第61話
光一さんがお水とおしぼりを持って来てくれて、一緒にメニューも持って来てくれた。テーブルにもあるのに、多分見やすいように。
そして、決まったら呼べって光くんの頭をぽんってしてから、すみませーんってどこかで呼んでいるお客さんのところに行った。
「何にする?ここは何でもおいしいよ」
少し照れ臭そうに目を伏せつつ、光くんははいって光一さんが持ってきてくれたメニューを僕とあおちゃんにくれた。
光くんはテーブルのメニューを取って開いた。
色々。
色々聞きたい。色々聞きたいけれど、聞いていいのか分からない。色々、きっとものすごくデリケートな話だろうから。
あおちゃんと、タイミングを合わせたみたいにお互いの顔を見合った。
あおちゃんもきっと、思うことは同じ。
「光くん」
「ん?」
「あの人が一緒に暮らしてる人、で、いいんだよね?」
動いたのはあおちゃん。
視線はメニューに落としつつ、声の大きさもトーンも落としつつ、とりあえず当たり障りのない、光くんから直で聞いて知っていることから。
光くんも聞かれると思ってたんだろう。うん、そうって。メニューを見ながら。
「めちゃくちゃカッコよくない?」
「え?あー、そう、だね」
「あと、めちゃくちゃ若くない?」
「うん。26………かな?」
「26⁉︎」
「えっと、多分」
「多分て」
「へへ」
「26なのに『お父さん』なの?」
「………うん。ぼく、親が居なくなっちゃって、頼れる親戚も居ないから」
「………」
「………っ」
これは。
これはもしかしなくても聞いたらいけないこと、だ。
って、思ったときには既に遅し。
聞いてしまった、言ってしまった言葉は元には戻らない。なかったことにはできない。
昨日や前の政さんのように。
人は知らず人を傷つける。僕はそれを、実くんでよく知っているはずなのに。
知らないから仕方ない。それも分かっている。でも。
何かしら訳ありだから『養父』なのに。
あおちゃんが、咄嗟にごめんって謝った。
それをううんって、光くんは笑った。
「中3のときに母さんが死んじゃって、それから父さんも居なくなっちゃって、頼れる親戚も居ない。それでね」
「………」
「………」
何でもないことのように光くんは言った。
あおちゃんと僕は、何も言えなかった。言葉を失った。
光くんは、僕の羨ましいの権化………だった。
僕は恥じた。自分を。
見た目だけ、外側だけでそんなことを思った自分を。
生まれてからずっとずっと、順風満帆に生きてきて、生きていく人も世の中には居るのかもしれない。そう見える人も多いかもしれない。でも。
人には、人の数だけ。
「ぼく、家族運も友だち運もイマイチで」
「………」
「………」
「だから、家族になった鴉と、やっとできた友だちのあおちゃんと明くんに会ってもらいたかったんだ。紹介したかった」
「………」
「………」
家族運も友だち運も。
聞いていたら、涙が浮かんだ。光くんは今まで、どれほどつらかっただろう。悲しかっただろうって、思って、考えて、感じて。そして、自分が本当に恥ずかしくて。ごめんなさいって思って。
「やだ明くん。泣かないでよ〜。大丈夫だよ?」
僕の浮かんだ涙を見て、光くんが慌てる。おしぼりを渡してくれる。
僕はそれを受け取って、目元を覆った。
こんなところで泣いたら迷惑だよって、必死に自分に言い聞かせた。
「どうした」
そこにすかさず光一さんが来て、僕はそれにびっくりして、思わずごごごごごめんなさいっておしぼりを外して謝ったら、大丈夫か?って思いがけずドアップで顔を覗き込まれて、僕はそのカッコ良さに危うく倒れそうになった。
こんな人と毎日一緒なんて、ちょっと心臓が持たないかもしれない。
光一さんのドアップのお陰で、すっかり涙も引っ込んだ。
「鴉と僕の話を少ししたら、泣いてくれたんだよ」
「………そうか」
「ご、ごめんなさい」
謝った僕の頭に、光一さんのあたたかくて大きな手が乗って、僕はまた、少し泣きそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます