明日から学校に持って行こう。



 制服は夏服になったけど、僕は許可をもらって紺のカーディガンを羽織らせてもらっているから、そのポケットにそっと忍ばせて。



 考えただけで、明日がすごく楽しみになった。



「政さん。ずっと気になってたんですけど、何でまた今回、時計にそこまでこだわったんですか?」



 チッチッチッチと小さな音を立てて動く時計を見ていたら、実くんが政さんに聞いた。

 僕もそれが気になっていた。何故だろう。



「縁あって家族となった。縁があったのだから、この先長く、時間ときを共にして行けたら、とな」



 実くんの質問にぼそぼそっと答えた姿は、兄弟だけに宗くんとそっくりだった。



 縁あって。

 この先長く。



 そんな、思いで。



 政さんの言葉に感動していたら。



「くさいな」

「くさい⁉︎お、俺はこいてないが?」

「屁じゃねぇ」

「………何か政さんがモテるのがわかる気がする」



 政さんは宗くんと実くんにそんなことを言われていた。

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