第75話

「これは美味しい」

「んふふー♡幸せ♡」



 実くん手作りのケーキを食べた辰さんが思わずという感じで言って、冴ちゃんはいつもケーキやスイーツを食べるときと同じように、左手を頬にあててにっこり。そして政さんは。



「………うっ」



 一口食べてから呻いて、そのままかたまった。

 多分『うまい』を噛みしめているんだと思う。

 宗くんはひたすら無言で、お皿を抱えるようにもくもくと、頬を膨らませてもぐもぐと食べていた。



 もぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。



 政さんもだけど、食べるはやさが前よりゆっくりになっている気がする。



「実くんは本当、何でも作れるんですねぇ。いや、これもお見事」

「作り方さえ分かれば誰でも作れると思いますよ。ボクはレシピ通りに作っているだけです」

「ということは、ぼくにもできますかね」

「はい。できると思い………」

「やめとけ」

「宗くん」

「どれだけ簡単なレシピでもクソ不味くしか作れなかったの忘れたのか?しかも俺毎回腹壊してるからな」



 ケーキとにらめっこ状態だった宗くんがお皿から顔を上げて、ほっぺたを膨らませながら辰さんと実くんの会話を若干聞き取りにくくぼそっと遮って、またそのままケーキへと戻って行った。



 夢中になって食べていたケーキを中断してまで言うってことは………。



 レシピさえあればできるっていう持論の実くんは、宗くんの言葉に少し驚いたように目を瞬かせた。



 そして笑った。



「つまり似たもの夫婦ってことですね」

「冴華さんの『苦手』レベルも相当ですか?」

「………えっと、実くんはお腹壊すまではしてない………はず。よね?」

「うん。ね」

「ということは」

「………え⁉︎ぼっ………僕は元々お腹弱いからっ………。それにっ………ど、どんなだったか、あ、あんまり覚えてないし」

「………うう。明くん優しい」

「まあまあ冴ちゃん。話振っておいて何だけど、今はボクが楽しく作ってるし、泣かないでケーキケーキ。食べよ?」

「得手不得手があるからこその助け合い、ですからね」

「はいっ。そういうことにしますっ」



 なんて、こっち側でやっている間も、政さんはかたまっていて、宗くんはもくもくでもぐもぐだった。

 宗くんの、小さいとはいえワンホールのチョコブラウニーが、もうなくなる寸前。



「政、ケーキ要らないならくれよ」

「………え?あっ‼︎こら宗‼︎それはならんっ‼︎」



 さすがにかたまり続ける政さんのことが宗くんも気になったらしく、隣に座る政さんのお皿に本気か冗談かフォークを伸ばした。

 それを政さんはぱしっと払って、死守するかのようにお皿を持って宗くんに背中を向けた。

 チッて舌打ちをする宗くん。



 ………と、ばちっと目が合って。



「あ。宗くん、ついてるよ?」



 目が合ったところで見つけた、口もとについているケーキ。

 思わず、向かいに座る宗くんの口もとに手を伸ばして、口の横についているケーキのかけらを取った。



 ………取ったはいいけど、これは、どうしたら。

 ティッシュは辰さんの方にあって遠い。



 取りために浮かせた腰も、取った手もそのままに目を泳がせていたら、いきなり無言でがしっと宗くんに手首をつかまれて。



「………ひゃっ」



 変な声が、出た。



 だって、だだだって、宗くんが。

 宗くんの口もとから取ったケーキを、指ごと。



「………宗よ」

「あ?」

「美味しすぎてその小さいのまでも食べたいという気持ちは分かるが、見てみろ。明くんがびっくりしているぞ」

「………あ」



 政さんに言われてから、宗くんはわりってすぐ手を離してくれて、ううんって僕は座った。



 でも、これ。この指。

 宗くんに食べられた手は、一体、どうしたら。



「明」

「はっ…はははははいっ………」

「それ、一口くれ」

「え?」



 悩んでいた僕を呼んで言うと同時に、今度は宗くんの手が僕の方に伸びて、僕が持っている一口大のレモンタルトが刺さったフォークを、僕の手ごとひょいと持っていった。

 そして、何の躊躇いもなく、ぱくりと食べた。



「………っ‼︎」

「んめっ」

「………宗よ」

「ああ?」

「それはせめて明くんの返事を待ってからにしないとな」

「………あ、わり」



 左手を直で宗くんに食べられ、右手は僕が口をつけたフォークにそのまま口をつけられて、僕の体温はそのとき絶対絶対、1度以上上がった。



 このまま寝込んでしまいそうなぐらい、身体が、熱かった。

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