第62話

「やほ〜、ぴかるん。朝ぶり朝ぶり〜」

「うえええええっ⁉︎天ちゃん⁉︎」

「………?」

「天ちゃん?」



 僕たちはそれぞれ注文したものを食べたり飲んだりしていた。

 光くんは『本日のケーキセット』でシフォンケーキとカフェオレ。あおちゃんは余裕で3人前ぐらいある『超ビッグパフェ』とオレンジジュース。僕は紅茶。



 紅茶しか頼まない僕を、光一さんは心配してくれた。

 小さい頃から虚弱体質で、僕の身体が外食を受け付けないんですって説明をしたら、光一さんはそうか………って少し残念そうに頷いた。



 ふたりが美味しそうにケーキやパフェを食べているのを、紅茶を飲みながら見ていた。

 光くんに、いつならうちに来られそう?って聞いたりもした。

 そこに割って入って来たのが、やほーっていうものすごく軽い声で、軽い挨拶だった。

 どうやら光くんの知り合いらしい。



 偶然?それとも、光くんか光一さんが知らせた?



 振り向いたそこに居たのは。



「光、声がでかい」

「はい、ごめんなさい。びっくりして」

「あ〜、ごめんごめん。オレが連絡してから来れば良かったんだよね」



 光くんの………本当に知り合い?



 振り向いた先に居た人が、あまりにも光くんと光一さんから想像もできないような人で、つい変に疑ってしまった。



 光くんに『天ちゃん』って呼ばれた人は、僕より少し背の高い光一さんよりさらに背が高くて、金髪でおしゃれを通り越して派手なスーツに金色のアクセサリーをいっぱいつけた、カッコいいけれどあまりお近づきになりたくないタイプの人だった。



 正直、こわい。



 この前つかまえた、政さんの婚約者さんと一緒に居た男の人と同じタイプにも見えた。



「ども〜、初めましてのこんにちはっ。オレは鴉山天からすやまたかしと言います〜。天と書いてたかし読むっ。たかしって読むけどてんちゃんって呼んでねっ。以後以後どうぞどうぞお見知りおきを〜」



 その人は、にっこりと笑いながら自己紹介をして、ぺこぺこと僕とあおちゃんに頭を下げた。



 僕の横で、人懐っこそうに見えて実は僕より警戒心の強いあおちゃんが、ものすごい警戒をしているのを感じた。

 猫なら毛が逆立っているような感じ。



「もう天ちゃんっ。ふたりともびっくりしてるじゃんっ」

「だからごめんてぴかるん。ごめんね、おふたりさん。カラスから聞いて来ちゃった♡」



 その人は、………天ちゃんさんは、最後のところで首を横に倒して、てへぺろって言って自分できゃはははって笑った。



 鴉山と言うからには、光一さんの兄弟とかなんだと思う。

 光一さんとはかなりタイプは違うけれど、同じイケメンカテゴリーだし、多分そう。



 ただこわい。派手すぎてこわい。テンションが高すぎてこわい。



「………仕事は?」

「行く行く〜。今から行く〜。天ちゃん稼いでくる〜。行こうとしてたらカラスが呼んだからさ〜」

「そうなの?」

「………俺じゃない」

「………あっ」



 3人の会話が、光くんのやばいって空気でぴたりと止まった。

 そして立っているモデルみたいな長身のふたりと、光くんの視線が僕とあおちゃんに注がれる。



 、のに光一さんじゃない、ということは、かーくんが呼んだ?



「………」

「………」

「………」

「………」

「………」



 不自然な沈黙、からの。



「光から話は聞いています。光と仲良くしてくれてありがとう」

「………天ちゃん」

「オレは………まあ、このふたりの親戚、だな。親戚。ホストやってるからこんなだけど」



 急に。………すごく急に、声まで変わった。天ちゃんさんの。ものすごく真面目な口調。

 こんな、って、自分のスーツのズボンを少しつまんでいる。



 ホスト。



 僕はそれで納得した。その派手さと軽さに。

 だからかって。そして思った。急に変わった声を聞いて。急に変わった話し方を聞いて。

 この人は本当は後者の人だって。



 ………後者。つまり。声が変わった方の人。僕たちにありがとうって言った方の人。



 完全に、感覚でそう思うだけなのだけれど。



「ごめんね、オレもう時間だから仕事行くけど、今日ここでの飲み食い分はぜーんぶオレが払うから、何でもどんだけでもじゃんじゃん注文してねっ」

「え」

「まっ………まじ⁉︎」

「まじまじ大まじ〜」

「いや、今日は俺が」

「天ちゃん」

「お願い、オレに払わせてっ。オレもすんごい嬉しいから。ぴかるんにこんな、こんっっっっっな、いい子の友だちがでふたりもきてさ」



 ね?って天ちゃんさんは光一さんと光くんに言って、そして僕たちの方を見た。



「君は好きなだけ、お腹いっぱい食べてっていいからね」

「菊池亜生ですっ。天ちゃんありがと〜っ」

「亜生ね。うんうんかわいいかわいい。いっぱいお食べ」

「あお、めちゃくちゃ食うよ?」

「だいじょぶだいじょぶ。よゆーよゆー。お腹いっぱい好きなだけお食べ」

「やっり」

「こっちの君は………ここの米粉パンケーキなら大丈夫だと思うから、食べられそうなら少しずつ、よく噛んで食べてね。生クリームはやめた方がいい。フルーツなら大丈夫」

「………え?」

「君の心そのままの繊細なその身体は、これから段々強くなって行くから大丈夫。あと少しだよ。このまま頑張って」

「え?」



 天ちゃんさんはにこにこと、ふざけた軽いノリではなく、ものすごく優しい声と顔でそう言って、じゃあねってお店を出て行った。



 米粉パンケーキなら。生クリームはダメでフルーツなら。少しずつよく噛んで。段々と強く。あと少しこのまま。



 それって。



 しばらく僕は、変などきどきがおさまらなかった。

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